61 / 62
61.2人の思い出と、明日
しおりを挟む花嫁修業と日常生活の練習が両方重なって日々忙しくしているアンジェだが、それ以外にもやることはたくさんある。
主に結婚式で使う物を選ぶことだ。
会場の花を選んだ時のように、母とアンジェで選ぶこともあるけれど、俺も少しは参加したい。
「アンジェ~、次は招待状のデザインを選んでってさ」
「招待状?」
「結婚式をするから来てくださいねってお知らせする手紙のこと」
「それは、知ってるけど。なにを選ぶの?」
「いくつかサンプルを貰ってきたけど、どんな絵がいいとかを考えるんだ」
「そういうのも、ちゃんと考えてるのね。どんなのがあるの?」
「ある程度凹凸がある、触ってわかるものをメインに持ってきたよ。これは、ちょっとだけ出っ張ってるだろ?」
「あっ、ほんとだ~!すごいね!」
「こっちのは、でっぱりは少ないけどザラザラした感じがするもの」
「なるほど!こういうのもあるのね」
ひとつひとつのデザインに感動して触り続ける様子が可愛くていつまででも見ていられる。
「セトスさまは、どれがいいと思う?」
「ザラザラしてる方は、かかってる粉がキラキラするから見た目も綺麗だな。
でも、シンプルですっきりしてるのはでっぱりが大きい方」
「セトスさまはキラキラだから、それにする?」
「俺はキラキラではないと思うけど……見た目が綺麗なのはこっちかな」
「わたしにとっては、セトスさまは世界で一番素敵なのよ?わたしもザラザラの方が好きだからそれがいいな」
「じゃあ決定だな。モチーフは何か希望ある?無かったら適当に決めるけど」
アンジェはあまりこういう品物を知らないだろうし、分からないかと思ってそう言った。
「セトスさま、選びたい?」
「いや、別に選びたい訳じゃないけど」
「なら、お花がいい!」
知らないだろうと思っていたら、意外と強い希望が返ってきた。
「お花?できると思うけど、どういうのがいいんだ?マリーちゃん?」
「マリーちゃんでもいいんだけど、真ん中が丸くなってて、花びらが13枚のがいいな」
やたらと細かいこだわりを指定されたな。
「13枚が好きなんだな。知らなかった」
「あれ?セトスさまが、くれたのよ?
オルゴールのふたに描いてあるの」
「ああ、あれか!花のデザインだったのは覚えてるけど、枚数までは覚えてなかったな」
「あれね、とってもとってもお気に入りで、ずーっと触ってたから覚えてるんだよ」
「花びらは13枚で、ってしっかり伝えておくな」
「うん!ありがとう!」
ふうわりと笑う顔はもちろん大好きなんだけれど。
些細なことでも覚えていて、二人の記念になる時に使おうと思ってくれているのがとても嬉しかった。
***
そうして、忙しい日々を過ごしていると、あっという間に結婚式はもう明日、という日になった。
準備のためにあちらこちらへ出かけて少し疲れていたアンジェも、ここ数日は家にいてゆっくり休息をとり、すっかり元気になったようだ。
「セトスさま、おかえりなさい。あした、結婚式なのに、お仕事お疲れさま」
「ただいま。放ったらかしでごめんな」
式の準備もあってギリギリまで仕事が入ってしまった。
「ううん。セトスさまは、何でもできる人だから。仕方ないよねぇ」
「そんなことないけどな。単に仕事が終わらなかっただけだよ。
でも、その代わり、明日から5日は休みだから。2人でゆっくりしような」
「わーい!結婚式も楽しみだけど、そのあとのお休みも楽しみ!」
いつもより高めのテンションではしゃぐアンジェと共に夕食をとり、2人でのんびりソファに座る。
「あのね、セトスさま。ずいぶん前だけど、ドレス選んでもらったよね?」
「ああ。あの時のアンジェも可愛かったね」
「……ぁりがと」
照れて耳まで真っ赤になって俯いてしまった。
「ちがうの!そうじゃなくて!」
照れを振り払うようにすごい勢いでまくし立てる。
「ドレスね、この前着たのよ。言ってないよね?」
「聞いてないな」
実は、忙しすぎてまだアンジェのドレス姿を見れてないんだ。
「うん。だまっていようかなって思ったんだけどね、楽しみにしててねって言いたかったの」
「シンプルな妖精っぽい感じとは聞いてるけど」
「そうだけどね、とっても可愛いんだって。楽しみにしててね」
「楽しみにしてるよ」
ぽんぽんと頭を撫でると、俺が大好きな笑顔を見せてくれた。
「セトスさま、ありがとう」
急にそう言って、そっと抱きついてくるアンジェ。
「どうした、急に」
「あのね、最近、夢みたいだな、っていつも思ってるの。わたしが、欲しかったもの、全部セトスさまがくれたから」
「夢みたいって、大げさだなあ」
「大げさじゃないよ?
『ふつう』ができなくて、お母さんやお姉ちゃんが、『ふつう』なのが、とっても、うらやましかったの」
泣きそうなのか、少し声が震えてるから、なだめるようにゆっくりと髪を撫でる。
「でも、アンジェは普通じゃないって皆に思われてただけだろう。1年足らずでもう、何でも出来るようになったんだから」
「わたしは目が見えないし、ふつうじゃない。それなのに、セトスさまは、そういうわたしがすごくいい人みたいに言ってくれるじゃない?
それが、とってもしあわせなの」
「アンジェは普通が好きだけど、全部が普通なのは良いことだとは限らない。
目が見えなくても、俺が見えていれば関係ないだろう?それよりも、俺に聞こえないことが聞こえて、俺が知らないことを知ってることの方が何倍も大事だと思ってるよ」
これは、慰めや飾りなんかじゃなくて本心からの言葉。
「耳がよく聞こえるのが、わたしのいいところだもんね。セトスさまが、一番好きなところ」
「確かに、アンジェの耳は役に立ってくれるし貴重だと思うけど、俺が一番好きなところではないかな」
「えっ?ちがうの?じゃあ、どこが好き?」
「俺が一番好きなところは、『頑張れる所』かな」
その瞬間、アンジェがぱあっと花が咲くみたいに輝くような笑顔になった。
「セトスさまといっしょなら、がんばるのはできるよ。いいところだって言ってもらえて、とっても嬉しい!
でもわたし一人じゃ無理だねぇ……」
「そうなのか?なんで?」
「だって、何をがんばるのか、わからないもの。
セトスさまが、『これをやろう?』って言って、一緒にしてくれるから、がんばれるだけ」
「俺は、アンジェが頑張ってくれるから、次は何をしようか、考えるだけでワクワクするんだ。出会う前は、毎日楽しいとは思って無かった。もちろん、不幸だと思うことも無かったけど。
でも、アンジェといたら違うんだ。毎日楽しくて、幸せなんだよ」
「わたしも、セトスさまと会うまで、しあわせじゃなかったね。でも、今はすっごくしあわせだよ!」
「ずっと二人で、幸せにいような」
「うん、ありがとう!ずーっとずーっと、いっしょだよ!」
2人で身体を寄せあって、意味もなく笑い合う。
こんな瞬間がこの先ずっと続くことそのものが、幸せってことなんだろうな。
5
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる