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92.いたいけな乙女に酷い仕打ち

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「出会って5年程して、あの者が私を主として自らの体に誓約紋を入れました。
初めは私も使い捨ての駒の1つ。
あの者も仮で身を寄せる場所程度の認識でした。
しかしあの者を拾ったのが、陛下が即位した後に続いた不安定な情勢の頃です。
陛下の、いえ、陛下夫妻の預かり知らない所で、暗殺や謀反の芽を摘み取るのに尽力する内、情が出たのでしょう。
探していた家族をどこかで諦めたのもあったのでしょうが」
「しかしそれならば、私に伝えても……」

 陛下が不服そうに口を挟みました。
皇貴妃は申し訳無さげに目を伏せましたが、それとなく気づいたのでしょうか?

 はっ、杏仁豆腐!
コン爺、そろそろ食後の菓子ですね!
胡麻団子も食べたいです!

 そっと置いて奥に消えようとしたうちの料理長兼料理人に指で丸を作って意思表示すれば、頷いてくれました。

 そんな私を何やら生温かい目で見つめる3人。

 陛下は不服そうな顔をどこに仕舞いこんだのでしょう?

「誰にもその存在を知られぬ者は、どうしても必要だったのです。
それに全てを表沙汰にすれば、回るものも回らなくなって国内情勢を悪くします。
ただでさえ、先の皇帝の即位には血が流れ、即位後は圧政を敷いていましたから」
「父と繋がっているというのは、私が原因ですね?」

 気を取り直したように再び話を始めた丞相に、皇貴妃が確信を持った顔で尋ねました。

「ええ。
あの方は娘である貴女の身を1番に案じてらっしゃいます。
エン大尉の後宮介入を受け入れたのも、全ては娘の為。
年々、皇貴妃暗殺を目論む者が増えておりましたから」

 そうですね。
フー家秘伝の百年茶を欲したのも、娘の為だったように思います。
お問い合わせが来たのは、もう何年も前。
確か皇貴妃のお母様が亡くなられた頃でしたか。
以来後妻を迎える事なく、仕事にまい進されたようです。

 あのお茶の強力な解毒作用は、所謂いわゆる、眉唾です。
事実関係は私や両親とその周辺の数名しか知りませんし、ただ淹れただけでは効果も半減します。
もちろん先祖伝来ってやつですし、争いの種になりかねませんから、口外しませんよ。

 彼はこの帝国の司空です。
政敵との駆け引きはもちろん、仄暗い何かしらにも、その役職並みに手を染めているとは思います。
全くの汚れなき為政者などこの帝国には存在しませんし、いてもそのような方は表に出る前に食われて消えるでしょう。

 しかしそれと、良き父である事は別のよう。

「そしてほどなくして、大尉にあの者を捕らえさせ、隷属の紋を刻ませるように仕向けました」
「どうやって……」
「ウー家と縁戚関係にある司空に仲介してもらい、大尉に隷属の紋の実験と称して刻ませました」
「しかしそれこそ大尉がそうする理由が……」
「絶対に裏切らない奴隷を欲しているのです」
「それは……つまり……」
「大尉はこの帝国の掌握を目論んでいます」
「掌握……謀反の準備ではないのか?」

 陛下は苦々しそうに、皇貴妃食い入るように、丞相を見やります。

「今は大義がありませんが、あの時、貴妃や嬪を受け入れていなければ、大義が生まれたかもしれませんね」
「……私の……せいか……」
「そして、お2人が純愛を貫き、陛下がこの先も他の貴妃や嬪に渡りをせず、世継ぎを作れないままにいれば、いずれは大義が生まれるでしょう」

 とうとう、夫婦共にうつむいてしまいました。

 丞相は私の入宮に際し、時間稼ぎと餌だと仰いました。

 恐らく大尉を念頭に入れつつ、籍を入れたフォン家も含めて朝廷の膿を出し切りたいのでしょう。

 新たな貴妃の入ったこの宮に陛下を向かわせれば、事実関係はともかく周りは勝手に勘違いして動きます。
それが貴妃の初夜ならば尚の事。

 私の入宮が決まっても水仙宮を放置していたのは、陛下が牡丹宮に向かう時、廃宮だったここを近道と称して突っ切ると知っていたから。

 そして貴妃の初夜は必ず妻である皇貴妃を気遣いに行くと踏んでの事。

 後ろ盾の大きな皇貴妃よりも、朝廷の重鎮に縁故のない、後ろ盾も無いに等しい私を狙わせ、しかし法律上は妻となる貴妃に手を出させれば、最悪でも朝廷から追い出せます。

 私の身の安全はそれこそ、朝廷に縁故が無いのですから、最悪亡き者となっても良しと思っていたはず。

 もちろんこれには司空も、場合によってはウー家も賛同した事でしょう。
いたいけな乙女に酷い仕打ちです。
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