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学園生活
それでも夏はやってくる
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途中から、考えることを放棄した私の頭が、通常運行に戻ったのは、生徒会室を出た後でした。
テストが終わったら、再度みんなで集まって、夏季休業中に手分けしてやることを決める。
確か、パリトワ様がそう言ってましたっけ。
寮に帰るため階段を降りて行くと、踊り場に不審な人影が窺えます。
私の胃がきゅっとなります。
その人は顔を上げて、私に厳しい視線を投げてきます。
「俺言ったよね。生徒会の仕事、断るようにって」
そうです。そこにいたのはウルス様。
「まったくテストが始まるっていうのに、ステアはまだ体調が悪いんだ。学校に来られないのは、誰のせいなんだよ!」
「それって、婚約者さんのせいじゃないっすかぁ」
えっ?
振り返ると、ゆっくりと降りてくる男子がいました。
先ほどまで生徒会室で一緒にいた、中等部二年のメジオンさんです。
「な、なんだと! 不敬な! お前、中等部生じゃないか」
「ステアはクラスでよく愚痴ってますよ。婚約者の令息が、ウザイって」
ウルス様の顔色が、はっきりと変わります。
「お前、ステアに言い寄って、口説いているんだろう。だからそんな」
「ハッ! まさか。俺はいくらお綺麗でも、頭が空っぽな女なんぞ、興味ないっすね」
「なんだと! お前、もう一度言ってみろ!」
ウルス様は階段を昇り始めます。
一触即発。胃がきりきりします。
その時でした。
「あれ? ウルス? どうしたの一体」
生徒会室から出てきた、アルバスト先輩の声がしました。
ウルス様は舌打ちすると、怒りの表情を隠さないまま、私の方を向きます。
「見損なったよ、フロー。俺の忠告を無視するどころか、こんな下世話な奴らと一緒にいるなんて。ステアに悪い影響が出ないよう、おじさんに言っとくからな!」
言葉を吐き捨て、ウルス様は階下へ走り去りました。
おじさん、つまり、私の父に言いつけるつもりなのですね。
脱力です。
ああ、座りこみたい。
それでも、メジオンさんが介入してくれて、良かったです。
「あの、メジオンさん、ありがとうございました」
「メジオンで良いよ。あんたの知り合い?」
「ええ、幼馴染で、従姉の婚約者です」
「あ、そっか。ステア嬢のエラい頭の良いイトコって、あんただったのか」
「え、ええ、まあ」
エラい頭が良いかどうかは別にして、イトコであるのは間違いないです。
見た目が華やかなステアと、似ていないけれど。
「ふうん。あんたのトコ、やっぱり美人家系なんだね」
「!!」
言われたことがないセリフに、顔が熱くなりました。
メジオンはリップサービスがお上手です。
さすが、お商売を続けているお家のご子息です。
濃い茶色の髪を上げると、利発そうな灰色の瞳が、くるくる動いています。
メジオンのお家は、準男爵家だそうです。
メジオンのお祖父さまが財をなし、爵位を買ったとか。
爵位って、買えるものなのですね。
私はメジオンにも、簡単にウルス様から突きつけられたクレームを伝えました。
「まあ、ステアはクラスの女子から距離置かれているし、年中さっきの婚約者殿が張り付いているし、学校来ても楽しくないんじゃない? 当然、あんたには、なーんも責任ないよ」
「そうだったのですか。てっきり婚約者のウルス様と、ラブラブの生活かと……」
「ラブラブって、言い方古っ!」
ゲラゲラ笑うメジオンは、ふと真顔になります。
「なんかさあ」
「はい?」
「なんか、アイツに絡まれたら、すぐ二年生の教室に来なよ」
「はい、ありがとうございます」
私は頭を下げました。
少しだけ、気が晴れました。
後ろから来たアルバスト先輩が「よっ! お疲れさん」と言って、走っていきました。
テスト期間は何事もなく、終わると成績上位者は校内で掲示されます。
さすが。
高等部一年から三年まで、成績上位者は須らく、生徒会役員の人たちでした。
中等部二年のメジオンは、数学と交易地理がトップ。
中等部の一年は、私がなんとか総合一位でした。
成績が掲示された廊下で、私はウルス様に体をぶつけられ、転びそうになりました。
周囲の女子が囁きます。
「何あれ、感じ悪う」
「高等部の問題生徒だよね」
「大丈夫?」
声をかけてきたのは、高等部一年のヴィラさんでした。
「ええ、はい」
「ウルスってば、サイテー。ああ、でもあなたの成績が良いから、不貞腐れているのね」
どうやらヴィラさんも、ウルス様とステアと私の関係をご存じのようです。
そう言えばヴィラさんも、数学と物理学が学年でトップでしたね。
ぱっと見で、数値が読み取れる方ですもの。
「何かあったら高等部に駆けこんでね。私もアルもウルスのこと知ってるから」
「はい!」
きっちり編んだ三つ編みのゴムが、オレンジ色のヴィラさんは、数字クイーンというより、優しいお姉さんでした。
「今日、また生徒会室で打ち合わせあるけど、出るよね」
「はい! 必ず行きます」
◇◇
窓が全開になった生徒会室のど真ん中に、鮮やかな金髪の男性が立っていました。全身に後光が射したような男子生徒です。
「初めましての人が多いかな」
「ダイジョブ。君の顔はみんな知ってるから」
金髪男子の隣にいるパリトワ様が、犬を追い払うような仕草をします。
「でも、ちょこっと挨拶してよい?」
「短めに、な」
ええ、挨拶などなくとも、私ですら、金髪の男子生徒様は存じております。
だって。
我が国の第一王子、アリスミー殿下ですから。
テストが終わったら、再度みんなで集まって、夏季休業中に手分けしてやることを決める。
確か、パリトワ様がそう言ってましたっけ。
寮に帰るため階段を降りて行くと、踊り場に不審な人影が窺えます。
私の胃がきゅっとなります。
その人は顔を上げて、私に厳しい視線を投げてきます。
「俺言ったよね。生徒会の仕事、断るようにって」
そうです。そこにいたのはウルス様。
「まったくテストが始まるっていうのに、ステアはまだ体調が悪いんだ。学校に来られないのは、誰のせいなんだよ!」
「それって、婚約者さんのせいじゃないっすかぁ」
えっ?
振り返ると、ゆっくりと降りてくる男子がいました。
先ほどまで生徒会室で一緒にいた、中等部二年のメジオンさんです。
「な、なんだと! 不敬な! お前、中等部生じゃないか」
「ステアはクラスでよく愚痴ってますよ。婚約者の令息が、ウザイって」
ウルス様の顔色が、はっきりと変わります。
「お前、ステアに言い寄って、口説いているんだろう。だからそんな」
「ハッ! まさか。俺はいくらお綺麗でも、頭が空っぽな女なんぞ、興味ないっすね」
「なんだと! お前、もう一度言ってみろ!」
ウルス様は階段を昇り始めます。
一触即発。胃がきりきりします。
その時でした。
「あれ? ウルス? どうしたの一体」
生徒会室から出てきた、アルバスト先輩の声がしました。
ウルス様は舌打ちすると、怒りの表情を隠さないまま、私の方を向きます。
「見損なったよ、フロー。俺の忠告を無視するどころか、こんな下世話な奴らと一緒にいるなんて。ステアに悪い影響が出ないよう、おじさんに言っとくからな!」
言葉を吐き捨て、ウルス様は階下へ走り去りました。
おじさん、つまり、私の父に言いつけるつもりなのですね。
脱力です。
ああ、座りこみたい。
それでも、メジオンさんが介入してくれて、良かったです。
「あの、メジオンさん、ありがとうございました」
「メジオンで良いよ。あんたの知り合い?」
「ええ、幼馴染で、従姉の婚約者です」
「あ、そっか。ステア嬢のエラい頭の良いイトコって、あんただったのか」
「え、ええ、まあ」
エラい頭が良いかどうかは別にして、イトコであるのは間違いないです。
見た目が華やかなステアと、似ていないけれど。
「ふうん。あんたのトコ、やっぱり美人家系なんだね」
「!!」
言われたことがないセリフに、顔が熱くなりました。
メジオンはリップサービスがお上手です。
さすが、お商売を続けているお家のご子息です。
濃い茶色の髪を上げると、利発そうな灰色の瞳が、くるくる動いています。
メジオンのお家は、準男爵家だそうです。
メジオンのお祖父さまが財をなし、爵位を買ったとか。
爵位って、買えるものなのですね。
私はメジオンにも、簡単にウルス様から突きつけられたクレームを伝えました。
「まあ、ステアはクラスの女子から距離置かれているし、年中さっきの婚約者殿が張り付いているし、学校来ても楽しくないんじゃない? 当然、あんたには、なーんも責任ないよ」
「そうだったのですか。てっきり婚約者のウルス様と、ラブラブの生活かと……」
「ラブラブって、言い方古っ!」
ゲラゲラ笑うメジオンは、ふと真顔になります。
「なんかさあ」
「はい?」
「なんか、アイツに絡まれたら、すぐ二年生の教室に来なよ」
「はい、ありがとうございます」
私は頭を下げました。
少しだけ、気が晴れました。
後ろから来たアルバスト先輩が「よっ! お疲れさん」と言って、走っていきました。
テスト期間は何事もなく、終わると成績上位者は校内で掲示されます。
さすが。
高等部一年から三年まで、成績上位者は須らく、生徒会役員の人たちでした。
中等部二年のメジオンは、数学と交易地理がトップ。
中等部の一年は、私がなんとか総合一位でした。
成績が掲示された廊下で、私はウルス様に体をぶつけられ、転びそうになりました。
周囲の女子が囁きます。
「何あれ、感じ悪う」
「高等部の問題生徒だよね」
「大丈夫?」
声をかけてきたのは、高等部一年のヴィラさんでした。
「ええ、はい」
「ウルスってば、サイテー。ああ、でもあなたの成績が良いから、不貞腐れているのね」
どうやらヴィラさんも、ウルス様とステアと私の関係をご存じのようです。
そう言えばヴィラさんも、数学と物理学が学年でトップでしたね。
ぱっと見で、数値が読み取れる方ですもの。
「何かあったら高等部に駆けこんでね。私もアルもウルスのこと知ってるから」
「はい!」
きっちり編んだ三つ編みのゴムが、オレンジ色のヴィラさんは、数字クイーンというより、優しいお姉さんでした。
「今日、また生徒会室で打ち合わせあるけど、出るよね」
「はい! 必ず行きます」
◇◇
窓が全開になった生徒会室のど真ん中に、鮮やかな金髪の男性が立っていました。全身に後光が射したような男子生徒です。
「初めましての人が多いかな」
「ダイジョブ。君の顔はみんな知ってるから」
金髪男子の隣にいるパリトワ様が、犬を追い払うような仕草をします。
「でも、ちょこっと挨拶してよい?」
「短めに、な」
ええ、挨拶などなくとも、私ですら、金髪の男子生徒様は存じております。
だって。
我が国の第一王子、アリスミー殿下ですから。
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