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第一章 ドラゴンの呪い
15 キララ『どこ? ベビードラゴン』
しおりを挟む「ヌコさん、ここがソイーネの森です」
「ほう、綺麗な森だな」
「はい、この森で取れる薬草は、なんと美白効果があるんですよぉ」
「それはいい! 俺も欲しい」
王都から空を旅して小一時間。
眼下には、美しい森が広がっている。
──ソイーネの森、人の手が入っていない魔獣の巣。
いくつかの巨悪な魔獣が生息してるけど、昼間は穏やかな森。
川や泉のほとりでは、小さき動物たちが戯れている景色が観察できる。
ふわり、舞い降りたところは、日の温もりが気持ちのよい野原。
たしか、このあたりでドラゴンの親子を助けたんだけど……。
「どこにいったかな? ベビードラゴン……」
「うむ、昨日のことだから、そんなに遠くにはいっていないだろう」
「ですよね……ちょっと、探してみます」
ああ、とうなずくヌコさんは、私の箒を預かってくれた。
基本的に、この呪術師は優しい。
いつもニコニコ笑っているし、女の子みたいだけど男の子だし……。
本当に変なやつ。
「よっと!」
走っていた私は、野原のなかで一番大きな岩に飛び乗った。
「あ、この岩……お母さんドラゴンの墓標だ……」
そのとき、不思議なことに。
お母さんドラゴンの幻覚が見えた。
呪われていない、綺麗な白い鱗をしている。
──あなたの赤ちゃん、私が育てます!
そう思いながら、見渡していると……。
「いたっ!」
ベビードラゴンは、川の浅瀬で水を飲もうとしている。
だけど川の中を、じっと見ていると、なんと黒い影が近づいていた。
「ダメっ! クロコダインが陸に上がってるよぉぉぉ!」
──ワニの魔獣、クロコダイン。
牙には毒があり、しびれさせ獲物を捕獲する。
青ざめた私は、
「ヌコさーん! 河原です! 来て下さーい!」
と叫んだ。
気づけば、呪術師を頼りまくっている私、なんか変なの。
誰かと冒険するなんて、バニーちゃん以外にいない。
それなのに、私はもうヌコさんを仲間だと思っている。
それに、このドキドキする感情はなんだろう……。
野原を駆けるヌコさんは、速かった。
「え、私より速そう……すごっ」
あっといまに河原にたどり着く。
視力もいいのだろう。
その青い瞳は、危険が迫るベビードラゴンをとらえていた。
大きな口を開けたクロコダイン。鋭い牙が光る。
だけど、ベビードラゴンは、ごくごく水を飲んだまま……。
「あぶなーい!」
私の叫び声と、ほぼ同時に、ヌコさんはベビードラゴンをかっさらう。
水しぶきが、ザバっとあがり、クロコダインの口が閉じられた。
「ヒュー、もう大丈夫だぞ」
ヌコさんの優しい声が、風にのって聞こえてきた。
──す、すごい……。
キュキュ、と鳴くベビードラゴン。か、可愛い……。
ヌコさんに、ぎゅっと抱きしめられ嬉しそう。
まだ翼も爪もしっぽも小さくて、その見た目は瞳の大きなトカゲ。
舌をぺろぺろ、とだしてヌコさんの顔をなめている。
「おい、やめろ、くすぐったいって! あはは」
──わぁ、さわやか。
ヌコさんって美少女じゃなくて、美少年だったんだ。
私は大きな間違いをしていた。
水が滴り、紫の髪をかきあげたヌコさんは、ふつうにかっこいい。
と、思っていたら、え?
あたりが急に暗くなった。なに? 顔をあげるとそこには……。
「グェェェェ!」
鳥の魔獣グリフォンが、その漆黒の翼を広げ、太陽を隠していた。
そして、次の瞬間、グンっ! 大地に急降下。
狙っている獲物、それはクロコダインだった。
ベビードラゴンを餌にしようと陸に上がってきたクロコダイン。
しかし、さらに上からグリフォンが狙っていたというわけか。
──この世は弱肉強食、それが自然の摂理。
グリフォンに、ガツガツとついばめられたクロコダイン。
河原は一瞬にして、血の赤に染まる。
しかしまだ、お腹が空いているのだろう。
グリフォンは、次なる獲物をとらえていた。
それは、私だった。
岩の上で丸見えになっている私は、カモネギ状態だろう。
一方でヌコさんは、ものすごい速さで手を動かしている。
その動きは踊っているように見えた。こんなときなにしてんの?
ああ、しょせん私なんて、今日会ったばかりの女。
助けてくれるわけないか。あはは。
っていうか、呪術師は魔法が使えない。
私はいったい、なにを期待してるんだよ……ほんと、バカだ。
「ぐっ」
悔しいけど、魔法が使えない今の私では勝てない。
逃げようと決意したけど、グリフォンの飛行速度に敵うわけもなく。
飛び上がる凶悪な魔獣は、すぐに私の目の前に来た。
魔獣と目と目があったのは、これが初めてかもしれない。
身体が震えた。恐怖、失望、悲しみ。
──死ぬかもしれない……。
目を閉じた。悲鳴すらあがらない。
だけど、なにも起きなかった。
ゆっくりと、目を開けてみる。
──え?
グリフォンは石のように沈黙していた。
ピクリとも動かない。きっと呪術師が、何かしたのだろう。
──呪術師って、す、すごい……。
すたすた、と駆け寄ってくるヌコさん。
両手には、二本の箒を持っている。
ベビードラゴンは、小さい翼だけど、パタパタと頑張って飛んでいた。
「ふぅ、危なかったな、キララ。このあほう鳥を結界で動きを封じたぞ」
ヌコさん! と叫んだ私は、呪術師の胸に飛び込んだ。
からん、と箒が落ちる音。
ベビードラゴンは、抱き合う私たちを、からかうように飛び回っている。
「わぁ! 気絶しちゃうからやめろっ……って、え?」
「怖かったよぉぉ」
「……?」
「ああん、ヌコさーん」
「……おお、すごい、女の子に触れられているのに気絶しない!」
「あ……ごめんさない、つい抱きついてしました」
「いや、いいんだ……少しこのままでいさせてくれ……」
「え? ちょっとヌコさん?」
「……ああ、よき」
「あのぉ、なんで気絶しないんですか?」
「それは、たぶん、キララが俺のことを好きだからさ」
ドン! と私は、ヌコさんを突き飛ばした。
さっきまでの運動神経は、どこにいったのだろう。
いてっ、と言ったヌコさんは、尻餅をついている。
ベビードラゴンは、キャキャと笑った。
私は、急に恥ずかしくなって、大きく息を吸う。やだ、顔が熱い……。
「す、す、好きなわけないじゃないですかぁぁ、今日会ったばかりなのにっ!」
「でも、俺のかけられた呪いの願いは、俺のことが好きな女性と愛し合うことなんだけど」
「え? まじ?」
「ああ、だから俺のことが好きじゃない女の子が俺を触ると、気絶するんだ」
「え、え、え、じゃあ、好きってバレちゃうじゃないですかぁぁ! もうやだ!」
そうだな、と言ったヌコさんは、むくっと立ち上がった。
その表情はどこか朗らかなで、勝ち誇っているように見える。
ううう、なんとかして自分の気持ちを否定したい。
そもそも、男の人を好きになんて、なったことないのに。
ああん、もうなんだこの感情は、わけわかんなーい!
「んもう、ヌコさん! とりあえずベビードラゴンを預かっといて下さい」
「おい! まだ呪いは完全に祓っていないぞ」
「でも赤ちゃんは助けたんだから、呪いの願いは叶っているはずよね! ヌコさんだってまだ私と愛し合っていないのに触れても気絶しなかった。これってベビードラゴンを育成してれば、魔法が使えるってことでしょ?」
「たしかに理論的にはそうだが……」
「あ、この箒かしてください! 学校に急いで行かなきゃ日が沈んじゃう」
「待て待て、魔法が使えるか試して……っておい!」
ヌコさんがなんか言ってるけど、私には時間がない。
箒にまたがり、緑ボタンを押す。
「行ってきまーす!」
「おい、待てーっ!」
箒の使い方にも慣れた。
魔力はできるだけ温存したい。魔法道具を使って学校まで行こう。
そう、日が沈む前に魔力測定しなきゃ、聖騎士になる夢が消えちゃう。
ふわりと上空に舞いあがり、西の空を見れば、茜色に染まっていた。
「やばーい、急がなきゃ! もっとスピード出しなさい! 燃やすわよ、このポンコツ!」
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