45 / 47
45.頼りになりませんか
しおりを挟む翌朝。
いつもより少し早めに起きて、向かいのリビングを覗いても、誰もいない。
たまにはあることなのに無性に寂しくなって、一階のキッチンに降りる。
「おはようございます」
「おはよう」
イフレートが朝ごはんを作って待っていてくれた。
本当はしなくていい仕事をしてくれているってことが申し訳ないと思うけど、それ以上に嬉しい。
「ご飯作ってくれてありがとう」
旦那さん達は、私が謝るよりも、ありがとうっていう方が喜んでくれるから、きちんとお礼を言う。
そうしたら、いつもの柔らかな笑顔を浮かべてくれた。
「ただいま戻りました」
朝食の途中で、いつもの時間にエルが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただい……えっ、何かあったんですか?」
居ないはずのイフレートがいたからとても驚いている。
「エル、帰ってきたらばっかりなのに悪いんだけど、ちょっとだけ話いいかな?」
「はい、いくらでも聞きますが……」
完全に困惑しきっているエルに、とにかく座ってもらって昨日のことをざっくり説明する。
「大変じゃないですか!?」
大袈裟なくらいに驚くエルに、イフレートが補足してくれる。
「今のところ、カイルセルさまもツィリムさまも戻ってきていません」
「そりゃあ、あの2人はそんなことになったら王宮から帰っては来れなくなりますよ。
なぜ、僕に連絡してくれなかったんですか?」
少し怒った様子のエルに詰め寄られて怖くなった。
「ごめんなさい。お仕事中だし、邪魔しちゃいけないと思って」
「仕事中でも、何とか都合をつけて帰りましたよ。こんな一大事なら」
「それに、イフレートも居てくれたし……」
「まぁ、イフレートが居て、イズミルが1人きりでなかったならいいですが……。次からは必ず教えてくださいね」
「うん、ごめん」
エルは単に怒ってるんじゃなくて、私のことが心配だからこう言ってくれてるんだって、わかってるから大人しく頭を下げた。
途端にエルの眉尻が下がっていつもの雰囲気に戻ってくれた。
「怒っても責めてもいません。イズミルに謝ってほしいわけでもありませんよ。僕の言い方が悪かったです」
それだけ言って、迷うように言葉に詰まった。
私は申し訳ないことをしたと思っているから下手に言い訳せずに黙って待つ。
互いの間に落ちた微妙な沈黙に耐えられなくなる直前。
「僕は、そんなに頼りになりませんか……?」
「そんなことない」
反射的に言い返した。
「ですが、僕に言っても仕方がない、どうせ帰ってこないんだからと、そう思われていたんですよね?」
「本当に、そんなつもりじゃなかったの。ごめんなさい。
私の中には、とにかくお仕事中の人の邪魔は絶対にしちゃいけない、っていうルールっていうか……常識があるから。
それに、イフレートがいてくれるから、大丈夫だって思って」
なんだか必死に言い訳してるみたいになってきちゃった。
「では、約束してくれますか? これから先、イズミルが一人でいる時に、どれだけ些細なことであっても困ったことが起こったら、必ず僕に知らせてくれると」
「もちろん」
「約束ですよ」
そう言って、エルが手のひらを私に向けて差し出してきた。
「……うん?」
えっと……?どうしたらいいやつ?
突然の意味不明なジェスチャーに戸惑うばかり。
「なるほど。知らないんですか。
では、イズミルも同じように手を出してもらえますか?」
言われた通りに手のひらをエルに向けると、彼が手のひらを合わせてくれた。
「こうしたら、お互いの体温と血の巡りを感じるでしょう? ですから、絶対に守る約束をする時に使うんです。
私とあなたの血に誓って、と言って」
「わかった。私とエルの、血に誓って。……あってる?」
「えぇ。僕とイズミルの血に誓って。必ずイズミルのところへ、駆けつけますからね」
「ありがとう。指切りげんまんみたいなものって、どこの国でもあるんだね」
「イズミルの国では、どうするのですか?」
軽く説明してから指切りをする。小指を絡めて、
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます! 指切った!」
指切りしてる間は興味深そうにしていたのに、エルはなぜか急に下を向いた。
「どうしたの?」
「いえ、僕はまだまだダメだなぁと痛感していただけです」
「えっなんでなんで?」
今の一瞬の間に何かあったっけ?
「イズミルと僕の間では、約束の仕方一つ取っても違います。
だから、イズミルが連絡するかどうかなんていう難しい判断をするのに、僕の考えと違うのは当たり前だな、と思いました」
「な、なるほど……?」
あんまりよくわかってないかも。
「つまり、イズミルは僕と違うところがたくさんあって、それがとっても魅力的なんだから、それを楽しんでいきたいなと思います」
「そう思ってもらえたら、本当に嬉しいよ。
ちゃんと、お互いにどうしてほしいか言い合って、分かり合えたらいいよね」
「えぇ、全くです。約束の仕方のように、教え合えば、互いに分かり合えますから」
私をまっすぐに見つめてくれる灰色の瞳は、いつもよりももっと綺麗な気がした。
20
お気に入りに追加
1,074
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
幼女公爵令嬢、魔王城に連行される
けろ
恋愛
とある王国の公爵家の長女メルヴィナ・フォン=リルシュタインとして生まれた私。
「アルテミシア」という魔力異常状態で産まれてきた私は、何とか一命を取り留める。
しかし、その影響で成長が止まってしまい「幼女」の姿で一生を過ごすことに。
これは、そんな小さな私が「魔王の花嫁」として魔王城で暮らす物語である。
転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
おじ専が異世界転生したらイケおじ達に囲まれて心臓が持ちません
一条弥生
恋愛
神凪楓は、おじ様が恋愛対象のオジ専の28歳。
ある日、推しのデキ婚に失意の中、暴漢に襲われる。
必死に逃げた先で、謎の人物に、「元の世界に帰ろう」と言われ、現代に魔法が存在する異世界に転移してしまう。
何が何だか分からない楓を保護したのは、バリトンボイスのイケおじ、イケてるオジ様だった!
「君がいなければ魔法が消え去り世界が崩壊する。」
その日から、帯刀したスーツのオジ様、コミュ障な白衣のオジ様、プレイボーイなちょいワルオジ様...趣味に突き刺さりまくるオジ様達との、心臓に悪いドタバタ生活が始まる!
オジ専が主人公の現代魔法ファンタジー!
※オジ様を守り守られ戦います
※途中それぞれのオジ様との分岐ルート制作予定です
※この小説は「小説家になろう」様にも連載しています
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
めーめー
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこから彼女は義理の弟、王太子、公爵令息、伯爵令息、執事に出会い彼女は彼らに愛されていく。
作者のめーめーです!
この作品は私の初めての小説なのでおかしいところがあると思いますが優しい目で見ていただけると嬉しいです!
投稿は2日に1回23時投稿で行きたいと思います!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる