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37.大きな手

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「がんばる。がんばるから、歩けるようになりたい」

 アンジェの気持ちはいつだって、目標に向かって一途で、一生懸命で、とてもピュア。
 その想いにまっすぐ応えてあげることが、俺のできることだと思うから。

「アンジェは今、その場での足踏みなら支えありで2、3歩はできるだろう?」

「うん」

「じゃあ、これからの目標は支えなしで足踏みが出来るようになることか、支えありで前へ進めるようになることかな。どっちが楽かな?」

 こてん、と首を傾げるアンジェ。

「言われても分からないよね。一旦やってみようか」

「わかった。コケるかもしれないから、支えててね」

「大丈夫。絶対俺は横にいるから。この間みたいに1人にしたりしない」

 仕事から帰ってきて倒れているアンジェを見た時には、本当に肝が冷えた。
 これ以上ないほど驚いて、あんな気持ちは二度としたくない。

「セトスさまは気にしてるけど、そんなに気にしなくても大丈夫だよ? こわかったけど、しょうがなかったって、ちゃんと、わかってるから」

 ふふふと笑って、アンジェはそう言ってくれる。

「ありがとう」

 気を遣って彼女がそう言ってくれたとしても、俺は二度とあれを繰り返したくはない。

「ねぇ、セトスさま、笑って? そんなに難しい声、しないでほしいな。
 わたし、見えてないけど、ちゃんと、どんな気持ちかわかるんだよ?
 だって、セトスさまは声の出し方とか、ぜんぜんちがうもん」

 そう言って彼女はふんわりと笑ってくれる。
 俺の大好きな笑顔で。

 俺もつられて自然に笑顔が零れた。

「ありがとう」

 少し無理やりだけど、笑顔を作ってそういうと、アンジェはぎゅっと俺の手を握ってくれた。
 その手はとても暖かくて。

 見えていないから、俺の手がどこにあるのかも本当は分からないはずなのに、声の位置から推測して俺の手を握ってくれる。
 こんな些細なことも、彼女がこの半年でできるようになったことの一つ。

「セトスさまの手は、こんなに大きいから、だいじょうぶだよね?」

 ふふ、とアンジェはそう言って笑った。

「じゃあ1回、支えなしで足踏みしてみようか」

「うん」

 アンジェが自力で立って、俺はその肘をしっかり握って支えてあげるだけ。

「出来たね。1回、このまま足踏みしてみよう」

 そう言うと、トントンとゆっくり、踏みしめるように足踏みをする。

「うん、ちゃんとできるよ? 毎日やってるもん」

「そうだな。じゃあゆっくり手を離してみるよ?」

「離すのはむり。ちょっとだけは、持ってて?」

 今は肘のあたりをしっかり握りしめるように持っているけれど、手を持つだけにした。
 いざという時には助けれるけれど、アンジェが自力で立つような風になる。

 すると、バランスを保持する力が弱いのか、途端にアンジェは左右に大きく揺れ始める。

「むり……こわい、こわいよ」

 1度転んだ記憶が蘇ってくるのもあるのだろう、アンジェは手を離されることをとても怖がった。
 俺の腕を握る指先と爪が真っ白になるくらい力を入れている。

「ごめん、怖かったね」

 そう言ってぎゅっと抱きしめてあげる。
 震えていた体も次第に落ち着いてきて、すっと俺の腕の中で力を抜いた。

「もう大丈夫か?」

 そう聞いてみると微かに頷く。
 だけどそれは、ただ俺が大丈夫かといったから頷いただけで、このまま練習を続けられるような状態ではない。

「ごめん、怖かったな」

 一旦椅子に座らせようとすると微かに首を振る。

「だいじょうぶ。できる」

 ほんのかすかな声だったけれど、アンジェは自力で恐怖に立ち向かってるんだ。

「本当に大丈夫?」

 念押しすると、今度はしっかりとした頷きが返ってきた。
 この子は強い。
 この強さにも、俺は惹かれてるんだろうな。


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