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15.あたらしいおうち

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俺たちが住む所は、離れとか別棟とか呼ばれてるけど普通の貴族家だ。

ミラドルト家は海沿いの領地で対岸が他領だから代々貿易が盛んで、その税計算の量が尋常でないせいで領主ひとりではとても裁ききれない。

本来は次男以下は家にいても穀潰しとか冷や飯ぐらいなんて呼ばれて邪魔もの扱いされがちだけど、うちの家では兄の補佐としての仕事がある。

別棟はそういう補佐の仕事をする人のためのものだから結構大きくできてるのだ。



「アンジェ、ここが俺たちの家だよ」

玄関アプローチには板を渡して段差をなくし、車椅子のまま登れるようにしてある。

「ここが、あたらしい、おうち」

俺のほうを振り向いて、笑ってくれるアンジェ。

「セトスさまと、ずっと、いっしょに、いられる?」

「うん。この家にずっといるかどうかはわからないけど、俺はずっとアンジェと一緒にいるから、心配しないで」

「ありがとう、ございます。だいすき」

天使のほほえみは、俺にはダメージが大きすぎる。
なんか俺の中のいろんなものが浄化されそうなくらい無垢な笑顔に癒された。

「ありがとう、俺も大好きだよ」

ゆっくり頭を撫でてあげたらふわふわと笑ってくれた。



1階は入ってすぐに玄関ホールで、サロンが大小2つ、晩餐会ができるダイニングがある、割とパブリックなスペース。
そして2階が夫婦の寝室や子供部屋、書斎などがあるプライベートスペースになっている。



「寝室は2階なんだけど、アンジェは今はまだ登れないだろう?
だから今は1階のサロンの片方を寝室にするように、ベッドを2台いれてある。アンジェが自分で動けるようになって、2階にいけるようになったらまた変えてもいいし」

「ふつうは、2階が、じぶんのへや?」

「そうだな」

「それなら、上がれるように、頑張る」

「それも目標のひとつにしようか。ああそうだ、あとで目標を立てよう。全部いっぺんに練習したらアンジェが倒れちゃうからな。
早くできるようになりたいことを先に練習するようにしような」

「わかった」


本来はお客さんが来たら1階のサロンで出迎えるんだけどしばらくはお客さんなんて来ないだろうと思ってプライベートスペースにしてしまっている。
もし来たら母屋の部屋を貸して貰おう。


徐々に慣れてきた車椅子を押してリビングに入れると、侍女のイリーナがすでに待機していた。
その他にもこちらで手配した侍女がふたり。

「このふたりが今日からこちらの家に仕えてくれる、サシェとナティだ」

「「よろしくお願い致します」」

ふたりの綺麗に揃った声。
よく訓練されている証ではあるけど、今回の場合は逆効果だ。


「ごめん、なさい。被って、しまって、うまく、きこえなかった、から、もういちど、ひとりずつ、おねがい、します」

「申し訳ございませんでした。サシェでございます」

サシェ25歳で、少し赤い髪で頬にそばかすが散っている。


「今後は気をつけます。ナティでございます。よろしくお願い致します」

ナティはサシェより年上で、35歳。
色素の薄い人の多いこの国では珍しい黒目黒髪で、西方移民の系統だそうだ。
侍女としては若いほうだが、今後アンジェの傍に仕える人間はあまり変わらないほうがいいから若い人にしている。

イリーナが48歳と年上だから、こちらで準備する人員は若い人をメインにした。


「イリーナはあるていどアンジェとの関わり方が分かってると思うんだけど他の人は目の不自由な人と生活したことないから、最初はいろいろ不便なことも多いけど我慢してね。
なるべく頑張ってアンジェが生活しやすいようにするけど」

「だいじょうぶ、です。ほんとに、うれしい、から。
ありがとう、ございます」


その間にサシェがお茶を淹れてくれる。

俺の前には普通に置いたけれどアンジェにはどうしたらいいかわからないようで困ってしまっている。

「イリーナ、普段アンジェがものを飲む時はどうしてた?」

「わたくしが飲ませて差し上げておりました」

「そうか。でもそれじゃあアンジェがなんにもできないままだから、練習しよう。
とりあえず、カップを持ってみようか。持てる?」


サシェからカップを受け取り、アンジェに持たせてみる。
さすがにこれくらいの重さであれば支障なく持てるようだった。


「うん、持つのは大丈夫だ。じゃあ飲んでみて。できるか?」

ふぅふぅと息を吹きかけてから、カップを傾けるが、少しこぼしてしまった。

「ごめん、なさい。こんなことも、できなくて。
汚して、しまいました」

「いいんだ。できないことはすぐにできるようにはならないんだから。
それより、やけどしてないか?」


「だいじょうぶ。もう1回」


「そうそう。アンジェは『もう1回』ってできるんだから。できないからやらない、って言う人は世の中案外多くてな。
そういう人はできることが増えないままなんだ。
できなくても『もう1回』やるのは大切だからな」


何度かこぼしてしまったが、飲み終わるころにはなんとかこぼさずに飲めるようになった。

「よしよし、頑張ったな」

頭を撫でてあげるとうれしそうに笑った。

「ほらね、アンジェは、できそこない、じゃ、ないの。できた、でしょ?」

うん、めちゃくちゃ可愛いアンジェのドヤ顔。
改めて見て思った、マジで可愛い。


というか、最初に見たころよりも表情がハッキリでるようになってるな。
人と触れ合うことで意図してなくても練習になってるみたいだ。



少し休憩してから母上のところへ連れて行こうと思ってたんだが、どうもアンジェは限界っぽい。
緊張が緩んだからか、かなり眠たそうに身体が揺れている。

「アンジェ、眠たいのか?」

「ううん。だいじょうぶ。おかあさまの、ところに、いく」

「いやぁ、ちょっと無理じゃないか?ずっと家にひとりだったのにいきなり動いたから疲れたんだろうな」

「だいじょうぶ、だよ?」

会話の間でも身体がゆらゆらしてるし、呂律もなんだかあやしい。

「今日は無理しないで、明日にしよう。サシェ、母上にそう伝えてきて」

「かしこまりました」


アンジェを隣の寝室に連れて行き、抱き上げてベッドに寝かせる。
もうそのころには寝息をたて始めていた。


…………無理させてしまったな。
ただでさえ父親と話して神経を使っていたところに、夫の家族との面会があったら普通の人でも疲れるのはわかっていたことなのに。

母上やティアと遊ぶのは今度にすると言ってやるべきだった。
少し考えればわかったことなのに、その場の流れでつい承諾してしまった。

グジグジ考えていても仕方ないけど、次からは気をつけないとな。

でも、アンジェは家族と話していて楽しそうだった。
彼女に家族のぬくもりとか、幸せを感じてもらえたらいいな。

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