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国王の事情

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 フォレスター国現国王、アルゼオン・フォレットは閃光を垣間見て涙を浮かべた。

 なぜ……忘れていたのだろう。
 あの場所での、彼女との約束を……。


――ねえ、アル、ここは大切な場所なの


 周囲からは政略と見なされていた、ヴィエーネとの婚約だったが、アルゼオンにとっては初恋だった。初めて会ったのは、二人が六歳の頃だ。
 白金色の豊かな髪と、薄い紫色の瞳の少女。
 少女の表情はくるくると変わり、視線はいつも真っすぐにアルゼオンを射る。
 次期国王となる立場のアルゼオンに、媚びることなく話しかける。 

 二人で手を繋ぎ、近くの野原を駆けた。
 小さな白い花が咲いている丘が、ヴィエーネのお気に入りだった。

 花を摘みながら、ヴィエーネはアルゼオンに言った。

『ここは聖地なの』
『せいち、って何?』
『聖なる力が、満ちている場所なんだって』

 ヴィエーネが歌を口遊むと、小鳥たちが空から舞い降りて来た。
 茂みからはウサギや小鹿がヴィエーネを見つめる。

 特別な少女だとアルゼオンは感じた。
 自分にとって。
 この国にとっても……。

 二人が十五の年を越え、成人した頃のことだ。
 鉱山地帯から毒性のあるガスが噴出し、その影響で穀倉地帯が壊滅した。
 河川の氾濫も続き、国庫は激減する。

 フォレスター国随一の侯爵家から、物資を含めた援助の申し出があった。
 見返りは、侯爵家の息女が側妃となること。

 アルゼオンは反対したが、前国王は止む無く申し出を受けた。
 
 侯爵家は、代々王家の暗部を取り仕切っている。
 断れば、何をされるか分からない不気味さを抱えたいた。

 アルゼオンはヴィエーネと二人きりで神殿に向かった。
 神の御前で、婚姻を誓ったのである。

 すると。
 不順だった天候が穏やかになり、河川の氾濫も治まった。
 鉱山地帯から、ガスが消えたと報告を受けた。

『父上。やはりヴィエーネこそが、真の王妃なのです』

 アルゼオンとヴィエーネは、積極的に国内の視察に出かけ、救済策を講じた。
 国民も年若い王太子夫妻を、歓迎したのである。

 その後王位を継承したアルゼオンは、引き続き国内の安定に力を入れた。
 ようやくフォレスター国内が落ち着いた頃に、ヴィエーネの懐妊が判明したのである。

『よくやった! ヴィ!』

 ヴィエーネを抱きしめたアルゼオンは、涙を浮かべて喜んだ。
 ようやく落ち着いて生活出来る。
 そう思った。


 だが……
 ヴィエーネの噂が、リスタリオ国にも届いていた。
 彼女が訪問した町や村に、平和が訪れていくのだと。
 ヴィエーネが一たび天に祈ると、嵐がぴたりと収まったと。

 
 リスタリオは聖女が不在という状況で、フォレスターと同様、自然災害や疫病に見舞われていたのだ。調べてみれば、王妃ヴィエーネの実家は、元々リスタリオの祭祀具に携わっていた。

 おそらくは、いや、きっと……。
 ヴィエーネこそが次代の聖女である。
 リスタリオに、取り戻さなければ!

 リスタリオの使者が、ヴィエーネの招聘をアルゼオンに申し出たのは、ヴィエーネが出産してまだ三月もたっていない時であった。


「ヴィエーネ……我が最愛にして、唯一の妃。なぜ、君は今、ここにいない……」

 国王アルゼオンは、左胸を押さえた。
 ヴィエーネがリスタリオ国に赴く前に、アルゼオンに渡したラペルピン。
 澄んだ輝きを持つ石が、今も彼の胸には光っている。

『御守りです、陛下』

 国を離れて行く時でも、ヴィエーネは笑顔だった。
 初めて会った時と、変わらないほどの。

 いつしか国王の部屋には、夕陽が射しこんでいる。
 ヴィエーネがいなくなって、アルゼオンはしばしば、記憶が曖昧になり時間感覚がなくなった。

 すべてが面倒になり、感情の起伏が激しくなった国王への信頼度は激減し、ここ数年は王子らと宰相や大臣が国政を仕切っていた。
 王太子が廃された今は、第二王子が勝手に王印を使っているようだ。

 このままではいけない。
 ヴィエーネが愛した国と國民が迷惑するだろう。

 アルゼオンは椅子から立ち上がる。
 引退するには早すぎるだ。
 そうだろう? ヴィエーネ。

 閃光により、国王アルゼオンの脳内は、薄皮を剥ぐようにクリアになっていく。

 国王の変化を、第二王子とその母は、まだ知らない。
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