上 下
25 / 44

二十四章 いつまでも若さを保っているのも、アホっぽい人の個性か?

しおりを挟む
 加藤は、父宗太郎との会見が終わり、次の予定地に向かう、つもりだった。

「お待ちください。誠作ぼっちゃま」

 いつの間にか加藤の背後には、住み込みの家政婦、木田が立っていた。
 恐る恐る振り返ると、木田はニコリともせずに加藤に告げた。

「奥様が、お待ちです!」

 有無も言わさぬ木田の迫力に、加藤も頭をペコっと下げ、従わざるを得ない。

 摩利支天まりしてん・木田。

 子どもの頃から加藤は、密かにそう呼んでいる。
 木田は女性としてはガタイが良く、ルール違反には容赦なく鉄槌を下す。
 
 仕方なく、加藤は階段を昇る。
 ふと、階段の下を見る。
 昔はただ暗い、穴倉のようだった階段下は、収納庫として整備されていた。

 父や木田に怒られた時、加藤はよく階段下の奥に逃げた。

 居間のフローリングの床に、カメムシを集め、レースをさせた時。
 木田に布団たたきでひっぱたかれ、尻を押さえ階段下に逃げた。

 板を引っぺがし、護摩木の如く燃やそうとした時。
 激怒した父のゲンコツをくらった。
 加藤は頭を押さえ、階段下で夜を過ごした。

 そして、同級生と殴り合った時。
 あの時は、憲章が……。

「今日は虫など、持っていないですよね」
「はっ、はい」

 摩利支天には逆らえない。

 スタスタタっと階段を昇り、母の部屋に着く。

 軽くノックをすると「どうぞ~」という声。
 ドアを開けた加藤の額に、パチコーンと何かが飛んできた。

 それはダーツの矢であった。
 先端が吸盤になっていて、幸いだった。
 てか。
 なんでダーツ?

「あらあ、大当たり~」

 パチパチと手を叩く母。
 自宅にいるというのに、母はパニエ付きのロングドレスを着用し、結い上げた髪はなぜかピンクブロンドに変色していた。
 きっと、またヘンなものに、はまっているのだろう。

「ご無沙汰してます」

 一応社会人として、加藤は最低の礼儀を尽くす。
 すると母は、なぜか淑女の礼風なお辞儀を返した。

「誠作、婚約破棄は許しませんよ」

 唐突に、何を言うのだ、この母は。

「そもそも婚約してませんけど」
「じゃあ、破棄するために、婚約なさい」
「嫌です」

 加藤は額にダーツの矢を付けたまま、母と不毛な会話をする。
 母の傍らのテーブルには、お見合い写真と思わしき、キャビネサイズの台紙の束が乗っていた。
 母はあたかもトランプのように写真の束を広げ、「ほらほら、どれがイイ?」と加藤に迫る。

「だいたい、跡取りは憲章なんだから、そっちから片付けてください」
「あら、憲章くんには、もっと家柄の良い女性を用意しているわ」

 ツッコミどころが多すぎて、突っ込む気力もなくなった加藤は、額のダーツの吸盤を取りはずし、帰ることにした。

「誠作、お小遣いあげましょうか?」
「いえ、結構です」

 蘭佳もそうだが、母の一系は見てくれだけなら一級品だ。
 だが、付き合うのは無理だと加藤はしみじみ思う。
 母や蘭佳のせいで、加藤の女性観はだいぶ歪んでしまっている。

「お帰りですか」

 木田が玄関で、加藤の靴を揃えて待っていた。

「たまには本宅にお顔を出してくださいませ。当主様も奥様も、寂しがっておられますよ」

 懐かしい木田の説教だ。

「はいはい」
「『はい』は一回!」

 外に出ると、夏の薄い闇が降りていた。
 そういえば。
 泣いた日も、こんな空の色だった。



 『……養子だから』『貰われっ子なのよ』

 繰り返される近隣の囁きで、加藤は、自分がこの家に馴染めないのは、そのせいかと思った。
 
 階段下で膝を抱えていた加藤を、後ろからそっと、憲章が抱いた。

「違うよ、せいちゃん。違うんだ」

「俺は、親父ともおふくろとも、憲章とも似てない。きっとどっかから、貰われてきたんだ」

「せいちゃんは、間違いなく父さんと母さんの息子だよ」

 憲章は息を一つ吐く。

「貰われてきたのは、僕だ」

 以来、加藤の涙は、ぴたりと止まった。


 嫌な記憶である。
 画像として記憶すると、思い出す時もリアルな映像付きだ。
 忘れたいことをいつまでも覚えているのは、時として精神を削る。

 加藤は音竹の自宅の公園まで辿り着いた。
 音竹の家の窓は暗い。

 一人の養護教諭として、子どもたちには、いつも明るい顔でいて欲しい。
 そのために加藤は、解かなければならない。
 鍵はこの公園にある。

 加藤は公園で、しばし夏の星座を見つめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

おもらしの想い出

吉野のりこ
大衆娯楽
高校生にもなって、おもらし、そんな想い出の連続です。

処理中です...