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61.2人の思い出と、明日

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 花嫁修業と日常生活の練習が両方重なって日々忙しくしているアンジェだが、それ以外にもやることはたくさんある。
 主に結婚式で使う物を選ぶことだ。

 会場の花を選んだ時のように、母とアンジェで選ぶこともあるけれど、俺も少しは参加したい。


「アンジェ~、次は招待状のデザインを選んでってさ」

「招待状?」

「結婚式をするから来てくださいねってお知らせする手紙のこと」

「それは、知ってるけど。なにを選ぶの?」

「いくつかサンプルを貰ってきたけど、どんな絵がいいとかを考えるんだ」

「そういうのも、ちゃんと考えてるのね。どんなのがあるの?」

「ある程度凹凸がある、触ってわかるものをメインに持ってきたよ。これは、ちょっとだけ出っ張ってるだろ?」

「あっ、ほんとだ~!すごいね!」

「こっちのは、でっぱりは少ないけどザラザラした感じがするもの」

「なるほど!こういうのもあるのね」

 ひとつひとつのデザインに感動して触り続ける様子が可愛くていつまででも見ていられる。

「セトスさまは、どれがいいと思う?」

「ザラザラしてる方は、かかってる粉がキラキラするから見た目も綺麗だな。
 でも、シンプルですっきりしてるのはでっぱりが大きい方」

「セトスさまはキラキラだから、それにする?」

「俺はキラキラではないと思うけど……見た目が綺麗なのはこっちかな」

「わたしにとっては、セトスさまは世界で一番素敵なのよ?わたしもザラザラの方が好きだからそれがいいな」

「じゃあ決定だな。モチーフは何か希望ある?無かったら適当に決めるけど」

 アンジェはあまりこういう品物を知らないだろうし、分からないかと思ってそう言った。

「セトスさま、選びたい?」

「いや、別に選びたい訳じゃないけど」

「なら、お花がいい!」

 知らないだろうと思っていたら、意外と強い希望が返ってきた。

「お花?できると思うけど、どういうのがいいんだ?マリーちゃん?」

「マリーちゃんでもいいんだけど、真ん中が丸くなってて、花びらが13枚のがいいな」

 やたらと細かいこだわりを指定されたな。

「13枚が好きなんだな。知らなかった」

「あれ?セトスさまが、くれたのよ?
 オルゴールのふたに描いてあるの」

「ああ、あれか!花のデザインだったのは覚えてるけど、枚数までは覚えてなかったな」

「あれね、とってもとってもお気に入りで、ずーっと触ってたから覚えてるんだよ」

「花びらは13枚で、ってしっかり伝えておくな」

「うん!ありがとう!」

 ふうわりと笑う顔はもちろん大好きなんだけれど。
 些細なことでも覚えていて、二人の記念になる時に使おうと思ってくれているのがとても嬉しかった。


 ***

 そうして、忙しい日々を過ごしていると、あっという間に結婚式はもう明日、という日になった。

 準備のためにあちらこちらへ出かけて少し疲れていたアンジェも、ここ数日は家にいてゆっくり休息をとり、すっかり元気になったようだ。

「セトスさま、おかえりなさい。あした、結婚式なのに、お仕事お疲れさま」

「ただいま。放ったらかしでごめんな」

 式の準備もあってギリギリまで仕事が入ってしまった。

「ううん。セトスさまは、何でもできる人だから。仕方ないよねぇ」

「そんなことないけどな。単に仕事が終わらなかっただけだよ。
 でも、その代わり、明日から5日は休みだから。2人でゆっくりしような」

「わーい!結婚式も楽しみだけど、そのあとのお休みも楽しみ!」

 いつもより高めのテンションではしゃぐアンジェと共に夕食をとり、2人でのんびりソファに座る。


「あのね、セトスさま。ずいぶん前だけど、ドレス選んでもらったよね?」

「ああ。あの時のアンジェも可愛かったね」

「……ぁりがと」

 照れて耳まで真っ赤になって俯いてしまった。

「ちがうの!そうじゃなくて!」

 照れを振り払うようにすごい勢いでまくし立てる。

「ドレスね、この前着たのよ。言ってないよね?」

「聞いてないな」

 実は、忙しすぎてまだアンジェのドレス姿を見れてないんだ。

「うん。だまっていようかなって思ったんだけどね、楽しみにしててねって言いたかったの」

「シンプルな妖精っぽい感じとは聞いてるけど」

「そうだけどね、とっても可愛いんだって。楽しみにしててね」

「楽しみにしてるよ」

 ぽんぽんと頭を撫でると、俺が大好きな笑顔を見せてくれた。



「セトスさま、ありがとう」

 急にそう言って、そっと抱きついてくるアンジェ。

「どうした、急に」

「あのね、最近、夢みたいだな、っていつも思ってるの。わたしが、欲しかったもの、全部セトスさまがくれたから」

「夢みたいって、大げさだなあ」

「大げさじゃないよ?
『ふつう』ができなくて、お母さんやお姉ちゃんが、『ふつう』なのが、とっても、うらやましかったの」

 泣きそうなのか、少し声が震えてるから、なだめるようにゆっくりと髪を撫でる。

「でも、アンジェは普通じゃないって皆に思われてただけだろう。1年足らずでもう、何でも出来るようになったんだから」

「わたしは目が見えないし、ふつうじゃない。それなのに、セトスさまは、そういうわたしがすごくいい人みたいに言ってくれるじゃない?
 それが、とってもしあわせなの」

「アンジェは普通が好きだけど、全部が普通なのは良いことだとは限らない。
 目が見えなくても、俺が見えていれば関係ないだろう?それよりも、俺に聞こえないことが聞こえて、俺が知らないことを知ってることの方が何倍も大事だと思ってるよ」

 これは、慰めや飾りなんかじゃなくて本心からの言葉。

「耳がよく聞こえるのが、わたしのいいところだもんね。セトスさまが、一番好きなところ」

「確かに、アンジェの耳は役に立ってくれるし貴重だと思うけど、俺が一番好きなところではないかな」

「えっ?ちがうの?じゃあ、どこが好き?」

「俺が一番好きなところは、『頑張れる所』かな」

 その瞬間、アンジェがぱあっと花が咲くみたいに輝くような笑顔になった。

「セトスさまといっしょなら、がんばるのはできるよ。いいところだって言ってもらえて、とっても嬉しい!
 でもわたし一人じゃ無理だねぇ……」

「そうなのか?なんで?」

「だって、何をがんばるのか、わからないもの。
 セトスさまが、『これをやろう?』って言って、一緒にしてくれるから、がんばれるだけ」

「俺は、アンジェが頑張ってくれるから、次は何をしようか、考えるだけでワクワクするんだ。出会う前は、毎日楽しいとは思って無かった。もちろん、不幸だと思うことも無かったけど。
 でも、アンジェといたら違うんだ。毎日楽しくて、幸せなんだよ」

「わたしも、セトスさまと会うまで、しあわせじゃなかったね。でも、今はすっごくしあわせだよ!」

「ずっと二人で、幸せにいような」

「うん、ありがとう!ずーっとずーっと、いっしょだよ!」

 2人で身体を寄せあって、意味もなく笑い合う。
 こんな瞬間がこの先ずっと続くことそのものが、幸せってことなんだろうな。

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