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62.結婚式
しおりを挟む様々な、本当に様々なことを乗り越えて、今日は結婚式の当日。
朝から、アンジェとはほとんど会えていない。
会場となっている教会まではもちろん一緒に来たけれど、それからはお互い自分の準備に忙しかった。同じ建物にいるのだから、会おうと思えば会いに行けるけど、アンジェは俺に見られたくないらしい。
「セトスさまにはね、わたしが、一番きれいになったところ、見てほしいの。
だから、もうちょっと、待ってて?」
扉越しにそう言われてしまえば、俺は待っているしかなくて。
それに、新郎が妻となる人のウエディングドレス姿を楽しみにできるというのもいい事だと思う。
そして、今。
ホールの扉の前に、俺は一人で立っている。
思い返してみれば、アンジェと出会ってからはまだ1年も経っていない。
そう思えないほどに2人で濃密な日々を過ごしてきたから、もうずっと長い間一緒にいるかのように錯覚しているけれど。
係の人が扉を開けてくれるのに合わせて一礼し、わぁ、っと大きな拍手で迎えられることに少し緊張しながらも、堂々と歩き出す。
「……セトス、一人だな?」
微かに聞こえた心配そうな声は、以前パーティーで出会ってアンジェのことを知っているデュリオのもの。2人で入場すると思っていたのだろう。
驚くだろうな、と思いながらステージに到着した。
本来の場所より心もち階段に寄った場所で、アンジェに何かあったらいつでも助けに行けるようにしている。
少しすると、ホールの扉が開かれて、アンジェの入場だ。
何度も何度もここへ通って、練習を重ねてきた。
本来の彼女であれば、失敗することは無いはずだと分かってはいるけれど、心配してしまう。
でも、彼女の姿は、俺の心配なんて吹き飛ばすようなものだった。
真っ白なドレスの裾は少し短めで、薄い生地が何枚も重ねられたようなデザイン。歩くたびにゆれるスカートが光をキラキラと反射していて美しい。
そして、一際目を引くのがヴェールだ。
キラキラと輝く小さな宝石や、蝶々のモチーフが揺れていて、本当にまるで妖精のよう。
そんな彼女が、確かな足どりで一歩一歩、こちらに向かって歩いてくるのは、背景のステンドグラスもあいまって、まさしく地上に降り立った天使のようだった。
割れるような拍手の中でも、動じることなくゆっくりと歩みを進めるアンジェ。
繰り返し練習してきた成果がここに現れている。
一番の難関である階段では、何度も繰り返したとおり、つま先で段差をなぞるように確認してから一段ずつ踏みしめるように登っている。
そうして。
「セトスさま」
最後の一段を登りきった彼女が細い声でそうつぶやくより先に、俺はアンジェの身体を抱き上げていた。
他人から見たら何でもない事だっただろうけれど、俺はアンジェに拍手喝采を送りたい。
「うまく、できたよ?」
「ああ、本当によかった。ありがとう」
「うふふ。かわいい?」
「かわいいに決まってるだろ?アンジェは、世界で一番かわいいんだから」
「……こほん」
2人の世界に入り込んでいると、神父さんのわざとらしい咳払いが響いた。
「……申し訳ありませんでした」
うん、式の真っ最中だったな。
アンジェがあんまりにもかわいいから、ちょっと理性が働かなくなってたよ。
「アンジェ、降ろすよ」
一言声をかけてから、アンジェを所定の位置に降ろす。
「よろしいでしょうかな?」
「はい、申し訳ありません」
少し呆れ気味の神父さんだけど、まあ、こういう人達もたまにはいるのか、気を取り直して儀式を始めた。
「新郎セトス・ミラドルト。あなたは新婦アンジェを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦アンジェ、あなたはセトス・ミラドルトを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、ちかいます」
「では、誓いの証となる指輪の交換です」
すっ、と差し出されたリングピローからアンジェの指輪をとり、薬指にはめてあげる。
「……ん、セトスさま、ゆるくない?」
聞こえるかどうか、というくらいに小さな声で彼女がそう言う。
「えっ?」
確かに、アンジェの指輪は、見てわかるくらいにブカブカだ。
一旦外してリングピローに戻すと、
「ごめん、さっきのは俺の指輪だ」
明らかに大きさが違っていた。
こんなことも分からなくなるくらいに俺も緊張しているらしい。
今度はきちんと見て、小さい方をアンジェの指にはめる。
「ん、だいじょうぶ」
次は神父さんからリングピローを受け取り、アンジェの方に差し出す。
打ち合わせ通りに彼女が指輪をはめてくれた。
「ここに、指輪の交換が成立しました。次に、誓いの締めくくりとなる口付けを行います」
その言葉と共に、アンジェと向き合って彼女が少し屈む。
美しいヴェールをめくったその向こうには、世界一かわいい彼女がいた。期待と緊張で、頬が赤くなっているからより一層可愛さを増していると思うんだ。
アンジェの腰を抱き寄せるようにして手を添えると、俺が一番好きな、ふうわりとした笑顔を見せてくれる。
気負いのない自然な笑顔に、俺は本当にこの子が好きなのだと、改めて実感できたんだ。
初めて感じた彼女のくちびるは、とても優しい味だった。
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