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390.艶女の経験と王子の法整備

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「できればこの貴族向けリゾートホテルのオープンを、来年の王太子夫妻婚姻式に間に合わせようと思っているわ」

 静かに、けれど決意のこもった目をしてそう語るのはもちろんジェン様。

 これがお互い作務衣姿でリクライニングチェアにもたれながらじゃなければ、とても絵になるスーパーモデルのキリッとしたお顔に見えたかもしれない。

「けれど急いては事を仕損じると、東方の格言にもございましてよ?」

 これまた静かに現れたのは、レイチェル様。

 大量の汗をかきながら、僕を挟んでジェン様に対峙するようにリクライニングチェアに腰かける。

 気怠げにタオルで汗を拭うその仕草1つ1つが、どことなく艶っぽい。

 まあロウリュウからのアウフグースで初心者なのにそれなりの時間こもってたものね。

 体から湯気も出てるし、そりゃ気怠くもなるか。

 この場所は第2の温泉施設であるリゾートホテルの出来上がったばかりの一角なんだ。
アドバイザー権限で、今はお試し中だよ。

「わかっているわ。
もし間に合わないようなら、リゾートホテルのオープンに関しては延期もするつもりよ。
まずは温泉街の方の収益を安定させるのを優先させるのは当然だもの。
でも今はレイチェル様の指導が素晴らしいからでしょうね。
教わる従業員や生徒の質が上がっているの。
それを指導される側も感じているから、できれば間に合わせたいとやる気に満ちているのよ」

 以前に提案した養成所は既にできていて、人も入ってきているんだ。

 温泉街にある貴族向け温泉施設の従業員に対するマナー講座も順調みたいで、ブルグル領から派遣した平民の従業員を養成所勤務に異動しつつあるって聞いてる。

 一応ブルグル領からの派遣労働者は3カ月滞在して次の派遣と交代するのを長くて約2年続ける契約だからね。

 ファムント領の労働者で温泉施設を回せるなら、そうした方が良い。

 人材は適材適所に配置するのが鉄則だ。

「自領で経験したからこそ、でしてよ。
初めは貴族と平民の意識や価値観があんなにも違うなんて考えてもおりませんでしたわ。
アリーに相談しながら対処や改善をして、こうして今がありますの。
それこそ、急いて事を仕損じた事もありましたもの。
アリーなら良く知っておりますでしょう?」

 今は当時を振り返って苦笑するような余裕を見せる艶女は、その当時孤児を中心とした教育が思うようにいかなくて悪戦苦闘しては泣いてた。

 うちの邸に頻繁に来てたのも、そんな状況を打開する為と、愚痴りたかったんじゃないかな。

「左様ですわ。
今は領民自身がやる気に満ち溢れ、紆余曲折された指導者のレイチェル様が上手くサポートしていらっしゃる事で、ジェン様には円滑に回っているように見えていると思いますの」
「もしかして、そこに落とし穴的な何かがあるという事?」

 どうやら最近ほぐれていた緊張感が戻ってきたみたいだね。

「油断は禁物だという事ですわ。
確実に刈り取れていない将来の利益は何らかの事故が起これば失う可能性がありますの。
特に人材に関しては。
人とはそう長くやる気は持続致しませんし、やはり根は平民なのです。
それも貧困に喘いでこられた皆様ですから、どこかで意識の差から無意識的にしろ意識的にしろ脱落する方々が増えますのよ」
「そうですわね。
まずは半年後に何人残るか····」

 あちらの世界でも五月病とかあるし、転職するのは労働者の自由だもの。
仕事の合う、合わないは人それぞれなんだ。

 やる気のある従業員が半年後も働いてる保証なんてどこにもないからね。

 おっと、ジェン様のお顔が曇ってきたぞ。
経営者が不安になりすぎるのも良くない。
少なくとも悪い雇用環境じゃないから、長期的には定着する人の方が多いもの。

「場合によっては養成所の脱落者と温泉街の人員を配置転換して、上手く人を回していけばよろしいかと。
養成所へのザルハード国からの受け入れ状況も落ち着いてきているのでしょう?」

 あ、少しお顔が明るくなった。
久々にスーパーモデルのお耳と尻尾の幻が見えた気がする。

「そうね、そうよ。
隣国の流民達····いえ、元流民達の受け入れで人員の補充がしやすくなったから、ある意味助かっているわ。
うちの領民だけでは数が足りなかったもの」
「ザルハード国の法整備をしてくれたゼストゥウェル王子のお陰もあるのでしょう?」

 艶女もほっとしたように微笑んで良くなった点を口にする。

「ええ。
我が国との共同事業という形で、教育実習を目的とした留学制度を設けてくれましたもの。
更にうちの領で実習の終了後に雇用される場合には勤務態度によって5年から10年という経過観察を経て正式な領民権も認めるとしたのが効果的だったみたい」

 貧困に堪えかねていた流民からすれば破格の待遇だよね。
ゼストゥウェル王子は心血を注いでプレゼン資料をこの国のルドルフ王子と作ったって言ってたもの。

「それはそうでしょうね。
けれどそのように友好国間で互いに研鑽しあっていれば、あらゆる場面で質の高い従業員に成長する可能性は十二分にありましてよ」

 ここの領民からすれば自国で自領なのに自分は解雇されて、他国の人間が雇用されて成果を残す事態だってあり得るものね。

 なんてふんふん頷きながら水分補給をチビチビしてたら、続く艶女の言葉でむせそうになっちゃった。
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