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4 シング・シング・シング
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高田くんは、やっぱり優しい。
少し、ヘンだけど、いい子だ。
僕は、高田くんがハーフだということを知らなかった。
皆、きっと、知らなくて、それで、高田くんのこと、誤解してるところがある。
あの外見は、不良だからじゃなかった。
彼が、ハーフだってこと、いわれたら、何だか、納得してしまった。
だって、高田くんは、すごくきれいだから。
きっと。
高田くんは、孤独なんだ。
彼は、友達がほしくて、僕に、あんなことをしているのに違いない。
そのうち、学校に馴染んで、友達が何人かできれば、僕のことなんて忘れてしまうだろう。
それまで。
僕は、高田くんに付き合ってあげるべきなんだろう。
だって、僕は、高田くんの先生なんだから。
その日も、高田くんから、いつもの、ラインがきていた。
『放課後、音楽室で、待ってろ』
何だろう。
僕は、ため息をつく。
この上から目線は、やっぱり、お坊っちゃまだからかな。
そう思って、僕は、くすっと笑ってしまった。
その時。
「雪」
その声に、僕は、びくっ、と、体を強ばらせる。
振り向かなくても、わかった。
長井先輩だった。
僕は、何も言えずに、ただ、その場で立ち止まっていた。
長井先輩の手が、僕の方に触れた。
「雪、あの時は、すまなかった」
長井先輩は、僕の耳元で囁いた。
「だけど、昔から、お前も、俺の気持ちを知ってた筈だろ」
長井先輩とは、高校のときからの付き合いだった。
僕は、正直、勉強ができて、かっこいい長井先輩に憧れていた。
あんなふうになれたらな、って思っていたんだ。
僕は、あの頃、孤独だった。
学校でも、家でも、居場所がなくて。
隣町にあったジャズバーだけが、僕に居場所をくれた。
そこは、僕の兄さんの友達の店だった。
僕は、中学3年の冬に兄さんにつれられて、初めて、その店に行った。
そこで、ジャズに出会った。
僕は、もともとピアノをやっていたんだけど、その頃は、受験のために、少し、ピアノから離れていた。
でも。
僕は、ジャズを知って、再び、ピアノに向き合うようになった。
それに。
店のオーナーで、兄さんの友達の小島さんにも、夢中になった。
僕は、兄さんとは、10才も年が離れている。
そのせいか、僕のまわりは、物心ついた時から、大人ばかりだった。
だからかな。
僕は、いつも、一人ぼっちだった。
家は、その地方では、老舗の旅館だったこともあって、余計に、僕は、孤独の中に生きていた。
それは、両親も、わかってくれてた。
僕の両親は、僕にピアノを与えてくれた。
それからは、ピアノだけが、僕の友達だった。
悲しいときも、嬉しいときも、僕は、ピアノと一緒だった。
あのとき。
中学2年生の時、ピアノの先生に言われるまでは。
先生は、言った。
「君は、手が小さすぎる。ピアノには、むいていない」
確かに、僕は、小柄で、手もそんなに、大きくは、なかった。
すごく、僕は、ショックを受けて、先生のところに行くのが嫌になった。
ちょうど、高校受験の頃だったこともあって、僕は、ピアノから距離をとるようになってた。
兄さんが、友達の小島さんの店に僕を連れていってくれたのは、そんな頃のことだった。
小島さんは、僕より、10才年上で、サックスの名プレーヤーだった。
僕は、小島さんに導かれて、ジャズにのめり込んでいった。
それと同時に、小島さんにも、ひかれていった。
僕は、それを、ただの憧れにすぎないと信じていた。
だけど、それは、違っていたんだ。
小島さんへの思いが、ただの憧れなんかでないということを思い知らされたのは、高校1年の夏のことだった。
その夏、長井先輩が転校してきた。
2才年上の長井先輩は、僕にとっては、あまり興味のない人だった。
ただ、女子たちが、騒いでるのが耳に入ってくるぐらいだった。
なのに。
ある日突然、長井先輩は、小島さんの店に現れて言ったんだ。
「ドラマー、募集してるって、張り紙みたんだけど」
長井先輩と小島さんの演奏は、素晴らしかった。
僕は、二人のセッションをきいて、思わず、長井先輩に嫉妬していた。
僕は、長井先輩になりたかった。
彼は、僕にないものを全部持っている人だった。
僕は、小島さんに恋して、二人の後を追いかけて、ピアノを弾いていた。
僕は、もっともっと、うまくなりたかった。
そうすれば、小島さんが、僕を見てくれると信じていた。
長井先輩を見るように。
春には、長井先輩は、大学に入学して、町を出ていった。
時々、帰ってきたときに、小島さんとセッションしていた長井先輩。
二人のセッションは、すごかった。
燃え上がる炎のように、二人は、絡み合い、お互いをリスペクトしあっているのが僕にも、伝わったきた。
僕も、あの中に入りたいと、思った。
僕は、もっとうまくなりたいと思った。
だから、僕は、音楽を続けることを選んだ。
僕が、音大に進学したとき、小島さんは、言った。
「すごいな、雪は」
だけど。
僕は、気づいてしまった。
僕は、技術がいくら向上しても、上には、いけないってことに。
僕には、あの二人のようには歌えない。
僕の中には、音楽は、流れていなかったんだ。
僕は、長井先輩が苦手だった。
僕と違って、魂に音楽を持っている、長井先輩が嫌いだった。
僕と違って、小島さんと魂で語り合える長井先輩のことを僕は、憎んでいた。
僕は、段々、彼を避けるようになった。
今の学校で再会したのは、偶然だった。
長井先輩が数学の教師になっていることは、きいていたけれど、まさか、こんなところで出会うとは思っていなかった。
そして。
あの事件があった。
僕は、それから、長井先輩を避けていた。
高田くんのこともあった。
高田くんは、僕と長井先輩が接触することをとにかく、嫌がっていた。
僕は、高田くんを刺激したくは、なかった。
「雪、俺の方を見てくれ、頼む」
長井先輩に言われて、僕は、顔をあげた。
長井先輩と目があった。
長井先輩は、僕に、言った。
「今夜、ここで、待ってる」
彼は、僕に一枚のカードを渡した。
そこには、この辺で有名なジャズバーの名前があった。
僕は、断ろうとしたけど、もう、そのときには、長井先輩の姿は、なかった。
長井先輩は、今でも、ドラムを続けているんだろうか。
もしそうなら。
彼は、小島さんと、今も、会ってるのかな。
僕が、そんなことを、考えていたときだった。
「何、ぼぉっとしてんだ?」
高田くんが、音楽室へと入ってきた。
僕は、慌てて、カードを隠した。
「別に」
「見せろよ」
高田くんは、僕が隠したカードを取り上げて見ると、言った。
「ジャズ、か。そういや、雪先生は、俺と初めてあったときも、そんな曲を弾いてたよな」
「そうだったかな」
僕が言うと、高田くんが言った。
「確か、『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』だった」
「よく、覚えてえるな」
僕が感心して言うと、高田くんが、椅子に座って言った。
「久しぶりに、ききたいな。雪先生のピアノ」
「いいよ」
僕は、頷いた。
「何がいい?」
「何でも」
「じゃあ」
僕は、ピアノの前に座ってから、言った。
「君なら、この曲とか、どうかな」
僕は、シング・シング・シングを演奏した。
高田くんは、僕の演奏を静かにきいていた。
曲が終わってから、彼は、僕にきいた。
「これは、誰の曲なの?」
「この曲は」
僕は、言った。
「スウィングの王様と呼ばれたベニー・グッドマンの曲だよ」
「ベニー・グッドマンは」
小島さんは、昔、僕に言った。
「あの人種差別のひどい時代に、白人と黒人の区別なくバンドにプレイヤーを入れていた」
「自分の音楽に忠実だった人の歌、だ」
「へぇ」
高田くんがきいた。
「なんで、俺なら、その曲なんだ?」
「だって、君は」
ある意味、自分に忠実な人だから。
僕は、いいかけて、やめた。
「君は、ジャズのことをあまり知らないから。この曲は、初心者でも、わかりやすいからね」
「そうなんだ」
高田くんは、言った。
「もう一度、弾いてくれよ。もしかしたら、好きになれるかもしれないから」
「いいよ」
僕は、もう一度、同じ曲を演奏した。
少し、ヘンだけど、いい子だ。
僕は、高田くんがハーフだということを知らなかった。
皆、きっと、知らなくて、それで、高田くんのこと、誤解してるところがある。
あの外見は、不良だからじゃなかった。
彼が、ハーフだってこと、いわれたら、何だか、納得してしまった。
だって、高田くんは、すごくきれいだから。
きっと。
高田くんは、孤独なんだ。
彼は、友達がほしくて、僕に、あんなことをしているのに違いない。
そのうち、学校に馴染んで、友達が何人かできれば、僕のことなんて忘れてしまうだろう。
それまで。
僕は、高田くんに付き合ってあげるべきなんだろう。
だって、僕は、高田くんの先生なんだから。
その日も、高田くんから、いつもの、ラインがきていた。
『放課後、音楽室で、待ってろ』
何だろう。
僕は、ため息をつく。
この上から目線は、やっぱり、お坊っちゃまだからかな。
そう思って、僕は、くすっと笑ってしまった。
その時。
「雪」
その声に、僕は、びくっ、と、体を強ばらせる。
振り向かなくても、わかった。
長井先輩だった。
僕は、何も言えずに、ただ、その場で立ち止まっていた。
長井先輩の手が、僕の方に触れた。
「雪、あの時は、すまなかった」
長井先輩は、僕の耳元で囁いた。
「だけど、昔から、お前も、俺の気持ちを知ってた筈だろ」
長井先輩とは、高校のときからの付き合いだった。
僕は、正直、勉強ができて、かっこいい長井先輩に憧れていた。
あんなふうになれたらな、って思っていたんだ。
僕は、あの頃、孤独だった。
学校でも、家でも、居場所がなくて。
隣町にあったジャズバーだけが、僕に居場所をくれた。
そこは、僕の兄さんの友達の店だった。
僕は、中学3年の冬に兄さんにつれられて、初めて、その店に行った。
そこで、ジャズに出会った。
僕は、もともとピアノをやっていたんだけど、その頃は、受験のために、少し、ピアノから離れていた。
でも。
僕は、ジャズを知って、再び、ピアノに向き合うようになった。
それに。
店のオーナーで、兄さんの友達の小島さんにも、夢中になった。
僕は、兄さんとは、10才も年が離れている。
そのせいか、僕のまわりは、物心ついた時から、大人ばかりだった。
だからかな。
僕は、いつも、一人ぼっちだった。
家は、その地方では、老舗の旅館だったこともあって、余計に、僕は、孤独の中に生きていた。
それは、両親も、わかってくれてた。
僕の両親は、僕にピアノを与えてくれた。
それからは、ピアノだけが、僕の友達だった。
悲しいときも、嬉しいときも、僕は、ピアノと一緒だった。
あのとき。
中学2年生の時、ピアノの先生に言われるまでは。
先生は、言った。
「君は、手が小さすぎる。ピアノには、むいていない」
確かに、僕は、小柄で、手もそんなに、大きくは、なかった。
すごく、僕は、ショックを受けて、先生のところに行くのが嫌になった。
ちょうど、高校受験の頃だったこともあって、僕は、ピアノから距離をとるようになってた。
兄さんが、友達の小島さんの店に僕を連れていってくれたのは、そんな頃のことだった。
小島さんは、僕より、10才年上で、サックスの名プレーヤーだった。
僕は、小島さんに導かれて、ジャズにのめり込んでいった。
それと同時に、小島さんにも、ひかれていった。
僕は、それを、ただの憧れにすぎないと信じていた。
だけど、それは、違っていたんだ。
小島さんへの思いが、ただの憧れなんかでないということを思い知らされたのは、高校1年の夏のことだった。
その夏、長井先輩が転校してきた。
2才年上の長井先輩は、僕にとっては、あまり興味のない人だった。
ただ、女子たちが、騒いでるのが耳に入ってくるぐらいだった。
なのに。
ある日突然、長井先輩は、小島さんの店に現れて言ったんだ。
「ドラマー、募集してるって、張り紙みたんだけど」
長井先輩と小島さんの演奏は、素晴らしかった。
僕は、二人のセッションをきいて、思わず、長井先輩に嫉妬していた。
僕は、長井先輩になりたかった。
彼は、僕にないものを全部持っている人だった。
僕は、小島さんに恋して、二人の後を追いかけて、ピアノを弾いていた。
僕は、もっともっと、うまくなりたかった。
そうすれば、小島さんが、僕を見てくれると信じていた。
長井先輩を見るように。
春には、長井先輩は、大学に入学して、町を出ていった。
時々、帰ってきたときに、小島さんとセッションしていた長井先輩。
二人のセッションは、すごかった。
燃え上がる炎のように、二人は、絡み合い、お互いをリスペクトしあっているのが僕にも、伝わったきた。
僕も、あの中に入りたいと、思った。
僕は、もっとうまくなりたいと思った。
だから、僕は、音楽を続けることを選んだ。
僕が、音大に進学したとき、小島さんは、言った。
「すごいな、雪は」
だけど。
僕は、気づいてしまった。
僕は、技術がいくら向上しても、上には、いけないってことに。
僕には、あの二人のようには歌えない。
僕の中には、音楽は、流れていなかったんだ。
僕は、長井先輩が苦手だった。
僕と違って、魂に音楽を持っている、長井先輩が嫌いだった。
僕と違って、小島さんと魂で語り合える長井先輩のことを僕は、憎んでいた。
僕は、段々、彼を避けるようになった。
今の学校で再会したのは、偶然だった。
長井先輩が数学の教師になっていることは、きいていたけれど、まさか、こんなところで出会うとは思っていなかった。
そして。
あの事件があった。
僕は、それから、長井先輩を避けていた。
高田くんのこともあった。
高田くんは、僕と長井先輩が接触することをとにかく、嫌がっていた。
僕は、高田くんを刺激したくは、なかった。
「雪、俺の方を見てくれ、頼む」
長井先輩に言われて、僕は、顔をあげた。
長井先輩と目があった。
長井先輩は、僕に、言った。
「今夜、ここで、待ってる」
彼は、僕に一枚のカードを渡した。
そこには、この辺で有名なジャズバーの名前があった。
僕は、断ろうとしたけど、もう、そのときには、長井先輩の姿は、なかった。
長井先輩は、今でも、ドラムを続けているんだろうか。
もしそうなら。
彼は、小島さんと、今も、会ってるのかな。
僕が、そんなことを、考えていたときだった。
「何、ぼぉっとしてんだ?」
高田くんが、音楽室へと入ってきた。
僕は、慌てて、カードを隠した。
「別に」
「見せろよ」
高田くんは、僕が隠したカードを取り上げて見ると、言った。
「ジャズ、か。そういや、雪先生は、俺と初めてあったときも、そんな曲を弾いてたよな」
「そうだったかな」
僕が言うと、高田くんが言った。
「確か、『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』だった」
「よく、覚えてえるな」
僕が感心して言うと、高田くんが、椅子に座って言った。
「久しぶりに、ききたいな。雪先生のピアノ」
「いいよ」
僕は、頷いた。
「何がいい?」
「何でも」
「じゃあ」
僕は、ピアノの前に座ってから、言った。
「君なら、この曲とか、どうかな」
僕は、シング・シング・シングを演奏した。
高田くんは、僕の演奏を静かにきいていた。
曲が終わってから、彼は、僕にきいた。
「これは、誰の曲なの?」
「この曲は」
僕は、言った。
「スウィングの王様と呼ばれたベニー・グッドマンの曲だよ」
「ベニー・グッドマンは」
小島さんは、昔、僕に言った。
「あの人種差別のひどい時代に、白人と黒人の区別なくバンドにプレイヤーを入れていた」
「自分の音楽に忠実だった人の歌、だ」
「へぇ」
高田くんがきいた。
「なんで、俺なら、その曲なんだ?」
「だって、君は」
ある意味、自分に忠実な人だから。
僕は、いいかけて、やめた。
「君は、ジャズのことをあまり知らないから。この曲は、初心者でも、わかりやすいからね」
「そうなんだ」
高田くんは、言った。
「もう一度、弾いてくれよ。もしかしたら、好きになれるかもしれないから」
「いいよ」
僕は、もう一度、同じ曲を演奏した。
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