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地下室の事情
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国王アルゼオンは、王宮の見取り図にはない部屋を目指す。
地下六階にある、謀のために造られた、隠し部屋である。
フォレスター国の王家と、暗部を司る一族にのみ、伝えられている事がある。
国を制するために必要なのは二つだ。
すなわち。
祝福と呪い。
相反する二つを適宜使いこなす方法が、王家と暗部に受け継がれている。
相反するものであっても、起動させるための鍵は、それを扱う人の「思い」である。
人を幸せにしたいと強く思えば祝福に。
逆の場合は、呪いに。
長い歴史の中で、方法は会得しても、強い思いを持つことが出来ない者が、時折現れた。そのために、思いを増幅させる道具や詠唱文が用意されてきた。
思いの強さは生まれ持っての資質で決まり、資質は親から子へと継承されやすい。
近親で婚姻を続けると、強力な資質保持者が現れる反面、肉体や精神にトラブルを抱えた者が生まれやすいことから、王家と暗部は時折、他国や姻戚関係が遠い家系から、配偶者を選ぶことをしていた。
現国王アルゼオンは、思いの強さに欠ける型であった。
そこで三大公爵や五大侯爵ではなく、他国から移住して来た伯爵家の令嬢を娶ったのである。
それは神の巡りあわせだったのか、アルゼオンは一目でヴィエーネを気に入った。
明るい笑顔と優しい気配りは、他の令嬢たちには見られない素晴らしい特質だったのだ。
ヴィエーネが王宮で暮らすようになり、澱んでいた王宮内の空気が変わった。
「魂が、純粋な御方なのです、王妃様は」
神殿の司祭はそう言った。
素直な性格は、資質と育った環境により、形成されたのだろうとも。
だから、リスタリオ国からの使者が来て、ヴィエーネが「聖女」だと聞いても、それほどアルゼオンは驚かなかった。
だが、手放したくはなかったし、アルゼオンが帯同するのも無理な話だ。
最愛の妻には、嫡男が産まれたばかりだった。
「わたくしは、王妃をマルティア様に譲りたいと思います」
リスタリオの気の乱れは、やがて此処フォレスターにもやって来るだろう。
その前に、リスタリオで浄化の祈りを捧げると、ヴィエーネは言った。
「王子と共に参ります」
今でもあの時、ヴィエーネをリスタリオ国に送ったことは間違いであったのではと、アルゼオンは思う。
ヴィエーネがリスタリオに滞在して数年で、次期聖女が生誕したのだ。
放っておいても、良かったのではないかと。
ヴィエーネが不在中、新しい王妃になったマルティアは、我の強さを発揮して、王宮を牛耳った。
侍女や騎士たちも、マルティアの生家から連れてきた者たちに徐々に入れ替わった。
毎夜毎夜、あたかも大蛇の如く身をくねらせて、彼女は寝室に渡って来た。
ほどなく第二王子が産まれた。第一王子のマキシウスよりも大きな赤子であった。
王妃マルティアは、朝な夕なにトールオに語りかける。
「お前こそが正統な王子。生まれた順番は違っても、お前が王太子。次期国王」
マルティアの我儘は、なるべく穏便に叶えていたアルゼオンだったが、次期国王の指名は第一王子と決めていた。
聖女の血を引くマキシウスであれば、願望成就の力も強いはずだ。
一日も早く、マキシウスを立太子させたい。
ヴィエーネが第一王子と共に帰国して、アルゼオンは安心した。
リスタリオとの関係も、ヴィエーネの尽力により以前よりも良くなった。
遠くから見ていると、マキシウスとトールオは思いのほか仲が良い。
思いの力が薄いアルゼオンだが、ヴィエーネがいれば大丈夫だ。
ところが、マキシウスが王太子に指名され、婚約者も決まったあたりから、ヴィエーネはしばしば倒れるようになった。
原因不明の熱と倦怠感で、公務はもとよりマキシウスと触れ合うことも叶わなくなっていく。
ヴィエーネが、ベッドから起き上がることも出来なくなったある日、彼女はアルゼオンを呼ぶ。
「……守って下さい。国を。王子たちを……」
ヴィエーネはアルゼオンの胸のラペルピンを取る。
そして自分の指先にピンの先を刺し、元に戻した。
「覚えていてね。見えるものだけが正しいわけではなく、聞こえるものだけが真実とは限らない」
翌日、ヴィエーネの肉体は、心臓を止めた。
亡骸に縋って泣く国王を、王妃マルティアは冷ややかに眺めた。
隠し部屋に辿り着いたアルゼオンは、ドアを開ける。
足元のランプが一つしかない部屋は暗い。
「ようこそ、陛下。もう宴は終わったのかしら? それとも、これからでしょうか」
闇の中、浮かび上がる王妃は、金色の瞳が妙に光っていた。
地下六階にある、謀のために造られた、隠し部屋である。
フォレスター国の王家と、暗部を司る一族にのみ、伝えられている事がある。
国を制するために必要なのは二つだ。
すなわち。
祝福と呪い。
相反する二つを適宜使いこなす方法が、王家と暗部に受け継がれている。
相反するものであっても、起動させるための鍵は、それを扱う人の「思い」である。
人を幸せにしたいと強く思えば祝福に。
逆の場合は、呪いに。
長い歴史の中で、方法は会得しても、強い思いを持つことが出来ない者が、時折現れた。そのために、思いを増幅させる道具や詠唱文が用意されてきた。
思いの強さは生まれ持っての資質で決まり、資質は親から子へと継承されやすい。
近親で婚姻を続けると、強力な資質保持者が現れる反面、肉体や精神にトラブルを抱えた者が生まれやすいことから、王家と暗部は時折、他国や姻戚関係が遠い家系から、配偶者を選ぶことをしていた。
現国王アルゼオンは、思いの強さに欠ける型であった。
そこで三大公爵や五大侯爵ではなく、他国から移住して来た伯爵家の令嬢を娶ったのである。
それは神の巡りあわせだったのか、アルゼオンは一目でヴィエーネを気に入った。
明るい笑顔と優しい気配りは、他の令嬢たちには見られない素晴らしい特質だったのだ。
ヴィエーネが王宮で暮らすようになり、澱んでいた王宮内の空気が変わった。
「魂が、純粋な御方なのです、王妃様は」
神殿の司祭はそう言った。
素直な性格は、資質と育った環境により、形成されたのだろうとも。
だから、リスタリオ国からの使者が来て、ヴィエーネが「聖女」だと聞いても、それほどアルゼオンは驚かなかった。
だが、手放したくはなかったし、アルゼオンが帯同するのも無理な話だ。
最愛の妻には、嫡男が産まれたばかりだった。
「わたくしは、王妃をマルティア様に譲りたいと思います」
リスタリオの気の乱れは、やがて此処フォレスターにもやって来るだろう。
その前に、リスタリオで浄化の祈りを捧げると、ヴィエーネは言った。
「王子と共に参ります」
今でもあの時、ヴィエーネをリスタリオ国に送ったことは間違いであったのではと、アルゼオンは思う。
ヴィエーネがリスタリオに滞在して数年で、次期聖女が生誕したのだ。
放っておいても、良かったのではないかと。
ヴィエーネが不在中、新しい王妃になったマルティアは、我の強さを発揮して、王宮を牛耳った。
侍女や騎士たちも、マルティアの生家から連れてきた者たちに徐々に入れ替わった。
毎夜毎夜、あたかも大蛇の如く身をくねらせて、彼女は寝室に渡って来た。
ほどなく第二王子が産まれた。第一王子のマキシウスよりも大きな赤子であった。
王妃マルティアは、朝な夕なにトールオに語りかける。
「お前こそが正統な王子。生まれた順番は違っても、お前が王太子。次期国王」
マルティアの我儘は、なるべく穏便に叶えていたアルゼオンだったが、次期国王の指名は第一王子と決めていた。
聖女の血を引くマキシウスであれば、願望成就の力も強いはずだ。
一日も早く、マキシウスを立太子させたい。
ヴィエーネが第一王子と共に帰国して、アルゼオンは安心した。
リスタリオとの関係も、ヴィエーネの尽力により以前よりも良くなった。
遠くから見ていると、マキシウスとトールオは思いのほか仲が良い。
思いの力が薄いアルゼオンだが、ヴィエーネがいれば大丈夫だ。
ところが、マキシウスが王太子に指名され、婚約者も決まったあたりから、ヴィエーネはしばしば倒れるようになった。
原因不明の熱と倦怠感で、公務はもとよりマキシウスと触れ合うことも叶わなくなっていく。
ヴィエーネが、ベッドから起き上がることも出来なくなったある日、彼女はアルゼオンを呼ぶ。
「……守って下さい。国を。王子たちを……」
ヴィエーネはアルゼオンの胸のラペルピンを取る。
そして自分の指先にピンの先を刺し、元に戻した。
「覚えていてね。見えるものだけが正しいわけではなく、聞こえるものだけが真実とは限らない」
翌日、ヴィエーネの肉体は、心臓を止めた。
亡骸に縋って泣く国王を、王妃マルティアは冷ややかに眺めた。
隠し部屋に辿り着いたアルゼオンは、ドアを開ける。
足元のランプが一つしかない部屋は暗い。
「ようこそ、陛下。もう宴は終わったのかしら? それとも、これからでしょうか」
闇の中、浮かび上がる王妃は、金色の瞳が妙に光っていた。
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