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1 引き込もっていたら、強制的に目覚めさせられちゃいました。

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    深く、暗い闇があった。
   俺は、その闇の中で眠り続けていた。
   ああ。
    俺は、うとうとと微睡みながら思っていた。
   久しぶりにあの頃の夢を見たな。
    俺が、この世界に転生する前の夢。
   俺は、当時、憧れていた人に告白してふられた。
   泣きながら歩いているところを歩道に突っ込んできた車にひかれてしまい、俺は、死んだ。
   まったく、踏んだり蹴ったりだな。
   俺は、あの時、俺をふった人のことを思い出そうとした。
   うん。
   もう、靄がかかったかのようにぼんやりとしか思い出せない。
    確か、高校の美術の先生だったよな。
   学校の先生に恋しちゃうなんて、俺って、ありがちな人間だったんだな。
    俺は、美術部の部長をやってたんだ。
    あれは、ある放課後のこと。
    卒業を目前にしていた俺。
   美大への進学が迫っていた俺に、先生は、言ったんだ。
   「がんばったな、細川。約束通り、なんでも1つだけ願い事を叶えてやる」
   だから、俺は、最後に先生に絵のモデルになってもらうことにした。
   もち、ヌードだ。
   先生は、困った顔をして俺に言った。
   「じゃあ、上だけな」
   先生の体は、引き締まっていて腹筋は、4つに割れていた。
   俺は、先生がけっこう見た目を気にしていて、ジムで体を鍛えていることを知っていた。
    先生。
   小柄で、小動物みたいに可愛かった先生。
   今でも、元気にしているんだろうか。
    俺は、先生の体をデッサンしながら、舐めるようにその肉体を見つめていた。
    恥じらいに染まった頬。
   あくまでも控えめな胸の突起は、ピンク色で少し尖ってきていた。
    ああ。
   先生に触れたい。
    俺は、体の中心が熱く滾ってくるのがわかった。
       でも、先生は、俺の体の変化に気づいてすぐに体を隠すと、慰めるように優しく俺に言った。
   「今日は、ここまで、な」
   「でも」
    俺は、もう、次がないことを知っていた。
   「まだ、描き終わってない」
    「だめ、だ。細川」
    「先生」
     俺は、先生を抱き締めた。
    「俺、先生のことが、好き、なんです」
    「だめだ、細川。止めなさい」
     先生は、固い声で言った。
   「俺は、お前の気持ちに応えられない」
     「なんで?」
     俺がきくと、先生は、答えたんだ。
    「俺が男で、お前も、男だからだ、細川」
    そう。
   俺は、生前、ゲイだった。
   子供の頃から、好きになるのは決まって、同性だった。
   こんな自分が変だと思って、中学の時は、女の子と付き合ってみたりした。
    けど、だめだった。
   俺が性的興奮を得ることができる相手は、男だけだった。
   そのことにはっきりと気づいてしまってからは、俺は、恋することを諦めた。
   一生、誰のことも好きになんてならない。
   俺は、だんだん、絵に没頭していった。
   クラスでは、常に、存在感のない幽霊のような生徒だった俺だが、キャンバスに向かうと豹変した。
    絵筆を持った途端に、俺は、自由に、能弁になった。
    俺は、いつしか、周囲から天才と呼ばれるようになっていた。
   ただ、俺は、人物を描くことはなかった。
   なぜなら、それは、不可能だったから。
   俺が描きたいものは、俺が愛するものだ。
   それは、誰にも知られてはいけないことだった。
       「細川は、なんで、人物を描かないの?」
    そうきいてきたのは、美術部の顧問だった先生だった。
   先生は、美術の教師で、たまに生徒と間違えられることもあるような童顔の小柄な人だった。
    俺は、いつも、先生を見ていたんだ。
   なのに。
   人は、毎日見ているものが欲しくなる。
    俺は、最後の最後に賭けに出た。
   先生に告白をした俺は、玉砕した。
   その日の帰り道、俺は、事故にあい、死んだ。
    そして。
    何かわからんがふざけた言いがかりで、俺は、転生した。
    俺は、最初、自我を持たない何かぼんやりとしたものだった。
   徐々に本が出来上がっていくにつれ、俺は、俺になっていった。そして、あの男の手で製本された時、すべての記憶を取り戻した俺は、あの兄ちゃんの言った通り、一冊の本に転生していた。
   俺には、名がなかった。
   俺を創った男は、俺に名を与えはしなかった。
   ただ、そいつは、俺に言ったんだ。
   「お前は、世界を滅ぼすために創られた道具だ」
   その言葉の通りに、俺は、その男の命のもとに、世界を滅ぼすために力を尽くした。
   たくさんの人が、生き物が死んでいった。
   俺は、こんなことはしたくはなかった。
   だが、俺には、持ち主であり、創造者である魔導師に逆らうことはできなかった。
    俺は、多くの魂の悲鳴に堪えられず、心を閉ざした。
      そして、数十年が過ぎた。
   俺の地獄は、終るときがきた。
   勇者が現れ、俺の持ち主である魔導師が倒されたのだ。
   ああ。
    俺は、すごくほっとしたことを覚えている。
   これで、もう、誰も殺さなくてもいい。
   俺は、勇者の手で燃やされて、この世界から消える筈だった。
   だが、それを俺の持ち主である魔導師は許さなかった。
   「呪われたものよ。お前を手に入れるものは、この世界を手に入れることだろう」
    魔術師は、高らかにいい放った。
   「いつか、その時がくるまでこの地に眠るがいい」
    こうして、俺は、この地に創られた迷宮の中心に封じられ眠りについた。
    それから、何十年、何百年の時が過ぎたのか。
   俺は、長い長い時間を闇の中で眠り続けていた。
   その間、俺の封印を解く者は、いなかった。
   俺は、もう2度と、人を殺したり傷つけたりしたくはなかった。
   だから、もう、このまま目覚めることなく生涯を終われるのなら、それでかまわなかった。
   俺は、夢の中に、過去の中に浸り、眠り続けた。
   もう、自分が何者だったのかすらも忘れようとしていた。
   それも、いい。
   俺は、眠りながらにっこりと笑った。
   もう、この安寧の中から出たくはなかった。
   このまま、過去の中に。
   終わってしまった恋の中でいつまでも眠り続けたい。
   俺は、いつしか、考えることをやめて、ただの無になっていた。

   「こっちだ。ここに何かある。来てくれ、アーク」
   誰かの声と気配に、俺は、眠りを覚まされた。
   なんだ?
   「ああ。封印の魔法がかかっているな、退いてろ、クリス」
    ぐりん、と俺の頭の中がねじ曲げられるのを感じて、俺は、悲鳴をあげた。
   酷い痛みだった。
   まるで、張り付いた筋肉を無理矢理剥がされるような痛み。
   俺は、乱暴に眠りから覚まされた。
   このアークとかいう術者。
   俺は、心の中で叫んでいた。
   この、ヘタクソが!
   ギュインと空間が歪み、俺は、今まで眠っていた場所から引っ張り出されて、冷たい床の上に放り出された。
    苦しい。
    俺は、呼吸ができずに咳き込んだ。
   寒い。
    冷たい外気にさらされて、裸の体に鳥肌がたった。
   えっ?
   俺は、はっと気づいて自分自身を見た。
   素っ裸だった。
   一糸纏わず。
   ええっ?
   俺は、本だった筈じゃねぇの?
   なんで?
   俺、人間になってんの?
   「こ・・これは・・」
    若い黒髪の男が俺に触れようとしたのを、その隣にいた金髪の男が止めた。
   「待て、アーク。こんなところに封じられていたもの、だ。危険かもしれない。触れてはいけない!」
    「しかし、こんな、怯えている子供を放っておくわけには」
    俺は、アークと呼ばれたその黒髪の男を見上げた。
   長い黒髪を背でまとめている焦げ茶色のローブを纏った背の高い精悍な男だった。意思の強そうな男っぽい、だが、整った顔をしたその男は、自分の着ていたローブを脱いで俺の体にかけた。
   「大丈夫、か?」
    「うっ・・」
     俺は、言葉がでなかった。
   随分と久しぶりに人の姿になったのだから、無理もなかった。
   アークは、俺の肩を抱いて、俺を覗き込んだ。
   「口がきけないのか?」
    「うぁっ・・ぐっ・・」
     俺は、すごく気分が悪くって、頭痛がしていて、眉をひそめていた。荒い呼吸をしている俺に、アークは、心配そうにきいた。
    「具合が悪いのか?」
   「あ・・んた、の・・」
    俺は、言葉を絞り出した。
   「あんた、の、術が、乱暴だったか、ら、目が、回ったんだ、よ」
    「何?」
    アークが俺を信じられないものを見るような目で見つめているのを睨み付けると、俺は、叫んだ。
   「あんたのせいだ、よ!この、ヘタクソ、が!」
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