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478.聖女の特徴を残した記録〜ジルコミアside
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「止めろ。
王女の顔を見てみろ」
ああ、何だ。
私の女王は微笑まれていたのか。
何とも可愛らしい微笑みだ。
苛立ちが治まり、柄の上にある手を退ける。
傲慢な者達の陳腐なやり取りだが、それが私の女王には反って新鮮に見えたのか。
お気に召したようなら、それでも……。
「悪趣味なことだ」
「……」
吐き捨てるように呟き、嫌悪の表情を浮かべるベルヌの声に、はたとなる。
咎めようと口を開いたものの、頭のどこかでお前もそう感じているだろうと囁かれたような気がして、結局口を閉じた。
最近は、ずっとこうだ。
私は自らが主だと認めた女王を心から崇めているのに、どこかからそれを否定するかのような本能の声が囁く。
何故……私はこんなにも女王を敬愛しているというのに。
「ふふ、興味深いけれど、2人共そこまでにしてちょうだい」
暫し傲慢な者達の醜い応酬を満喫していた女王は、微笑みを崩さぬまま、確実にベルヌの呟きを耳にしただろうに、咎める素振りは見せずに言葉を続ける。
「ねえ、マーガレット。
貴女との付き合いも随分と長くなったと思わない?」
「え、ええ。
そうよ、長い付き合いだからこそ、今すぐここから出してちょうだい。
ここはザルハード国なの。
貴女が誰であれ、国の王が認めた側妃を害するべきではないわ」
朗らかながら、どことなく圧を感じさせる女王の口調に、最初こそ気後れしたようなマーガレットだったが、すぐにいつもの様子に戻って言葉を返す。
己の立場もわきまえず、釘を刺したつもりか?
再び剣の柄に手をやりたくなる。
「そうね。
あなたがつまらない夢を見ず、身の程知らずでなければ放っておいたの。
でも魅了の魔具を新調しろとか、若返らせろなんてふざけた事を言い出すのだもの」
しかし女王はマーガレットの失礼な言動を当然のように気にしない。
むしろ楽しそうに笑みを深める様子に、再度思いとどまる。
「身の程知らずですって?」
眉間に皺を寄せてすごむマーガレットを咎めようと教皇が一歩前に出る。
けれどそれは女王が片手を上げて制した。
「確かに昔は世話になったわ。
けれど口だけ出してきた王女と違って、実行してきたのは私よ。
それに今の私には公然としたこの国での立場があるの。
言いなりにばかりならなくてもすむだけの。
身の程知らずはあなた達よ」
側妃がニヤリと笑う。
「私が城に戻らなければ、私を養子に迎えて後ろ盾となった公爵家が黙っていないんじゃないかしら。
せっかく侯爵から昇爵し、王室に入れたんだもの。
権力欲の強いあの家が、権力の象徴である私を手放すと思うの?」
「貴様……」
ギリリと歯噛みしながら憎々しげに呟く教皇とは裏腹に、女王は涼しい顔で告げた。
「それならもう解決済みよ」
「……は?」
マーガレットは言葉を理解できなかったようだ。
ポカンとした顔で間抜けな声を漏らす。
「可哀想で哀れで滑稽ね、マーガレット」
「どういう意味」
女王の口調に明らかな侮蔑が宿り、それに気づいたマーガレットは分が悪い事を察知したのか、低い声で女王を睨めつける。
教皇は感心したように女王を見やり、続いて嘲りを含んだようにニヤリと笑う。
「所詮は不相応な仮初の身分だったのよ」
「アンタ一体、何をしたの?!」
しかし身分にコンプレックスがあるのか、マーガレットはその単語に激しく反応した。
「本来の身分、年齢詐称をあなたの義父である公爵に教えてあげただけ。
もちろん信用してもらう為に、教会に保管してある聖女となった時の肖像画と体の特徴を記した物を見せた後、公爵を少しだけ若返らせてあげたわ。
権力とお金が満たされると、人は永遠の若さを求めるみたいね」
そういえばフェルメシア教会では、かつて聖女を偽証しようとした者が出たという。
確か貴重な魔眼の持ち主だったか?
以来、正式に聖女として就任した者は、極秘に肖像画と身体の特徴を記して教会本部に残すようになったとか。
真っ青になり、ブルブルと震え始めたマーガレットを見る限り、その話は本当だったようだ。
それにしても教皇が後退りし、青ざめた顔で女王を見やったのは何故だ?
※※後書き※※
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
別作品とはなりますが、昨日【稀代の悪女~】2巻が無事発売となりました。
コミカライズも決定しました。
カドカワBOOKS様が書籍紹介ページを充実させて下さったので、よろしければご覧下さい。
テレビCMも作っていただけて、感無量です(*^^*)
王女の顔を見てみろ」
ああ、何だ。
私の女王は微笑まれていたのか。
何とも可愛らしい微笑みだ。
苛立ちが治まり、柄の上にある手を退ける。
傲慢な者達の陳腐なやり取りだが、それが私の女王には反って新鮮に見えたのか。
お気に召したようなら、それでも……。
「悪趣味なことだ」
「……」
吐き捨てるように呟き、嫌悪の表情を浮かべるベルヌの声に、はたとなる。
咎めようと口を開いたものの、頭のどこかでお前もそう感じているだろうと囁かれたような気がして、結局口を閉じた。
最近は、ずっとこうだ。
私は自らが主だと認めた女王を心から崇めているのに、どこかからそれを否定するかのような本能の声が囁く。
何故……私はこんなにも女王を敬愛しているというのに。
「ふふ、興味深いけれど、2人共そこまでにしてちょうだい」
暫し傲慢な者達の醜い応酬を満喫していた女王は、微笑みを崩さぬまま、確実にベルヌの呟きを耳にしただろうに、咎める素振りは見せずに言葉を続ける。
「ねえ、マーガレット。
貴女との付き合いも随分と長くなったと思わない?」
「え、ええ。
そうよ、長い付き合いだからこそ、今すぐここから出してちょうだい。
ここはザルハード国なの。
貴女が誰であれ、国の王が認めた側妃を害するべきではないわ」
朗らかながら、どことなく圧を感じさせる女王の口調に、最初こそ気後れしたようなマーガレットだったが、すぐにいつもの様子に戻って言葉を返す。
己の立場もわきまえず、釘を刺したつもりか?
再び剣の柄に手をやりたくなる。
「そうね。
あなたがつまらない夢を見ず、身の程知らずでなければ放っておいたの。
でも魅了の魔具を新調しろとか、若返らせろなんてふざけた事を言い出すのだもの」
しかし女王はマーガレットの失礼な言動を当然のように気にしない。
むしろ楽しそうに笑みを深める様子に、再度思いとどまる。
「身の程知らずですって?」
眉間に皺を寄せてすごむマーガレットを咎めようと教皇が一歩前に出る。
けれどそれは女王が片手を上げて制した。
「確かに昔は世話になったわ。
けれど口だけ出してきた王女と違って、実行してきたのは私よ。
それに今の私には公然としたこの国での立場があるの。
言いなりにばかりならなくてもすむだけの。
身の程知らずはあなた達よ」
側妃がニヤリと笑う。
「私が城に戻らなければ、私を養子に迎えて後ろ盾となった公爵家が黙っていないんじゃないかしら。
せっかく侯爵から昇爵し、王室に入れたんだもの。
権力欲の強いあの家が、権力の象徴である私を手放すと思うの?」
「貴様……」
ギリリと歯噛みしながら憎々しげに呟く教皇とは裏腹に、女王は涼しい顔で告げた。
「それならもう解決済みよ」
「……は?」
マーガレットは言葉を理解できなかったようだ。
ポカンとした顔で間抜けな声を漏らす。
「可哀想で哀れで滑稽ね、マーガレット」
「どういう意味」
女王の口調に明らかな侮蔑が宿り、それに気づいたマーガレットは分が悪い事を察知したのか、低い声で女王を睨めつける。
教皇は感心したように女王を見やり、続いて嘲りを含んだようにニヤリと笑う。
「所詮は不相応な仮初の身分だったのよ」
「アンタ一体、何をしたの?!」
しかし身分にコンプレックスがあるのか、マーガレットはその単語に激しく反応した。
「本来の身分、年齢詐称をあなたの義父である公爵に教えてあげただけ。
もちろん信用してもらう為に、教会に保管してある聖女となった時の肖像画と体の特徴を記した物を見せた後、公爵を少しだけ若返らせてあげたわ。
権力とお金が満たされると、人は永遠の若さを求めるみたいね」
そういえばフェルメシア教会では、かつて聖女を偽証しようとした者が出たという。
確か貴重な魔眼の持ち主だったか?
以来、正式に聖女として就任した者は、極秘に肖像画と身体の特徴を記して教会本部に残すようになったとか。
真っ青になり、ブルブルと震え始めたマーガレットを見る限り、その話は本当だったようだ。
それにしても教皇が後退りし、青ざめた顔で女王を見やったのは何故だ?
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