上 下
20 / 28

地下室の事情

しおりを挟む
 国王アルゼオンは、王宮の見取り図にはない部屋を目指す。
 地下六階にある、はかりごとのために造られた、隠し部屋である。

 フォレスター国の王家と、暗部を司る一族にのみ、伝えられている事がある。

 国を制するために必要なのは二つだ。
 すなわち。
 祝福と呪い。

 相反する二つを適宜使いこなす方法が、王家と暗部に受け継がれている。

 相反するものであっても、起動させるための鍵は、それを扱う人の「思い」である。

 人を幸せにしたいと強く思えば祝福に。
 逆の場合は、呪いに。

 長い歴史の中で、方法は会得しても、強い思いを持つことが出来ない者が、時折現れた。そのために、思いを増幅させる道具や詠唱文が用意されてきた。

 思いの強さは生まれ持っての資質で決まり、資質は親から子へと継承されやすい。

 近親で婚姻を続けると、強力な資質保持者が現れる反面、肉体や精神にトラブルを抱えた者が生まれやすいことから、王家と暗部は時折、他国や姻戚関係が遠い家系から、配偶者を選ぶことをしていた。

 現国王アルゼオンは、思いの強さに欠けるタイプであった。
 そこで三大公爵や五大侯爵ではなく、他国から移住して来た伯爵家の令嬢を娶ったのである。

 それは神の巡りあわせだったのか、アルゼオンは一目でヴィエーネを気に入った。
 明るい笑顔と優しい気配りは、他の令嬢たちには見られない素晴らしい特質だったのだ。

 ヴィエーネが王宮で暮らすようになり、澱んでいた王宮内の空気が変わった。

「魂が、純粋な御方なのです、王妃様は」

 神殿の司祭はそう言った。
 素直な性格は、資質と育った環境により、形成されたのだろうとも。

 だから、リスタリオ国からの使者が来て、ヴィエーネが「聖女」だと聞いても、それほどアルゼオンは驚かなかった。
 だが、手放したくはなかったし、アルゼオンが帯同するのも無理な話だ。
 最愛の妻には、嫡男が産まれたばかりだった。

「わたくしは、王妃をマルティア様に譲りたいと思います」

 リスタリオの気の乱れは、やがて此処フォレスターにもやって来るだろう。
 その前に、リスタリオで浄化の祈りを捧げると、ヴィエーネは言った。

「王子と共に参ります」

 今でもあの時、ヴィエーネをリスタリオ国に送ったことは間違いであったのではと、アルゼオンは思う。

 ヴィエーネがリスタリオに滞在して数年で、次期聖女が生誕したのだ。
 放っておいても、良かったのではないかと。

 ヴィエーネが不在中、新しい王妃になったマルティアは、我の強さを発揮して、王宮を牛耳った。
 侍女や騎士たちも、マルティアの生家から連れてきた者たちに徐々に入れ替わった。

 毎夜毎夜、あたかも大蛇くちなわの如く身をくねらせて、彼女は寝室に渡って来た。
 ほどなく第二王子が産まれた。第一王子のマキシウスよりも大きな赤子であった。

 王妃マルティアは、朝な夕なにトールオに語りかける。

「お前こそが正統な王子。生まれた順番は違っても、お前が王太子。次期国王」

 マルティアの我儘は、なるべく穏便に叶えていたアルゼオンだったが、次期国王の指名は第一王子と決めていた。

 聖女の血を引くマキシウスであれば、願望成就の力も強いはずだ。
 一日も早く、マキシウスを立太子させたい。

 ヴィエーネが第一王子と共に帰国して、アルゼオンは安心した。
 リスタリオとの関係も、ヴィエーネの尽力により以前よりも良くなった。
 遠くから見ていると、マキシウスとトールオは思いのほか仲が良い。

 思いの力が薄いアルゼオンだが、ヴィエーネがいれば大丈夫だ。

 ところが、マキシウスが王太子に指名され、婚約者も決まったあたりから、ヴィエーネはしばしば倒れるようになった。
 原因不明の熱と倦怠感で、公務はもとよりマキシウスと触れ合うことも叶わなくなっていく。

 ヴィエーネが、ベッドから起き上がることも出来なくなったある日、彼女はアルゼオンを呼ぶ。

「……守って下さい。国を。王子たちを……」

 ヴィエーネはアルゼオンの胸のラペルピンを取る。
 そして自分の指先にピンの先を刺し、元に戻した。

「覚えていてね。見えるものだけが正しいわけではなく、聞こえるものだけが真実とは限らない」

 翌日、ヴィエーネの肉体は、心臓を止めた。
 亡骸に縋って泣く国王を、王妃マルティアは冷ややかに眺めた。


 隠し部屋に辿り着いたアルゼオンは、ドアを開ける。
 足元のランプが一つしかない部屋は暗い。

「ようこそ、陛下。もう宴は終わったのかしら? それとも、これからでしょうか」

 闇の中、浮かび上がる王妃は、金色の瞳が妙に光っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪されたクールな聖女は、隣国の騎士団長に愛されています

絹乃
恋愛
ふたりの聖女が並び立つタイメラ王国。パウラは、先輩の聖女テレーシアのことがことごとく気に食わない。「絶対にあの女を引きずり下ろす。わたしがタイメラ唯一の聖女にして、王妃となり、のし上がってやる」パウラは、手っ取り早くテレーシアを失脚させるために、毒を盛られたと嘘をつく。王太子ビリエルはパウラの虚言を信じ、テレーシアを処刑する。だが精霊の力を借りて、テレーシアは刑場から消えた。飛ばされた隣国で、テレーシアは騎士団長のアルフォンスに助けられる。聖女が一人になったことで災厄に見舞われたタイメラ王国。「お前がテレーシアを連れ戻せ」と王太子ビリエルにパウラは命じられる。不服を洩らしながら隣国に向かったパウラは、テレーシアこそが敬愛される聖女であることを見せつけられる。

頭痛の日に急に婚約者がやって来て婚約破棄を言いわたしてきました。いきなり過ぎて母も驚いています。~取るもの取っておさらばしましょう~

四季
恋愛
頭痛の日に急に婚約者がやって来て婚約破棄を言いわたしてきました。 いきなり過ぎて母も驚いています。

世の令嬢が羨む公爵子息に一目惚れされて婚約したのですが、私の一番は中々変わりありません

珠宮さくら
恋愛
ヴィティカ国というところの伯爵家にエステファンア・クエンカという小柄な令嬢がいた。彼女は、世の令嬢たちと同じように物事を見ることが、ほぼない令嬢だった。 そんな令嬢に一目惚れしたのが、何もかもが恵まれ、世の令嬢の誰もが彼の婚約者になりたがるような子息だった。 そんな中でも例外中のようなエステファンアに懐いたのが、婚約者の妹だ。彼女は、負けず嫌いらしく、何でもできる兄を超えることに躍起になり、その上をいく王太子に負けたくないのだと思っていたのだが、どうも違っていたようだ。

浮気され婚約破棄されたので相手二人に慰謝料の支払いを求めたのですが、そんなある日実家の近くで女が急に襲ってきまして……!?

四季
恋愛
浮気され婚約破棄されたので相手二人に慰謝料の支払いを求めたのですが……?

行き遅れ令嬢は、落第王子の命令で、しかたなく、学園をやり直します!

甘い秋空
恋愛
「学園に戻って、勉強し直してこい」と、私が年上なのを理由に婚約破棄した王子が、とんでもない事を言います。この年で、学園に戻るなんて、こんな罰があったなんて〜! 聞いてませんよ!

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

困った時だけ泣き付いてくるのは、やめていただけますか?

柚木ゆず
恋愛
「アン! お前の礼儀がなっていないから夜会で恥をかいたじゃないか! そんな女となんて一緒に居られない! この婚約は破棄する!!」 「アン君、婚約の際にわが家が借りた金は全て返す。速やかにこの屋敷から出ていってくれ」  新興貴族である我がフェリルーザ男爵家は『地位』を求め、多額の借金を抱えるハーニエル伯爵家は『財』を目当てとして、各当主の命により長女であるわたしアンと嫡男であるイブライム様は婚約を交わす。そうしてわたしは両家当主の打算により、婚約後すぐハーニエル邸で暮らすようになりました。  わたしの待遇を良くしていれば、フェリルーザ家は喜んでより好条件で支援をしてくれるかもしれない。  こんな理由でわたしは手厚く迎えられましたが、そんな日常はハーニエル家が投資の成功により大金を手にしたことで一変してしまいます。  イブライム様は男爵令嬢如きと婚約したくはなく、当主様は格下貴族と深い関係を築きたくはなかった。それらの理由で様々な暴言や冷遇を受けることとなり、最終的には根も葉もない非を理由として婚約を破棄されることになってしまったのでした。  ですが――。  やがて不意に、とても不思議なことが起きるのでした。 「アンっ、今まで酷いことをしてごめんっ。心から反省しています! これからは仲良く一緒に暮らしていこうねっ!」  わたしをゴミのように扱っていたイブライム様が、涙ながらに謝罪をしてきたのです。  …………あのような真似を平然する人が、突然反省をするはずはありません。  なにか、裏がありますね。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

処理中です...