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19 もう一人の『R』

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    俺とロイドとティルは、転移ゲートで離宮へと戻った。
   今回の襲撃で怪我をしたのは、ロザ一人だけだった。
   他の使用人たちは、皆、気がつかなかったと口を揃えていた。
   俺は、ロザの怪我を治癒の魔法で治すと、食堂で人払いをして、ロイドたちと話していた。
    「たぶん、今回の事件の裏には、リリア妃がいるとみて間違いないでしょう」
    ロイドが言った。
  「あなたがロキシス殿下の妃になることを阻むために」
   「なんで?誰が妃になっても王妃の望むところではない筈だろう?」
    俺が問うと、ロイドが答えた。
   「あなたの背後には、アストラル王国がついているからです。あなたが妃になることが、一番、リリア妃にとって面白くない結果になる」
    「それにしても、なんで、リリア妃とルイスが手を組んでいたわけ?」
    「それは、僕が説明するよ」
    ティルが言った。
   「僕は、兄ちゃんのサーバントたちとルイスの足跡を辿ってたんだよ。でも、なかなか何にもつかめなかったんだけどね。それで、ダメもとでルイス・ガーゴリウスの親類縁者を探してみたんだ。そしたら、リリア妃の腹違いの妹がガーゴリウス男爵の前妻だってことがわかったんだ。それで、リリア妃のことを探ってたら、ルイスと特徴の似た使用人がリリア妃の生家に入ったことがわかった。それで、僕は、そいつのことを見張ってたんだ。そしたら、兄ちゃんが拐われて来たって訳」
    マジか。
   俺は、あのときの恐怖を思い出してぶるっと体を震わせた。
   俺の記憶。
   俺の大切なもの、全て、奪われるところだった。
   「ルイスは?どうなったんだ?」
    「奴は、ディエントスとアルカイドが捕らえて、アストラル王国へ連れ帰ったよ。もう、逃げられないから大丈夫」
    ティルは、にこっと笑った。
   「もう、あと少しでロキシス皇太子も王様になるし、そうなれば、リリア妃も王宮を追われてめでたしめでたし、だね」
   「そうは、いかない」
    ロイドが言った。
  「ユウレスカ様、あなたには、ロキシス皇太子のお気持ちに応える義務がある。そうではないですか?」
      「それは・・」
   俺は、口ごもった。
    「俺は、もともと1ヶ月だけの婚約者だったし・・」
   「そんなこと関係ない。ロキシス殿下は、お前のことを恋している」
   「気持ちはうれしいけど、俺は、その、本当は、男だし・・それに・・」
   「言い訳は、ききたくない」
    ロイドは、ぎろりと俺を睨み付けた。
   「皇子が傷つくようなことがあれば、例え、お前であっても許しはしない」
    「でも、俺は、愛する人がいるんだ」
    「それは、本当?」
    ええっ?
   俺たちは、一斉にドアの方を見た。
   ロキシス皇子がそこにいた。
  「殿下!」
   ロイドが立ち上がる。が、ロキシスは、すでに俺たちに背を向けて駆け出していた。
   「速く!追いかけて、ユウ兄ちゃん!」
   俺は、ロキシスの後を追って懸命に走った。
   でも、ヒールの高い靴だと追い付けない。
   俺は、ドレスをめくり上げ、靴を脱ぎ捨てて走った。
   離宮を囲む森を抜けて、ローザの花の茂みを掻き分け、俺たちは、走り続けた。
   蒼い花の咲くあの湖の畔の辺りまで走って、ようやく、ロキシスに追い付いた俺は、彼の腕を掴んでつかまえた。俺たちは、絡み合いながら花の中へと倒れ込んだ。
   蒼い花の花弁が舞い散る。
   空が。
   空が、青かった。
   俺たちは、重なりあうように倒れたまま、荒い呼吸を繰り返した。
   やがて、呼吸が落ち着いてきた頃、ロキシスが言った。
   「わかってたんだ」
    「えっ?」
    「ユウレスカには、俺以外に好きな人がいることは、わかっていた。ただ」
   ロキシスがくぐもった声で言った。
   「母上の絵姿に、お前は、似ていたから」
   ロキシスは、囁いた。
   「ここは、父上が唯一、語ってくれた母上との思い出の場所だった。父上は、言ったんだ。『お前の母は、ここが好きだった』って」
    「そうだったのか」
    俺たちは、しばらく花の中に横たえていた。
   お互いの手を繋ぎあって。

   それから10日ほどが過ぎて、ロキシス皇太子は、無事にネシウス公国の王位についた。
    ロキシス王の意向により、彼の妃の座は、当分空いたままとなった。
   「いずれ、その時がくれば、妃を娶る」
   それが、ロキシス王の言葉だった。
    俺は、クリスにロイドの存在を伝えた。
   クリスは、すでにルイスの口から『R』シリーズについて詳しく聞き出していた。
   「皇子の守護に『R』がついているなら、大丈夫だな」
   そういうことで、俺は、お役御免となった。
   俺がロザとネシウス公国から去る日、ロキシス王が見送ってくれた。
    王は、言った。
   「もし、気持ちが変われば、いつでも戻ってくるがいい、ユウレスカよ」
   だけど。
   王は、決して、言わなかった。
   お前を待っているとは。
   俺は、ロキシス王にも大切な、本当に大切な人が現れることを祈っている。
   ただ。
   彼が幸せであることを。
   祈っている。

   いろいろあったが、俺は、アストラル王国のクーナの山城へと帰ってきた。
   城の入り口で待ち構えていたアークに抱き締められた。
   「おかえり、ユウ」
   俺は、アークの香りを胸一杯に吸い込んで、彼を抱き返した。
   「ただいま」
   ここが、俺の家だ。
   帰るべき場所だった。
   「おかえり、ユウ。ご苦労だったね」
    クリスが笑顔で言った。
   「ずいぶん、怖い目にあったんだって?すまなかったね」
   「平気だよ」
    俺は、答えた。
   「それより、ルイスは?」
    「彼は・・」
    クリスは、俺にルイスが今、アストラル公国の王城の地下にある牢獄に繋がれていることを教えてくれた。
   「彼の口から『R』シリーズについて語られた」
    ルイスは、語ったのだという。
  『R』シリーズは、『R』、『Rー7』、『Rー12』、『Rー15』からなるのだという。
   そのうち、現在、存在が確認されているものは、『Rー12』と『Rー15』である。
   『R』と『Rー7』は、300年前の大戦で行方不明だとルイスは、言った。
   「もっとも、『Rー7』は、ネシウス公国において発見されたのだが、ルイスには、それを伝えてはいない」
    クリスは俺に言った。
   「ということは、これで、『R』以外の『R』シリーズは、全て、発見されたわけだ」
   「『Rー7』は、ネシウス公国、『Rー12』は、ラクロイト王国に。そして、『Rー15』は、アストラル王国にあるというわけだ」
    アークが言った。
   「偶然にも、三国同盟の国の中で『R』が見つかったことは、僥倖というか、なんというか」
   「だが、クスナット教国がこのことを知れば、ややこしいことになるだろう」
   クリスが溜め息をついた。
   「このことは、三国の国家的秘密だな」
    「しかし、『Rー7』の存在は、まだ、ネシウス公国にも知られてはいないのでは」
    アークが言うと、クリスが唸った。
   「『Rー7』自身の望みで秘密のままにしているんだ。それに、知らなければ情報が漏れることもない」
   「ところで、あの蒼い魔石の件だが」
    ディエントスが口をはさんだ。
   「どうやら、あれは、魔族の力を封じる力を持つ石のようだ」
   「マジで?」
    俺は、ディエントスを振り向いてきいた。
   「俺って、魔族なの?」
       「そこらへんは、『R』の作者であるガラムに聞かないとなんともいえないが」
   クリスが当惑の表情を浮かべた。
   「ガラムの居場所は、エドラン、ルイスにもわからない。もちろん、『Rー12』ティルにもわからないらしい。彼らは、移動には、いつも転移ゲートを使用していたらしいし。ただ」
    クリスが付け足した。
   「とても、この世とは思えない場所、つまり、異世界のように思えたということだ」
   「異世界?」
   俺の脳裏に、前世で暮らしていた世界が浮かんでいた。
   まさか、ね。
   ガラムが、俺がいた世界の住人だなんてことは、ないよね。
   
    それから、しばらくの間は、何事もなく平和な日常が続いていた。
   エドラン、ルイスを捕らえたことで、魔族と人間が手を繋いで生きていける世界へと近づいている様に思えた。
   だけど。
  春。
  ルキスの月、最初の満月の頃、アストラル王国では、春の祭りが行われる。
   その頃、クリスのもとにネシウス公国の宰相ゲオルグ・ロンガーからの親書が届いたのだ。
   「クスナット教国がネシウス公国へ侵攻した」
   クリスが重々しく口を開いた。
   「戦争、だ」
    俺たち、皆に緊張が走った。
   「クリスは・・アストラル王国は、どうするんだ?」
   俺は、クリスにきいた。クリスは、答えた。
   「我々は、ネシウス公国の同盟国だ。当然、友軍として駆けつけるつもりだが、父王は、クスナット教国を恐れている」
    「確かに、クスナット教国は、大国だが、ネシウス公国には、『Rー7』がいるんじゃないのか?」
    アークが問いかけると、クリスは、言った。
   「ところが、『Rー7』ロイドがやぶられたんだ」
   マジで?
   俺は、きいた。
  「なんで・・いったい誰に?」
   「それは、わからない。だが、敵は、ロイドにこう言ったそうだ」
   クリスの言葉に、俺たちは、衝撃を受けた。
   「自分は、『Rー15』だと」
   
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