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夏休みのドロート子爵領

夕暮れ時は一緒に

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 王都からドロート子爵領までは、馬車で朝出発すると、お昼頃に着くような距離があります。

 馬ならば、馬車の四分の一くらいの時間で着きます。

 アルバスト先輩は、ウルス様の領地であるプラウディ子爵領に行く予定です。
 そのつもりで出発したら、途中父とステアの乗る馬車を見かけ、先にドロートの方に来たのでした。

 先輩の馬は木の下で、草を食んでいます。

「さっきハイゼにも、これで水をやったんだ」

 ハイゼというのが、馬の名前のようです。

 あれ?
 馬にも水をやった……。
 私にも水をくれた……。

 私のファースト間接キスのお相手は、ハイゼだったの?
 ハイゼは大きな目をぱちくりしていました。


◇◇


 ドロート邸に戻り、アルバスト先輩は母に挨拶すると、すぐに馬に乗りました。
 ちなみに父とステアは、馬車に揺られて気分が悪いからと言って、休んでいるようです。

「西側の国境線あたりを調べてみたいんだ。何日かしたら、また寄らせてもらうよ」

「わかりました、お気をつけて」

 私はアルバスト先輩に、携帯食を渡しました。
 日持ちのする堅いクッキーと、果実の砂糖漬けです。
 そして、馬のハイゼにも、当領地で一番最初に刈り取った牧草を渡します。

 ハイゼはやっぱり、目をぱちくりとしていました。

「うふふ。美丈夫ですこと。公爵の若い頃に、よく似ているわね」

 一緒に見送った母が、うっとりしています。
 頬を染めた母を横目に、お腹が空いた私は、食堂に入りました。

 ドロートの邸の使用人の人数は、少ないです。
 執事と侍女。この二人だけです。
 繁忙期になると、通いのお手伝いを頼んだりしますが。

 料理も、母と侍女が受け持っています。

 私が子どもの頃から仕えている、侍女のイザペラは卵料理が得意です。
 今日のお昼ご飯は、大きなオムレツです。
 執事のロジャーは小柄だけど端正な顔立ちをしています。
 頭髪が寂しいのが、ちょっと残念。

 父は嫌がりますが、イザペラもロジャーも食事は一緒です。

「でも、今日は旦那様の機嫌がよろしくないので、わたしたちは厨房でいただきますね」

 イザペラとロジャーはセッティングを終えると、厨房へ下がりました。
 母が椅子に座ると、父が食堂へやって来ました。

「ステアは?」

「今は食べたくないそうだ」

 まあ、想定範囲ですね。

 無言で食べる父が、ふと私の顔を見ています。
 何か文句でも、あるのでしょうか。

「フローナ。お前……」

 キタこれ。
 お小言だ!

「なんだか、キレ……イ。いや、大人っぽくなったな」

 はい?

「男が出来たからか? ふふふ……」

 答えようのない質問に、私も無言でオムレツを飲み込みます。

「王都の学園に通っているんですから、磨かれますわ」

 優雅な手つきでカップにお茶を注ぐ母を、父はまた、じっと見つめます。

「お前の手首、細いな……ペリノ」

 はあああっ!?

 母と私は見つめ合い、言葉を発することができませんでした。
 どうしたんでしょうか。ドロート子爵。
 王都で何か悪い物、食べてきたのですか、父上!

「それは、どうも……」

「今度、新しいブレスレットでも買いに行くか?」

 カチャーン!

 珍しく、母がスプーンを落としました。

「あ、あら、ごめんなさい」

 母は食器を片付けながら、テーブルを立ちました。

 不気味です。
 いっそ、お小言をくらう方がマシです。

 父は食事を終えると、妻と娘を驚愕させたことに気付くことなく、自分の部屋に戻りました。

「きっと、奥様とお嬢様の真の美しさに、ようやく気付いたんですよ」

 侍女のイザペラは笑います。
 執事のロジャーも、微笑みながら、銀のスプーンを磨いていました。


◇◇


 夕方になって、ようやくステアが起きてきました。

「汗かいたでしょ? 何か飲む?」

 母が尋ねると、ステアは首を横に振ります。

「搾りたての果実ジュースなら、飲めるかもよ」

 昼食後、私は種を蒔いた木箱の様子を見に行く傍ら、木に生っていた小ぶりな桃を、何個か取ってきました。

「うん、それなら」

 夕暮れ時の邸の庭は、橙色に染まっています。
 私は庭に出してある、小さな木のテーブルにステアを誘います。

「美味しい……」

 果実ジュースを飲んだステアの顔色が、薄っすらと朱色になりました。
 私はほっとします。

「小さい頃、ステアは桃が好きだったから」

 正確に言うと、ステアは熟した桃だけ好んでいたのです。

 私もジュースを飲み干します。

「うん。フローが果物とかお花をたくさん摘んできて、この木のテーブルに並べて、見せてくれたね」

 ああ、ステアも覚えていたんだ。
 お人形のようなステアに、お花をプレゼントしたいと、あの時私は思ったのです。
 二人の仲は、決して悪くなかったよね……。

 夏の夕暮れの風は、私とステアを包むように吹いていました。
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