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夏休みのドロート子爵領

婚約するって本当ですか

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 頭が、考えることを拒否したような一晩を過ごした翌日、私は王宮に呼ばれました。
 朝の身支度を終え、自分の部屋に戻ると、ベッドの上には見たこともない、ゴージャスなドレスが広がっています。

「こんな日が来るかと思って、用意しておいたのよ」

 母はあっさりと言いますが、「こんな日」ってどんな日なんでしょう。
 しかもドレスは銀色の生地で、裾と袖には青と碧の刺繍が入っています。
 まるで。
 アルバスト先輩の髪と瞳の色に、合わせたようではないですか。

「合わせたもの」
「え?」
「きっと、いつの日かイルバ公爵子息から、お申込みがあると思っていたから」

 いやいや、母上。
 それはあなたの夢とか希望とか、妄想ではないでしょうか。
 だって、子爵と公爵様では、身分違い過ぎるし。
 今は、学園の生徒同士、爵位気にせずに生活してますけど。

 母は私の葛藤など気にすることなく、私にドレスを着付けし、薄化粧まで施します。
 そして王宮からお迎えにきた馬車に、一緒に乗り込みました。

 あ、父はお留守番。


 お昼過ぎに王宮に到着し、私と母は、別々の控室に案内されました。
 控室といっても王宮の一室。
 我が家の客間の十倍くらい広いです。
 絨毯も家具も、超一級品ですね。

 手持ち無沙汰のまま、室内をウロウロしていると、ドアが開きました。

「あっ」

 アルバスト先輩の入室です。
 先輩は昨日よりもさらに、洗練された正装です。
 金糸の縁取りが入った紺色の上着は、上品で先輩によくお似合いです。

 私はペコリ頭を下げ、はっとして淑女の礼をします。

 くすっという笑い声。
 いつものアルバスト先輩の声でした。

「そんなにかしこまらないで、座ってよ」

 座ったソファーは、以前お伺いした、ファイアット侯爵のソファーよりも尚、スプリングが効いていました。
 アルバスト先輩は、すいっと私の横に座ります。

「あの……ごめんなさい」
「え、何? なんでフローが謝るの?」
「だ、だって……」

 私は先輩の顔を直視できません。

「だって、その、婚約なんて、先輩と私の婚約なんて……」
「フローは、俺とじゃ不満?」

 先輩の声のトーンが落ちます。

「ち、違います! 違うんです! だって、私を守るために、婚約なんて、先輩にご迷惑じゃないですか」

「フロー……」

 先輩は私の手を取り、軽く握ります。

「フローは、殿下が言った、君を王宮で保護するための婚約だって、本当にそう思ってるの?」

 それ以外、何があるというのでしょう。

 顔を上げると、今まで見たこともないほど、真剣な眼差しのアルバスト先輩がいました。

「違うよ、フロー。違うんだ。保護とかは、後付けのことだから……」

「!!」

 先輩は、私の手の甲に、そっと唇を当てました。

「俺の気持ちを知っている殿下が、お節介を焼いたんだ」

 どどどど……。
 どういうことなんでしょう!!
 私はパニック状態です。
 私の手に……。
 私の手に、先輩が! 先輩の唇が!

「もっと早く、こうしておくべきだった」

 先輩は背筋を伸ばし、私の両肩に手を置きます。

「ずっと……初めて見た時から、ずっと好きだよ、フロー」

 そのまま私は、先輩に抱き寄せられました。

「花を見ている君に、心惹かれた。だから、無理やり、『花いっぱいリーダー』になってもらった。君は真面目に熱心に、花を咲かせてくれたね。俺の心にも……」

 私の鼓動は全力疾走した時よりも、早くなっています。
 息が、出来ない。
 何も、考えられない。

「俺……わたし、アルバスト・イルバと、婚約してください。いつの日か、結婚したいのです。あなたと。フローナ・ドロート嬢と!」

「……はい……」

 小声で私は、承諾しました。
 断るという選択肢は、きっと元からなかったのです。
 いつも助けてくれる先輩。
 ミーちゃんを大切にしている先輩。

 私も、ずっとあなたのことが……。

 大きく息を吐いたアルバスト先輩の腕に力が入ります。
 何回かハグはありましたが、こんなに強く抱きしめられたのは初めてです。

「あ、ありがとう! ありがとう、フロー! 大好き!」
「せ、先輩、息が、苦しくて、コルセット……」

 私が意味不明な単語を並べていると、僅かに隙間を作ってある、ドアの向こうから咳払いが聞こえます。

 はっとして、アルバスト先輩の力が弱まり、私はドレスの皺を伸ばしました。

「陛下がお待ちです」

 私はアルバスト先輩にエスコートされ、国王陛下との謁見に臨みました。


 現国王、つまりアリスミー殿下の御父上である陛下は、王位継承後、様々な改革に着手されています。
 その一つが、爵位にこだわり過ぎることなく、有用な人材を登用するということです。よって王立学園内では、爵位の上下に神経質にならなくて済んでいます。

 とはいえ、子爵の一息女が、王宮で陛下に謁見できるなど、滅多にないことです。
 私は緊張しながら、その場に足を踏み入れました。
 アルバスト先輩は公爵子息で、国王陛下の親戚筋ですから、飄々としてますけど。

 謁見の場には、一段高い中央に国王陛下と王妃様、そして両脇に、王子殿下たちが控えています。

 最高の礼を尽くし、私は陛下のお言葉を待ちました。

「苦しゅうない。皆、面を上げよ」

 少しの間をおいて、静々と顔を上げます。
 陛下は、アリスミー殿下を精悍にして、三十年後にしたようなお顔立ちでした。

「私が、シャギアス王国第八十七代の、国王でええええす!」

 一瞬、私は頭がクラクラして、気を失いそうになりました。
 殿下と陛下、やはり、血は争えないのですね。
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