上 下
456 / 491

455.流石に言わない〜レイヤードside

しおりを挟む
「ティキーは、どうなっ、た……」
「さあ?
君も見ての通り、人殺しって指さされて、倒れてしまってるからね」

 まったく、いい迷惑だし、逆恨みだ。

 そこでうつ伏せに転がってる狸は、何を思ったのか、人殺しと叫んで何かを僕に向かって投げつけようとした。

 それが突如倒れて、多分激痛に苛まれてる感じ?
白目をむいて、泡を噴いてるけど、何が起こったのかはさっぱりわからない。

 亡くなったばかりのコッヘル=ネルシスがこと切れた時から、視線を漂わせた後、天井をみていたから、聖女にしか見えない何かがあったのかもね。

 まあ、このポンコツ狸が聖女っていうのは、信じられないけど。

「……何故、レイヤード殿はコッへに何も施さないのか、教えてくれないか……頼む。
理由があるとは、思う」

 まだまともに使えない回復魔法を、王族故の魔力量と気力だけで発動させてたのには、少しだけ驚いた。

 効率悪すぎの、著しく魔力の燃費が悪い魔法として発動して、すぐに魔力が枯渇してその症状が出ても、諦めなかった。
それくらい、あの少年への想いは強かったんだろうね。

 恋だ愛だと浮ついて、物事の本質も自分の聖女としての姿勢もポンコツだった、そこの狸とは大違いだ。

「俺が、コッへが、そなたの妹に、何をした、のかも……だが、それなら俺に回復魔法は使うはずがない。
理由があるなら、教えて欲しい」
「ふむ……少しはマシになったね。
アリーのお陰かな」

 僕は今、僕の可愛いアリーに使ったフェネックっていう動物の、耳と尻尾を生やして、女性に見えるよう魔具に細工している。

 でもアリーには、見せない。
見せたら絶対触りたがるし、僕はやっぱりアリーがこの世で一番可愛いから、許して触らせてしまうと思う。
それってお仕置きにならないでしょう?

 後で知って、悔しがればいいんだ。

「……ああ……見た目は優しげで可愛らしいのに反して、過激だった」
「え、君死にたいの?」
「へっ、殺気?!
何故?!
貶してな、ゲホッ!
褒めている、ゲホッ!」

 慌てて取り繕うけど、殺気を当て続ければ、むせ始めた。
もしかして、こいつ、過呼吸になってない?

「ただ、今振り返れば、ずっと……見捨てられはしていなかったのだ、と、思う。
俺は……まだ自分で、何も、気づけない。
先ほどのティキーは……明らかに、そなたを攻撃しようと何かを投げようとした、ように、見、え……」
「落ち着きなよ。
君、やっぱり過呼吸を起こしてるね。
そのまま、それを口に当てて、なるべく吐く方に意識するんだ。
これ以上の面倒は見たくないからね」

 以前に過呼吸を起こして、人知れず苦しみながら堪えていたアリーを思い出す。

 そう言って、腰の収納魔鞄マジックバッグから皮の袋を取り出す。
中に入れていた魔石や小物何かを鞄に収納して、床に這いずった格好のままで話していた体を起こして壁に背を預けさせてから、皮袋を渡した。

 もちろん背中トントンもしないし、おまじないも言わない。

「コッヘル=ネルシスには、その狸と来る前に
会ったんだ。
彼の中には、何かが入りこんでた。
ああ、言っておくけど、僕にそれが何かはわからないよ。
ただ回復魔法や治癒魔法をある程度やりこんで、修練した人間になら、彼の中の何かに阻害されているのだけは、感じ取れたはずだ」

 つまり、恐らくそれがわかっていなかった狸は、聖女として本気で誰かに治癒を施した事がないという事。
あるいは、かなりの未熟者。

「だからそっち系の魔法をかけても、無駄に終わる。
かといってその何かがわからないから、それを取り除く事も、ましてやその方法も、わからなかった。
僕は今、潜伏中の身だからね。
長く調べてる時間は、そもそもない。
だけど仮にそれを優先したとしても、彼の残った体力的には、長くもたないと判断した。
無理にどうにかしようとしても、彼の苦しむ時間をいたずらに長引かせるだけだ。
それは君達が少し前に実証したから、わかるね?」

 僕の言葉に、王子の顔がくしゃりと歪んで、大粒の涙が溢れ始めた。

 皮袋を口に当ててるから、絵面がかなりいただけないな、とは、いくら僕でも流石に言わない。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...