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ソファイアの事情
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鉱山地帯は秋が早い。
赤や黄色の葉が、はらはらと落ち始める。
朝晩の冷え込みは、王都よりも厳しい。
この土地と鉱山での仕事に慣れてきたとはいえ、マキシウスも夜寝る時は寒さを堪える。
ふと、明け方に気配を感じた。
目を開けるとソファイアが、彼の背に貼りついている。
手足を丸めた寝姿は、子猫のようだ。
「……兄さん」
ソファイアの寝言に、マキシウスの胸がトクンと鳴る。
彼は体の向きを変え、そっとソファイアを抱き寄せた。
二人一緒なら、温かい。
いつもは埃まみれの少女だが、抱き寄せた四肢の柔らかさに、マキシウスは少々動揺する。
何故ここにいるのかは知らないが、少しでも休めるようにと願う。
彼もソファイアと向き合ったまま、再び微睡みに落ちた。
「ぎゃあああ!!」
叫び声でマキシウスは目覚めた。
隣で寝ていたはずのソファイアは、床に座っている。
「ど、どうした?」
「どうしたって、え、何? なんであたし、ここにいるの? 襲われたの? ねえ兄さん、あたしを襲ったの?」
「ち、違う! お前こそ、深夜俺の小屋に、勝手に入ってきたんだぞ」
ソファイアは真っ赤になる。
「あ、ああ、そっか。ゴメン」
そう言うとソファイアは脱兎の如く、外へと飛び出して行った。
マキシウスは茫然と、その姿を見送った。
バカバカ! あたしの馬鹿!
気付かれてしまったなんて、なんたる不覚!
ソファイアは頬に熱を持ったまま、木から木へと飛び移る。
いつもは気配を消して、そっと忍び込んでいたのに。
マキシウスの寝顔を見ていたかった。
大きくなったね、元気だよね。
まるで母の気分で、彼の寝姿を見守っていたのだ。
ソファイアは木からストンと降りる。
木の下には僧服の一群が、腰を落として待っていた。
「何用だ」
ソファイアの声に、一群のリーダーが答える。
「招待状が届きましたゆえ」
「何処から?」
「フォレスター国です」
フォレスター国だと?
「まさかとは思うが、新王太子の儀への招待か?」
「はっ。そのまさかです」
やはり、新王太子はアホだな。
「フォレスター国と我が国の経緯を知っているのだろうか」
「さあ……。一応、国王の名で届きましたが。如何なさいますか?」
ソファイアは薄く笑う。
これはこれで、好都合かもしれない。
「行くと返信せよ。リスタリオ国第一王女であり、現聖女のソファイア・リスタルが、婚約者と一緒に出席すると」
「御意!」
返答と同時に、一群は姿を消した。
今更、どの面下げて、とソファイアは思う。
リスタリオ国の祭祀には、水晶と聖女が必要不可欠だが、フォレスター国のように、祭祀が形骸化すると、その重要性を理解出来ないようだ。
リスタリオ国の聖女が、後継者を見つける前に身罷れた時に、力を貸してくれたのはフォレスター国のヴィエーネだった。
幼子と一緒にリスタリオ国まで来て、祭祀や国の浄化に力を注いでくれた。
数年後ソファイアが誕生し、次代の聖女候補となると、ヴィエーネは我が子と一緒に、ソファイアの面倒を見た。
温かい光に包まれた、美しい聖女とその息子。
見ているだけで、癒された。
ソファイアが三歳になるまで、ヴィエーネは聖女の心得などを優しく説き、ソファイアの未熟さを補えるように、神殿の水晶に聖女の力を残したのだ。
ヴィエーネの息子とソファイアは、二歳ほどの年の差であったが、よちよち歩きのソファイアと息子はよく遊んでくれた。
「兄たん。マキ兄たん」
ソファイアも彼に懐いていた。
母親似の綺麗男の子だった。
ヴィエーネとその息子、マキシウスが帰国する時に、ソファイアは泣いて追いかけた。
「いつか、きっとまた会えるわ」
ヴィエーネが、ソファイアの黒髪を撫でてくれた。
マキ兄たんは、ソファイアを、ぎゅっと抱きしめた。
フォレスター国に戻ったマキシウスが、国内の貴族令嬢と婚約したと聞き、ソファイアは胸がきゅっとした。
それにも増してソファイアが愕然としたのは、聖女ヴィエーネが亡くなったという知らせだった。
聖女は病気や毒からは守られている。
簡単な傷なら自己回復出来る。
命を落とすとしたら、邪悪な呪いを掛けられてしまった時だ。
ソファイアは父である国王に頼んで、ヴィエーネが亡くなった時の状況を教えて欲しいとフォレスター国に送った。
だが、フォレスター国からの返信は、「国内の問題につき配慮不要。相互不可侵であるべき」という、なんともそっけないものだった。
それどころか、いつしかフォレスター国は、リスタリオを蛮族の国と揶揄し、積極的な交流を拒否したのだ。唯一の緩衝地帯は国境側の鉱山で、ここだけは双方、どちらの国からでも坑道を掘ることを許容した。
ソファイアは悔しかった。
握りしめた拳は、己の爪で血が滲んでいた。
あの優しかったヴィエーネが、儚く散ってしまったことに。
それを助けることが出来なかった自分に。
だからいつの日か。
自分の力がもっと強くなったら、ヴィエーネの死の真相を明らかにしたい。
いや、
絶対する!
そうして国王配下の間諜部隊を借りながら、フォレスター国を見張っていた。
まさか。
あのマキ兄さんまでもが嵌められて、鉱山にやって来るとは思わなかったけれど。
ともかくも時は来た。
ヴィエーネの無念と、マキシウスの冤罪を晴らすのだ!
赤や黄色の葉が、はらはらと落ち始める。
朝晩の冷え込みは、王都よりも厳しい。
この土地と鉱山での仕事に慣れてきたとはいえ、マキシウスも夜寝る時は寒さを堪える。
ふと、明け方に気配を感じた。
目を開けるとソファイアが、彼の背に貼りついている。
手足を丸めた寝姿は、子猫のようだ。
「……兄さん」
ソファイアの寝言に、マキシウスの胸がトクンと鳴る。
彼は体の向きを変え、そっとソファイアを抱き寄せた。
二人一緒なら、温かい。
いつもは埃まみれの少女だが、抱き寄せた四肢の柔らかさに、マキシウスは少々動揺する。
何故ここにいるのかは知らないが、少しでも休めるようにと願う。
彼もソファイアと向き合ったまま、再び微睡みに落ちた。
「ぎゃあああ!!」
叫び声でマキシウスは目覚めた。
隣で寝ていたはずのソファイアは、床に座っている。
「ど、どうした?」
「どうしたって、え、何? なんであたし、ここにいるの? 襲われたの? ねえ兄さん、あたしを襲ったの?」
「ち、違う! お前こそ、深夜俺の小屋に、勝手に入ってきたんだぞ」
ソファイアは真っ赤になる。
「あ、ああ、そっか。ゴメン」
そう言うとソファイアは脱兎の如く、外へと飛び出して行った。
マキシウスは茫然と、その姿を見送った。
バカバカ! あたしの馬鹿!
気付かれてしまったなんて、なんたる不覚!
ソファイアは頬に熱を持ったまま、木から木へと飛び移る。
いつもは気配を消して、そっと忍び込んでいたのに。
マキシウスの寝顔を見ていたかった。
大きくなったね、元気だよね。
まるで母の気分で、彼の寝姿を見守っていたのだ。
ソファイアは木からストンと降りる。
木の下には僧服の一群が、腰を落として待っていた。
「何用だ」
ソファイアの声に、一群のリーダーが答える。
「招待状が届きましたゆえ」
「何処から?」
「フォレスター国です」
フォレスター国だと?
「まさかとは思うが、新王太子の儀への招待か?」
「はっ。そのまさかです」
やはり、新王太子はアホだな。
「フォレスター国と我が国の経緯を知っているのだろうか」
「さあ……。一応、国王の名で届きましたが。如何なさいますか?」
ソファイアは薄く笑う。
これはこれで、好都合かもしれない。
「行くと返信せよ。リスタリオ国第一王女であり、現聖女のソファイア・リスタルが、婚約者と一緒に出席すると」
「御意!」
返答と同時に、一群は姿を消した。
今更、どの面下げて、とソファイアは思う。
リスタリオ国の祭祀には、水晶と聖女が必要不可欠だが、フォレスター国のように、祭祀が形骸化すると、その重要性を理解出来ないようだ。
リスタリオ国の聖女が、後継者を見つける前に身罷れた時に、力を貸してくれたのはフォレスター国のヴィエーネだった。
幼子と一緒にリスタリオ国まで来て、祭祀や国の浄化に力を注いでくれた。
数年後ソファイアが誕生し、次代の聖女候補となると、ヴィエーネは我が子と一緒に、ソファイアの面倒を見た。
温かい光に包まれた、美しい聖女とその息子。
見ているだけで、癒された。
ソファイアが三歳になるまで、ヴィエーネは聖女の心得などを優しく説き、ソファイアの未熟さを補えるように、神殿の水晶に聖女の力を残したのだ。
ヴィエーネの息子とソファイアは、二歳ほどの年の差であったが、よちよち歩きのソファイアと息子はよく遊んでくれた。
「兄たん。マキ兄たん」
ソファイアも彼に懐いていた。
母親似の綺麗男の子だった。
ヴィエーネとその息子、マキシウスが帰国する時に、ソファイアは泣いて追いかけた。
「いつか、きっとまた会えるわ」
ヴィエーネが、ソファイアの黒髪を撫でてくれた。
マキ兄たんは、ソファイアを、ぎゅっと抱きしめた。
フォレスター国に戻ったマキシウスが、国内の貴族令嬢と婚約したと聞き、ソファイアは胸がきゅっとした。
それにも増してソファイアが愕然としたのは、聖女ヴィエーネが亡くなったという知らせだった。
聖女は病気や毒からは守られている。
簡単な傷なら自己回復出来る。
命を落とすとしたら、邪悪な呪いを掛けられてしまった時だ。
ソファイアは父である国王に頼んで、ヴィエーネが亡くなった時の状況を教えて欲しいとフォレスター国に送った。
だが、フォレスター国からの返信は、「国内の問題につき配慮不要。相互不可侵であるべき」という、なんともそっけないものだった。
それどころか、いつしかフォレスター国は、リスタリオを蛮族の国と揶揄し、積極的な交流を拒否したのだ。唯一の緩衝地帯は国境側の鉱山で、ここだけは双方、どちらの国からでも坑道を掘ることを許容した。
ソファイアは悔しかった。
握りしめた拳は、己の爪で血が滲んでいた。
あの優しかったヴィエーネが、儚く散ってしまったことに。
それを助けることが出来なかった自分に。
だからいつの日か。
自分の力がもっと強くなったら、ヴィエーネの死の真相を明らかにしたい。
いや、
絶対する!
そうして国王配下の間諜部隊を借りながら、フォレスター国を見張っていた。
まさか。
あのマキ兄さんまでもが嵌められて、鉱山にやって来るとは思わなかったけれど。
ともかくも時は来た。
ヴィエーネの無念と、マキシウスの冤罪を晴らすのだ!
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