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25 懐かしい匂い

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    ヴィスコンティが俺のもとを去って1ヶ月が過ぎた。
    しばらくは、イグドールが俺の補助とかいって側にいてくれたのだが、イグドールも他の残された魔王たちの動向を探るために自分のダンジョンへと帰ってしまった。
    俺は、仕事に没頭していた。
   眠る間もなく、俺は、働いた。
   眠れば、ミハイルが出てくる。
   だから、俺は、できるだけ眠るのを避けていた。
   朝から深夜まで、ずっと俺は、執務室兼研究室にこもっていた。
   そんな俺を心配して侑真が来てくれた。
   「お前、ちゃんと休んでるのか?」
   侑真が俺にきく。
   「少し、働きすぎだ。みんな、心配してるぞ」
    「平気だよ。疲れをとるためのポーションも開発したし」
   俺は、ポーションの入った瓶を見せた。侑真は、呆れたような顔をした。
    「どこの社畜だよ?」
     侑真は、俺を抱き寄せると問答無用でソファに連れていき、横にならせて、膝枕をしてくれた。
    「少し、寝ろよ。俺がついていてやるから」
   「・・うん」
    俺は、大人しく目を閉じた。
   侑真のおかげか、ミハイルは、夢に出てこなかった。
   でも、その代わりにヴィスコンティが現れた。
   俺が『魔王の杜』ダンジョンから出ていくようにと告げたときのヴィスコンティの夢。
   ヴィスコンティは、表情を変えることも、俺に何か言葉を投げることもなく、去っていった。
    俺は、それが余計に辛かった。
   罵られた方が、まだ、よかった。
   俺が目覚めると、侑真が俺の頬を指で拭っていた。
   「えっ?」
    「お前、泣いてたぞ」
    侑真が俺の涙を拭いながら言った。
    「もう無理するの、止めろよ、ハジメ」
     「無理なんて」
     俺は、起き上がって侑真に微笑みかけようとしたけど、ダメだった。
   なぜか、涙が出てきて。
   「あれ?なんで、俺・・」
    俺は、泣きながら、笑おうとしていた。
   「こんなの、ヘン・・」
    「ハジメ」
     侑真が俺を胸に抱き寄せた。
   「もう、見てられない」
    「ええっ?」
     侑真は、俺にキスしてきた。
    「んぅっ!」
     俺は、最初、拒もうとしていたけど、だんだん、力が抜けて、侑真の肩にしがみついてしまっていた。
    侑真は、俺の口中を舌で掻き乱し、貪った。気がつくと、俺たちは、息を乱して、お互いを求めあって舌を絡めていた。
    「あっ・・」
    侑真は、俺から唇を離すと、俺をぎゅと抱き締めて囁いた。
   「ハジメ・・ヴィスコンティのことなんて、もう、忘れろよ。俺が奴なら、何があっても、お前のこと離したりしない」
    「侑真・・」
     「ヴィスコンティがいなくなったと思ったら、もう、他の男に身を任せようとしているのか?ハジメ」
    はっと、俺は、顔をあげて侑真の背後にいるものを見た。
   そこには、ミハイルの姿があった。
   ミハイルは、冷たく凍えるような微笑みを浮かべて俺を見ていた。
   「本当に、お前という奴は、男なら誰でもいいのか?ハジメ」
   俺は、侑真から身を離した。
   「ハジメ?」
    侑真が俺を見つめた。俺は、侑真から顔をそむけると言った。
   「一人に、して」
   俺がそう言うと、侑真は、何か言いたそうな様子だったが、黙って部屋から出ていった。
   「お前は、私だけを愛すると誓った。約束を破るな、ハジメ」
   ミハイルが俺の耳元で囁いた。
   「さもなければ」
   「わかってるよ!」
    俺は、ミハイルにというより、自分に向かって呟いた。
    「わかってる、ミハイル」
    俺は、目を閉じた。
   俺は、もう、誰も愛せない。

   俺は、新製品である美容用品の店の開店準備で忙しくしていた。
   その店では、シャンプーやリンス、それに肌にいいクリームやら化粧水などを扱う予定にしている。
   この世界には、化粧品らしきものはあるにはあったが、あまり種類は多くなかった。
   俺は、これらのものをビザークのアイドルグループ『ビスマルク』のメンバーに試しに使ってみてもらっていた。
    メンバーの子達は、みんなきれいな女の子たちばかりだったけど、ちょっと手入れすることでより美しさに磨きがかかる。   
    彼女らの宣伝のおかげで、美容製品は、発売前から注目の的だった。
   俺は、この店の開店準備と同時に、魔力で動く電車のようなものを造る計画を進めていた。
   これで、ウィスクール王国とアルカトラ王国を繋ぐつもりだ。
   この計画のために、俺は、ウィスクール王国の王都でアルフレド王とアルカトラ王国からの使者と会議をすることになっていた。
   俺は、ダンジョンの地下に造られた王都と『魔王の杜』ダンジョンとを繋ぐゲートを使って王都へと移動した。
   今回、俺と同行するのは、ヴィスコンティの代わりに最近俺の身の回りのことをしてくれている猫の獣人の少年、ククルだけだった。
    ポーション屋の地下に造った王都側のゲートに到着すると、ククルは、俺たちを出迎えてくれているポーション屋の店長である姉のルミに抱きついた。
    「姉さん!」
    「ククル」
     2人が抱き合っているのを、俺は、微笑ましく眺めていた。
   ルミは、『ビスマルク』の一員でもあった。
   2人は、孤児で『魔王の杜』のダンジョンに流れ着いてきたところをビザークの目にとまってスカウトされたのだ。
   「ハジメ」
    ん?
   俺は、ルミの後ろにいる人物に気づいて、はっと顔をあげた。
    それは、騎士団の制服を身に付けたヴィスコンティだった。
      なんで?
   俺の疑問は、すぐに解消された。
   「王が宰相であるインダラーク伯爵にあなたの饗応役を申し付けられたので、父の代理で、私がお迎えに参りました」
   「そうなんだ?」
    俺は、平静を装って答えた。
   「せっかくだけど、宿は、もう決めてるし、気を使わなくっても」
   「王の命に背くことはできません」
    ヴィスコンティは、俺に歩み寄ると、俺を抱き上げた。
   「拒まれるというのであれば、無理矢理にでもお連れします」
   「ええっ?」
    俺は、手足をばたつかせて騒いだ。
   「おろして!ヴィスコンティ!おろせってば!」
   「今の私の主は、ウィスクール王国国王です。あなたの命令はきくことができません」
   俺は、ヴィスコンティに抱かれて店を出ると、インダラーク伯爵家の馬車に乗せられて屋敷へと連れていかれた。
    ククルは、ヴィスコンティの手配したもう一台の馬車に乗ってくることになっていたので、今、俺たちは、密室に2人きりだった。
   すごく、気まずい雰囲気だ。
   俺たちは、無言で馬車に揺られていた。
   「あの」
    「あなたは、また無理をしているのではないですか?ハジメ」
    ヴィスコンティが口を開いた。
   「まったく、酷い顔色ですよ」
    「そんな、こと」
    俺が否定しようとすると、ヴィスコンティが怒ったように言った。
   「いくら魔王でも無理ばかりしてると体がもちませんよ、ハジメ」
   「余計なお世話、だ」
    俺は、すげなく言った。すると、ヴィスコンティが言い返した。
   「余計なことじゃありません。あなたの肉体は、私の兄のものでもあるんですから」
    俺の胸がずきん、と痛む。
   ルファスの体を心配してたのか。
  俺のことじゃ、ないんだ。
   ヴィスコンティは、溜め息をついて、俺の手をとると、腕に腕輪をはめた。
   「これは、あなたの体を守ってくれる魔法の編み込まれた腕輪です。大切にしてください」
    「えっ?」
    俺は、ヴィスコンティにはめられた腕輪を見た。
     黄金に青い大きな魔石が嵌め込まれた美しい細工の腕輪だった。
   「こんなもの、貰うわけには」
    俺が腕輪を外そうとすると、ヴィスコンティが言った。
   「これは、私ではなく父からの贈り物です。ぜひ、受け取ってやってください」
   はい?
   俺は、少し悩んだが、受けとることにした。
   しかし。
  俺は、ちょっとだけ苦笑していた。
  インダラーク伯爵にまで、健康の心配をされてたなんて。
   俺って、そんなに線が細いのかな。
   馬車が屋敷に到着すると、俺たちは、インダラーク伯爵夫妻に迎えられた。
   「ハジメ、久しぶりね」
    伯爵婦人でありヴィスコンティとルファスの母であるラミアさんが暖かい笑顔を浮かべて俺を抱き締めた。
   「ラミアさん」
    「元気だったかね?ハジメ」
     インダラーク伯爵も優しい目をして俺を見つめていた。
   この2人は、いつだって俺に親切にしてくれる。
   それは、俺がルファスの体を持っているからというだけではない感じだった。
   あの日。
   雨の中、ヴィスコンティとの別れを決意していた俺を優しく抱き締めてくれた。
    この2人は、まるで、この異世界において俺の父と母のような存在だった。
   「すみませんが、しばらくお世話になります」
   俺がぺこりと頭を下げると、2人は、頷いた。
   「ああ」
    「ハジメ、あなたさえよければ、いつでも歓迎するわ」
    「ありがとうございます」
     俺は、ヴィスコンティに案内されてインダラーク伯爵邸の客間へと通された。  
    うん。
   なんか、客間としては、地味な感じだよね。
   立派なアンティークの家具が置かれていて、落ち着いた感じのするいい部屋だった。
   でも、なんか、客間って感じじゃないよね?
   なんか。
   すごく生活の匂いがする。
   ヴィスコンティがにっこり微笑んだ。
   「ゆっくり休んでください、ハジメ」
   「ありがとう」
    ヴィスコンティが去ると、俺は、ベッドに腰かけて溜め息をついた。
   なんで、また、こんなことに。
   俺は、ベッドに横たわった。
   あれ?
   なんだろう。
  なんだか。
   懐かしい匂いがする。
   俺は、いつの間にか、眠りに落ちていた。
 
   
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