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243.改名《タマシロ君》

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「けほっ」

 喉に何かが引っかかったようになってむせる。

「けほっ、けほっ····げほっ····」

 途端に激しく咳き込み始め、まだ半分ぼうっとしながら、仰向けだった体を捻ってうつ伏せになる。
そのまま暫く咳き込みつつ、落ち着くのを待つ。

 どれくらい眠ってたんだろう?

 ひょろ長さんが部屋を出てからすぐに明かりを消して眠ってしまったはず。
もちろんポンチョは身につけて。

 ここが地下部屋だけに、1度眠ってしまうと時間の感覚を無くしてしまってる。
どちらにしても次に彼らのうちの誰かがここに来る時にはどこかに移動するはずだよね。

 ようやく咳が落ち着いてきて体を起こして辺りを見回すけど、人属の僕には完全に真っ暗だとよく見えないや。

 肺のあたりがまだゴロゴロしてて不快に感じるけど、今ならまだ動くのは支障ない。

 ふむ、と少し考えてから首に引っかけた紐を頼りに巾着型マジックバックを手探りで襟ぐりに手をつっこんで取り出す。
タコパの準備中にこっそり隠しポケットから取り出して首に下げ直したんだけど、正解だったね。

 実はこの巾着だけは他の物と違って認識阻害の魔法をかけてある。
あとこの中に入れると許可した魔法以外は無効化するってレイヤード義兄様が言ってた。
僕の義兄様ってば魔具職人でも十分生きていけるね。
A級冒険者としてだけじゃなく、手に職をつけてる僕の自慢の義兄様だ。
かっこいい!

 指で連続5回つつくと発動するから、僕にとって本当に大事な物だけはここに入れて首から下げられるようにしてあるんだ。

 魔具の緩衝作用であまり大きな容量はないんだけど、懐中時計やネックレス、服の何枚かくらいは入れられるよ。

 今までの誘拐でも僕がグレインビルである事を警戒してか服を検分される事も、服を着替えさせられる事も何度かあったからね。
特に今回は他国に来る事になったから、用心するに越した事はなかったんだけど、備えておいて良かった。

 真っ暗な部屋で1人ごそごそと作業開始だ。

 まずはポンチョを脱いだら丸めて巾着に収納する。
この毛皮はどこぞの国の第1王子の護衛をしてるリューイさんからの贈り物だし、仕立ては仲良くしてくれてるレイチェル様とグレイカラーなお髪が似合うダンディなコード伯爵、お耳はできる専属侍女のニーアが付けた合作作品だから置いてけないや。

 それからネックレスを取り出して首にかけてトントントンとトップの部分を指で3回タップして白い獣に変身した。

 ふっふっふっ。
《タマイタ君》だと思うでしょ?

 でも両手を広げた僕のボディラインは四角い。
上手く風に乗れば数百メートルは滑空飛行できて、イタチよりもいざって時の逃走の幅が広がる。

 そう、今の僕は真っ白なムササビだから!!

 この国に来てからレイヤード義兄様との時間が増えた分、いくつか僕の扱う魔具を改良していて《タマイタ君》もその1つ。
魔具の名前は《タマシロ君》に改名だよ。

 理由はわからないけど臼を含む漢字で、臼を白にすると変身できる。
その中でも義兄様が具体的にイメージできた獣でないとまともに成功はしないんだけどね。
毛色は白に限定される。

 今はイタチムササビに成功したよ。

 よく似たモモンガは上手くいかなかった。
漢字って難しいね。

 ムササビボディの難点はまだ服が用意できてない事かな。
せっかくの飛膜の動きを阻害されると、ムササビに変身する意味がないもの。

 でも毛皮だからわからないけど、僕的には裸だからちょっと落ち着かない。
今の寒さは肌寒いくらいだから、毛皮効果はあるのかな?

 何にしても今は逃走に集中しなくちゃね。

 夜行性動物になったおかげで少し夜目が利くようになって、ドアの位置も正確に把握できる。
そのまま大きく感じる巾着を抱えて移動しようとして、大事な忘れ物を思い出した。

 カボチャパンツ!

 小さい手で脱皮した服からそれを発掘して巾着に何とか入れる。
乙女の恥じらいってやつだよ!

 紐の部分をそれぞれ肩に引っかけて巾着からリュックサック仕様にモデルチェンジだ。
今度こそドアの側で丸まって静かに待機する。

 巾着を背中に背負ってるから、認識阻害がこの体全体にも効くはずだよ····多分。

 そうして体感的にはそれなりの時間が経ってうとうとし始めた頃····。

「お待たせしました、グレインビル嬢」

 入って来たのはひょろ長さんだ。

「おや?」

 そんな声を聞きながら真っ暗な部屋に入って彼がドアノブから手を離した隙に、さっと外に出る。
すぐにドアはパタンと閉まった。

 明かりが灯されている廊下を一気に駆け、階段と小さな通気口を見つけて迷わず通気口の方に入りこむ。
これがあるって事は、やはりここは大きめの邸なんだろうね。

 この体でもぎりぎり入れる穴で良かった。
リュックが少しつっかえ気味だけど、頑張る!

 ひょろ長さんはかなり腕の良い魔術師だもの。
下手に何かの魔法で認識阻害を看破される可能性も高い。

 そのまま通気口の奥に入って耳をすませば、バタバタと慌てた足音がする。

「ベルヌ!
逃げられました!」

 ひょろ長さんの慌てた声も響いてきた。

「何だと?!」
「ふざけんなよ!!」

 誰が、とは聞かないんだね。
ベルヌと逞しさんの声も遠くから微かに聞こえた。
真上に抜ける通気口の向こう側から。

 そちらの方へざわつく音を頼りに上へ左右へと移動してみれば、1度遠のいたひょろ長さんの足音が追いかけてきた。

 明かりの漏れる通気口から中をのぞけば、その部屋には誘拐トリオがいた。

「くそ!
せっかくあの高飛車女を誘導して対極側から夕方の悪目立ちする時間帯に出発させたってのに、何やってんだよ!
あいつの外套に追跡魔法仕込んだんじゃないのかよ!」
「こちらとしても予想外ですよ。
あの耳付きの外套に追跡魔法を仕掛けてあったのに、どういうわけか無効になったんです」

 あれ、そんなの仕掛けてたの?!
巾着の中に入れてて良かった。
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