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22 忘れられない名前なんです。

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   俺は、美術室にいた。
   先生と一緒に。
   先生。
   もう、名前も忘れてしまったけれど、この思いだけは、覚えている。
   「・・カワ・・細川・・」
    先生が心配そうな顔をして俺を覗き込んでいる。
   「まだ、お前には、やるべきことが残っているんじゃないか?」
   俺のやるべきこと?
   ああ。
  そんなことより、先生、俺、なんか、すごく眠いんだ。
   俺が眠りに落ちようとしたときに、先生の面影が急に、茶髪に青い目のチャラそうな兄ちゃんに変わった。
   「しっかりしてください、細川  ユウさん」
   兄ちゃんは、俺を揺り起こしながら言った。
   「あなたは、まだまだ、死ぬことはありませんよ」
   「えっ?」
   俺は、顔をあげて兄ちゃんの方を見た。
   「マジで?」
    「そうです。あなたの魔導書としての本生は、始まったばかりなのです」
    兄ちゃんが言ったから、俺は、溜め息をついた。
   「もう、十分過ぎるような気もするんだけど」
    「何、いってるんですか。あなたを皆、必要としてるんですよ、ほら」
    兄ちゃんが耳に手をあてて言った。
   「あの声がきこえませんか?」
   遠くから誰かの声が確かに、きこえた。
   誰だ?
   俺は、声が聞こえる方へと耳をすませた。
   うん。
   誰かが泣いてる?
   なんだか、とっても悲しそうに。
   誰?
   俺は、声のきこえる方へと近寄っていった。
   すると。
   不意に、黒い大きな穴が足元へ開いて、俺は、落っこちそうになって飛び退いた。
   ヤバいところだった。
   俺は、ふぅっと息をついた。
   あんな底も見えない様な深淵へと落ちたりしたら、取り返しがつかないことになるところだ。
   俺がほっとしていると、背後から誰かが俺を穴へと突き落とした。
   「ぎぃやあぁぁあぁ!」
    俺は、落ちていきながらも上を向いて手を伸ばしていた。
   小さくなっていく穴からは、あの兄ちゃんの顔が覗いていた。
   兄ちゃんは、にっこりと笑って言った。
   「よい旅を」

      はっと気づいたとき、俺は、俺自身の腕の中に抱かれていた。
   いや、違う。
  俺は、本の姿に戻っていた。
   本になった俺を守ろうとするかのように抱き締めていたのは、もう一人の俺。
   『Rー15』だった。
   俺は、『Rー15』のいる薄暗い部屋の中を眺めた。
   なんだか、牢屋のような穴蔵の中に、ベッドがひとつだけ置かれていて、その上に俺を抱いた『Rー15』が座っていた。
   「気がついたの?」
   『Rー15』は、俺に話しかけてきた。俺は、『Rー15』のことを見つめていた。
   相変わらず、悪趣味な首輪をはめられている。
   何?
   俺は、『Rー15』にきいた。
   あんた、何で、首輪なんかしてんの?
   「えっ?僕、わからないよ。僕は、生まれたときから、こんな風だったから」
   生まれたときって?
   俺の問いに、『Rー15』は、答えた。
  「レイブンが」
  奴は、言った。
  「レイブンが僕に触れたとき、僕は、生まれたんだ」
   レイブン?
   俺は、嫌悪感を隠すことができなかった。
  あの最低男のことか?
「レイブンは、最低男なんかじゃないよ!」
   『Rー15』は、ムッとした様子で言った。
   「レイブンは・・本当は、優しくって、いい人なんだよ」
   優しくって、いい人が、
  俺は、言った。
  あんたを犬かなんかみたいに扱ってるわけだ。
      「そんなこと」
    『Rー15』は、俺を離すと、ベッドの隅へと置き、ぷぃっと横を向いた。
   「僕は、レイブンがいたから、こうして生まれてこれたんだ。レイブンを悪く言うなら、もう、知らない」
   マジか。
  俺は、人化しようとした。けども、できなかった。
   「無理だよ。魔力を打ち消す魔石が編み込まれた紐で本を縛ってあるから」
   ええっ?
   俺は、きいた。
  ほどいてくれないかな?
   「ダメだよ。レイブンに叱られちゃう」
   レイブンが俺を縛ってるのか?
   『Rー15』は、頷いた。
   「うん。たぶん、レイブンは、あんたのことも自分の魔導書にしようと思ってるんだと思う」
   それは、お断りしたい。
  俺は、言った。
  俺の持ち主は、俺が決める。
  「そうなの?」
   『Rー15』がくすっと笑った。
   「なんか、あんたのことが羨ましいような気がする」
   なんで?
  俺は、行って、はっと気づいた。
  そういや、あんた、名前、何て言うんだっけ?
  「名前?」
   『Rー15』は、小首を傾げた。
   「僕には、名前なんてないよ。あんたは、あるの?」
   あるに決まってるだろうが!
   俺は、言った。
   俺の名は、ユウ。細川  ユウ、だよ。
  「ユウ・・いい名前だね」
   『Rー15』が寂しげに呟いた。
  「僕にも名前があればいいのにな」
   名前、欲しいのか?
  俺がきくと『Rー15』は、頷いた。
  なら、俺がつけてやるよ。
   「ほんとに?」
   ああ。
   俺が言うと、『Rー15』が満面の微笑みを浮かべた。
   かわいいな。
  俺は、思いつつ、言った。
   コウ。コウイチロウ。
   俺は、思い付いた名をいったつもりだったけど、それを言った後で、はっと気づいた。
   これは。
  あの人の。
  俺が前世で恋した人の名前だった。
   俺、まだ、先生のこと、忘れられないんだ。
   俺がそう思ったとき、『Rー15』が言った。
   「コウ。いい名前だね。あんたの大切な人の名前、僕が貰っていいのかな」
   いいよ。
  俺は、言った。
   そのかわり、大事にしてくれよ。
     「もちろん、だよ」
   『Rー15』いや、コウがにっこりと微笑んだ。
   「ありがとう、ユウ」
    ところで、ここは、どこなんだ?
  俺がきくと、コウは、答えた。
   「クスナット教国の城の僕の部屋だよ」
  マジかよ。
  俺は、ちっと舌打ちした。
   俺、もしかして捕まっちゃったの?
   でも。
   俺は、思った。
   こいつが、守ってくれてたのか?
   俺は、コウと、コウが自分の部屋だといった場所をもう一度、見回した。
   うん。
   家畜小屋かと思った、とか言いかけて俺は、ぐっと言葉を飲み込んだ。
   ずいぶんとシンプルな部屋だな。
   「そうかなぁ」
   コウが言った。俺は、溜め息をついた。
   窓もないなんて。
   「仕方ないよ。僕なんて、お情けで置いてもらってるようなものなんだから。本当は、僕なんて、殺されても仕方ない不浄な存在なのに、この国の主教様である国王ユージィン様は、僕みたいな化け物にでも優しくしてくださるんだ」
   優しく、ねぇ。
   俺は、なんだかむしょうに腹が立ってきていた。
   もう一人の『Rー15』、つまり、俺の兄弟にこんなおかしな理屈をさも当然と言う様に教え込んでいる連中皆、地獄に堕ちればいい。
   その時、ガタン、と音がして、ドアが開いた。
  びくっとドアの方へコウが顔を向けると、そこには、レイブンともう一人、太った醜い、茶髪の中年男が立っていた。
     誰だ?
  俺がきいても、コウは、答えなかった。
  ただ、うつ向いて震えているだけだった。
  なんだ?
  俺は、部屋へと入ってくる中年男のことをじっくりと観察した。
   男は、手に鞭を持っていた。
  「ネシウス公国をまだ落とせてないのは、なぜかな?」
   中年男がきくと、コウは、うつ向いたまま、うわ言みたいに繰り返した。
   「ごめんなさい、ごめんなさい。僕が悪いんです。僕が、『Rー15』のこと押さえきれなかったから。レイブンは、悪くありません。僕が悪いんです」
    「これは、こう言っているが、本当か?レイブン」
   中年男が問うと、レイブンは、一瞬、言葉に詰まったが、じきに、頷いた。
   「そうです。陛下」
    「なるほど。悪い子には、お仕置きが必要だな?レイブン」
   「はい、陛下」
    レイブンが頷くと、中年男は、ベッドへと歩み寄り、コウに言った。
   「さあ、お仕置きの時間だ」
   
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