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二十七章 夏の日暮れは寂しいって業平も言ってる
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お盆が近づく。
関東圏でお盆は七月の地域と八月の地域があるが、加藤は祖母の影響で、お盆と言えば八月の行事だと思っている。
夕暮れ時に加藤は例の公園に行く。
下見をしておきたかった。
そして加藤の中にある、僅かな逡巡に答えを出すために。
公園にはあちこちブルーシートが広げられている。
立入禁止のロープを乗り越え、加藤は新たに作られたすべり台を見上げる。
朱に染まった空に、黒々としたシルエットがそびえ立っている。
下から見ると、それなりに高い。
寸法は、撤去される前と同じだそうだ。
子どもの目線や身長を考えると、すべり台の上は、山登りのような感覚だったろうか。
では、当時よりも背が伸びた中学生にとっては、どうなのか。
上まで登ったら、同じように怖く感じるのか。
音竹少年の原罪感を少しでも軽くしたい。
だが、そのために、彼がもう一度すべり台に上がったら、瘡蓋をはがすことになるのではないか。
そこが加藤の逡巡だ。
決行日は決めてある。
関係者全員が、揃う手筈だ。
加藤の推測通りだとすれば、音竹少年に火の粉がかかることもある。
ぐるっと園内を廻り、加藤は公園を出た。
「あ、先生」
思わず加藤は声を上げそうになる。
自転車に跨ったままの音竹がそこにいた。
「お、おお」
「どうしたんですか? こんな時間に」
加藤は頭を掻きながら答える。
「公園が改装されたって聞いてね」
「そうなんですよ。以前あった恐竜型の遊具が、もう一度設置されるそうで」
音竹は、にこにこしている。
思い切って、加藤は訊いた。
「出来上がったら、恐竜のすべり台、乗ってみたいか?」
音竹は一瞬の間の後で答えた。
「そう、ですね。なんだか、ちょっとコワイ気もするんですが」
やはり、コワイか……。
「俺と一緒に、滑ってみるか?」
「あはは。それなら大丈夫かも」
加藤は音竹の両肩に手を乗せる。
「分かった。君の辛い気持ちを、軽くするよ。絶対」
いつになく真剣な加藤の視線に、音竹は気圧されて頷くだけだった。
意味はよく、分からなかったのだが。
加藤の迷いは去る。
夕焼けの空を、二羽の鳥が飛んで行った。
音竹を見送った足で、加藤は今野の家を訪ねる。
「なんだか公園が、凄いことになったな」
「そのようだ」
今野はにやりとする。
「都と国交省の許可をいっぺんに取るなんて、誰の仕業なのかねぇ」
ほら、と言って、今野はコップを加藤に渡す。
ドドメ色といった趣の汁が入っている。
「まあ飲め」
「なんですか、コレ」
「紫蘇ジュースだ」
「はあ……」
これもまた、見た目よりは美味しいジュースだ。
加藤は咽喉を潤してから、今野に訊ねる。
「ところで以前聞いた、行方不明の占い師って、結局どうなったんだ?」
「ああ」
ぐびぐびと音を立ててジュースを飲み込んだ今野は、事もなげに言う。
「見つかった。というか保護してるよ、今」
なるほど、やはり、生きているのか。
しかし、保護とは……。
「元々、行方不明であっても、行方は分かっていたからな」
なんだそりゃ。
「監視対象でもあったのさ」
監視、対象?
占い師が、か?
なぜ……。
「あのカルト教団の生き残りだったからな。霊能者。いや行方不明になった時は、占い師だったな。
篠宮啓子は」
「えっ! 今なんて」
「カルト」
「じゃない!」
「占い師」
「そのあと!」
「篠宮、啓子」
なんだと!
そうだったのか。
そして、その息子が、あれか。
加藤の脳裏に、近く遠く、あらゆる仏が動き回っている。
そして仏のあるべき位置に、ぱしんぱしんと嵌まっていく。
「その占い師、監禁してるのか?」
「人聞きの悪いこと言うな。保護だ保護」
「じゃあ、呼んだら来てくれるか?」
今野はしばし黙考し、頷いた。
「しかし、なんのために呼ぶ?」
「子どもの憂いを、晴らすためだ」
関東圏でお盆は七月の地域と八月の地域があるが、加藤は祖母の影響で、お盆と言えば八月の行事だと思っている。
夕暮れ時に加藤は例の公園に行く。
下見をしておきたかった。
そして加藤の中にある、僅かな逡巡に答えを出すために。
公園にはあちこちブルーシートが広げられている。
立入禁止のロープを乗り越え、加藤は新たに作られたすべり台を見上げる。
朱に染まった空に、黒々としたシルエットがそびえ立っている。
下から見ると、それなりに高い。
寸法は、撤去される前と同じだそうだ。
子どもの目線や身長を考えると、すべり台の上は、山登りのような感覚だったろうか。
では、当時よりも背が伸びた中学生にとっては、どうなのか。
上まで登ったら、同じように怖く感じるのか。
音竹少年の原罪感を少しでも軽くしたい。
だが、そのために、彼がもう一度すべり台に上がったら、瘡蓋をはがすことになるのではないか。
そこが加藤の逡巡だ。
決行日は決めてある。
関係者全員が、揃う手筈だ。
加藤の推測通りだとすれば、音竹少年に火の粉がかかることもある。
ぐるっと園内を廻り、加藤は公園を出た。
「あ、先生」
思わず加藤は声を上げそうになる。
自転車に跨ったままの音竹がそこにいた。
「お、おお」
「どうしたんですか? こんな時間に」
加藤は頭を掻きながら答える。
「公園が改装されたって聞いてね」
「そうなんですよ。以前あった恐竜型の遊具が、もう一度設置されるそうで」
音竹は、にこにこしている。
思い切って、加藤は訊いた。
「出来上がったら、恐竜のすべり台、乗ってみたいか?」
音竹は一瞬の間の後で答えた。
「そう、ですね。なんだか、ちょっとコワイ気もするんですが」
やはり、コワイか……。
「俺と一緒に、滑ってみるか?」
「あはは。それなら大丈夫かも」
加藤は音竹の両肩に手を乗せる。
「分かった。君の辛い気持ちを、軽くするよ。絶対」
いつになく真剣な加藤の視線に、音竹は気圧されて頷くだけだった。
意味はよく、分からなかったのだが。
加藤の迷いは去る。
夕焼けの空を、二羽の鳥が飛んで行った。
音竹を見送った足で、加藤は今野の家を訪ねる。
「なんだか公園が、凄いことになったな」
「そのようだ」
今野はにやりとする。
「都と国交省の許可をいっぺんに取るなんて、誰の仕業なのかねぇ」
ほら、と言って、今野はコップを加藤に渡す。
ドドメ色といった趣の汁が入っている。
「まあ飲め」
「なんですか、コレ」
「紫蘇ジュースだ」
「はあ……」
これもまた、見た目よりは美味しいジュースだ。
加藤は咽喉を潤してから、今野に訊ねる。
「ところで以前聞いた、行方不明の占い師って、結局どうなったんだ?」
「ああ」
ぐびぐびと音を立ててジュースを飲み込んだ今野は、事もなげに言う。
「見つかった。というか保護してるよ、今」
なるほど、やはり、生きているのか。
しかし、保護とは……。
「元々、行方不明であっても、行方は分かっていたからな」
なんだそりゃ。
「監視対象でもあったのさ」
監視、対象?
占い師が、か?
なぜ……。
「あのカルト教団の生き残りだったからな。霊能者。いや行方不明になった時は、占い師だったな。
篠宮啓子は」
「えっ! 今なんて」
「カルト」
「じゃない!」
「占い師」
「そのあと!」
「篠宮、啓子」
なんだと!
そうだったのか。
そして、その息子が、あれか。
加藤の脳裏に、近く遠く、あらゆる仏が動き回っている。
そして仏のあるべき位置に、ぱしんぱしんと嵌まっていく。
「その占い師、監禁してるのか?」
「人聞きの悪いこと言うな。保護だ保護」
「じゃあ、呼んだら来てくれるか?」
今野はしばし黙考し、頷いた。
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