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地下の事情

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 トールオを追って、亀裂に飛び込んだ二人だったが、地底から吹きあげて来る風にぐらついて負けそうになる。
 マキシウスはソファイアを抱きしめた。

 ソファイアは素直に抱かれながらも、全身に血が熱くなる。
 マキシウスからは、添い寝した時と同じ、若葉のような匂いがする。
 ソファイアの好きな匂いだ。 

 フォレスター国側の転移門で、意識が朦朧としていたマキシウスは、ソファイアの唇に自分のそれを重ねた。
 
 彼にとっては無意識の行為。
 だがソファイアにとっては、初めての口づけだった。
 動揺したソファイアだったが、マキシウスが寝ぼけ状態だったのを見て、一瞬カッとした。

 乙女の唇を奪って、そうと気付いていないなんて!
 こう見えても、聖女だぞ!

 何故か悔しくて、思わずマキシウスの頬を叩いた。
 痛みで覚醒したマキシウスは、自分のしたことを覚えていないみたいだ。

 それもまた悔しい。


 鉱山にいる間、どんなに揶揄っても、マキシウスの紳士的態度は崩れなかった。

 ここに来て、取ってつけたように「綺麗だ」とか誉めてくるけど、マキシウスの視線は下を向いている。

――ちゃんと、あたしを見てよ!

 何度かそう思った。
 昔の様に。
 もっと目を合わせて欲しいのだ。

 あの頃、リスタリオに滞在している聖女様とそのご子息は、リスタリオ民の希望の光だった。
 そしてソファイアにとって、それは初恋だった。
 幼心に、ソファイアは一目で心を奪われた。

――にいたん……。マキにいたん!

 鉱山にフォレスター国の王子が、送られて来ると聞いた。
 王子の名は、まさかのマキシウス。

 元々鉱山一帯は、ソファイアとその部下たちの支配下にある。
 だからソファイアも鉱山に居続けた。
 王子の姿を見たかったのだ。現在の姿を確かめたかった。

 初恋の残滓を、ようやく消すことが出来るような気がしたから。

 だが、十数年ぶりに見たマキシウスの姿は、ソファイアが想像もしていなかった、鋼の肉体を持ち、リスタリオではお目にかかれないような、至極端正な面立ちをしていた。

 フォレスター国を覆う闇の粒子は日に日に濃さを増していた。
 このままでは、いずれリスタリオにも影響が出る。

 リスタリオ国内と国境付近は、ソファイアの聖なる御力で押さえられているが、フォレスター国の膿んだ内部を切らない限り闇は消えない。

 ソファイアはついつい、鉱山でマキシウスに絡んでいた。
 面倒くさそうな顔をしながらも、ぽつぽつとマキシウスはソファイアに語った。

 身分の低い女に誑かされて、王命で定められた婚約を破棄した罪に問われた王太子と言う噂であったが、マキシウスから聞き出した内容は、噂とは異なった。

 ソファイアは悔しくなった。
 知らぬ間に婚約して、ヘンな女に騙されて、王都から追放されたマキシウス。

 それは幼き日、ソファイアが大好きだった「にいたん」じゃない。
 本当の「にいたん」は、もっと凄いんだ!
 カッコいい、優しい男性だ!

 悪意ある噂の裏には、それを喜ぶ魔性の者がいる。
 ソファイアは、その魔性の者が、フォレスター国の闇の主だと看破した。にいたんの仇はリスタリオにとっても敵である。

 ソイツを倒さなければ!
 マキシウスと共に。


 闇の中を下へ下へと落ちて行く最中、キラリと何かが光る。

「あっ! あれは!」
「どうした?」

「部下の持つ、輝石だ」

 マキシウスは、石が光る場所に思いきり杖を刺す。
 二人の落下は止まり、弱いながらも闇を照らす輝石により、周囲の状況が薄っすらと見えてきた。

 王宮の地下、かなり深い処に落ちて来たようだ。

 ひゅんと勢いをつけて、ソファイアは飛び降りた。
 マキシウスもそれに続いた。

「輝石とは何だ?」
「部下に一つずつ持たせている、御守りみたいな物だけど、これは多分、道しるべにしたんだと思う」

 道しるべか……。
 考えながらマキシウスはソファイアに訊く。

「ということは、後から来る誰かに対しての、目印か?」
「うん」

 落ちて来た場所は、所々石や土塀が崩れているが、何処かへ通じる回廊らしい。

 目を凝らすと、ポツンポツンと、光る点が見えて来る。

「光を追っていけば、良いみたいだな」

 マキシウスはいつでも刃が抜けるように杖を持ち、ソファイアの半歩先を行く。

「あ」

 パタパタと小さな音に気付いたマキシウスがしゃがむ。
 暗闇に、似つかわしくない小鳥が落ちていた。

「お前、どうした? こんな処」

 拾いあげた小鳥は、マキシウスの手の中で震えている。
 羽が折れているようだ。

「ちょっと待って」

 ソファイアが手をかざす。
 温かい光が零れる。

「ピイッ」

 一鳴きすると、小鳥はソファイアの胸元に入り込む。

「俺が拾ったんだけど」
「助けたのはあたし」

 落ちていた輝石が途絶えた。
 闇の中に聳える、扉がそこにあった。
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