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第一章 ドラゴンの呪い

9  キララ『呪術師ヌコマール』

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「ここに呪術師ヌコマールがいるのか……」

 王都に戻ってきた私は、さっそく呪術師のもとを訪ねていた。
 目の前に建っているのは堅牢な門。その奥には真っ白な館がある。
 庭は広く、色とりどりの花が咲きほこり、まるで宮殿のようだ。
 この建物は『呪術館』というらしい。
 王立図書館にある地図で調べた。
 ミネル教授から、本を返すクエストがあったから、そのついでに。
 呪術師ヌコマールは、けっこう有名な人物みたい。
 その地図の枠に『呪われたら呪術館へ!』という広告を見つけた。
 なんだか私は導かれるように、この呪術館にやってきた感じがするんだけど……。
 
「うーん、知らないおじさんの家に行くのは緊張しちゃう。ちがう呪術師のところに行こうかな」

 ──でも、はやく呪いを祓って魔力測定しなきゃいけない……よしっ!
 
 気合を入れた私は、門柱にあるノッカーに手を伸ばした。
 するとそのとき。
 
「あなた、肩こってるかにゃ?」

 にゃ? 猫のような声。
 横を振り向くと、女の子が立っていた。
 白と黒のメイド服。それに、頭には耳がついてる。
 顔は小さいけど、瞳は大きい。お尻には、しっぽがくるん。
 手には、買い物かごをぶら下げている。
 あ、この子ってもしかして、猫耳族?
 
 ──猫耳族、人間と猫のハーフ。魔族に分類。
 
「呪いを祓いにきたのかにゃ?」

 女の子は、首をかしげて質問してくる。
 はい、と私が答えると、くいくいと手招きした。猫招きか?
 
「あたしの名前は、タマ。タマちゃんって呼んでにゃ」
「タマちゃん……」
「さあ、こっちにゃ」
「あっ、ありがとうございます」

 礼を言いつつ、門をくぐる。
 館まで伸びる、石でできたアプローチ。
 猫耳族のタマちゃんが、私の横を歩く。
 いい香りがした。花の香りだ。
 思わず、私は大きく息を吸ってしまう。くんか、くんか。
 鼻を、ひくひくさせているタマちゃんが、やんわりと口を開いた。

「今は薔薇が綺麗に咲いているにゃ」
「あ、そうなんですねぇ、くんかくんか、んんっめちゃいい匂い」
「にゃあ~、お客さん、名前は?」
「キララです」
「キララちゃん、何歳かにゃ?」

 20歳です、と私は答えた。
 タマちゃんは、びっくりした顔をして立ち止まった。
 
「にゃ?」
「20歳です」
「にゃ?」
「20歳ですってばっ!」
「見えないにゃ……おっぱいが小さいからあたしと同じ中学生なのかにゃと……」
「あのぉ、こう見えても私は、魔法学校フロースの大学生なんですけど」
「にゃんと! 超名門の学校にゃ! キララちゃんってすごっ」

 まぁね、えっへん、と言って私は、両手を腰に当てた。
 タマちゃんは、くるくるとお尻のしっぽをくねらせている。
 
「じゃあ、肩こりは呪いではにゃくて、勉強のしすぎなのかもにゃぁ」
「ん~、じつは肩はこってなくてですね……」
「にゃ?」
「魔法が使えなくなっちゃったんです」
「にゃにゃ、魔法学校に通っているのに、それはマズイにゃ!」
「そうなんですぅ、だから呪われているんじゃないかって思ってここに来たの」
「なるほどにゃ、ではすぐにヌコさんのところに案内するにゃ」

 ヌコさん? と私は聞き返した。
 呪術師ヌコマールにゃ、とタマちゃんは答え、ギィと玄関の扉を開けた。
 館のなかは、豪華なエントランスホールだった。
 ずらりと置かれた調度品は、どれも芸術品で美しい。
 美術館で見たことがあるような石像や絵画。
 それに、ふかふかな赤い絨毯。
 この空間を歩くだけで、凛と研ぎ澄まされ、心が洗われるようだ。

「ヌコさーん! お客様にゃー!」

 タマちゃんの声が響く。
 
「キララちゃん、そのうちヌコさんが来るから待ってるにゃ」
「ありがとう」
「あたしは厨房にいるにゃ、なんかあったら言ってにゃ」
「わかった」

 すたすた、と歩くタマちゃんを見送る。
 しばらくすると、中庭のほうから、コツコツと靴の音が聞こえてきた。
 誰か来るみたい。ん? あれは……。

 ──子ども? 見たこともない服を着てる。
 
 歩いてきたのは、私と背が同じくらいの子どもだった。
 美しいヴァイオレットの髪は少し長め、さらさらと流れている。
 華奢な身体は、美少女らしい儚さをかもしていた。
 女の子は、青い瞳でまっすぐにこちらを見つめ、
 
「ども、呪術師ヌコマールです」

 と言って、さわやかに笑った。
 可愛い笑顔、それに甘い香りもする。わぉ、完璧な美少女じゃん。
 この容姿、バニーちゃんに負けてないかも。
 だけど、声が少年っぽいのは、なんで? ってか……。
 
 ──え? 呪術師って女の子なの?

 ちょっと信じられない。
 この女の子が、呪いを祓ってくれるのだろうか。
 やっぱり、ちがう呪術師を探したほうがよかったかも。
 
「どうかしたか? そんなにびっくりして」
「え、ええ。呪術師はおじさんだと思ってたので……」
「おじさん?」
「うん、それなのに美少女だったなんてね、あはは、緊張して損したぁ」
「……おい、何歳からおじさんだ?」
「えっと、30くらいかなぁ」
「ふぅん、それならセーフだな」
「セーフ? どういうことですか?」
「ああ、俺はいま16だが、前世では29だったんだ」
「え?」
「29」
「え?」
「29だって言っている!」
 
 ──嘘だ……ってか怖い、こわっ!

 見た目が美少女なのに、俺は29歳って無理がある。
 身長だって私よりちょっと高いくらいなのに、なに言ってんの?。
 この女の子、あたおか? 自分のこと俺とか言ってるし。
 
「おい、いま俺のこと頭おかしいって思っただろ?」
「え? あっ、いやぁ、あははは」
「笑ってごまかすなっ!」
「す、すいません。変な服着てるし、すいません」
「これは着物だ」
「着物?」
「前世のものだ」
「ぜんせ? あの、頭は大丈夫ですか?」
「あ? さっきから、きみ態度デカくない?」
「す、すいません」

 ぺこり、と私は頭を下げた。そのときだった。
 呪術師ヌコマールは、とつぜん真剣な顔になると鋭くにらんだ。
 ビシッと人差し指を、私に当ててくる。
 そんなに怒らなくても……。
 
「っていうか、きみ呪われてるぜ」
「え? わかるの?」
「ああ、しかも、とんでもねぇ化け物に取り憑かれてやがる……こいつは、ドラゴン……」

 まじか?
 きつい、きつい、やっぱり私って呪われていたのか。
 なんだか気分が悪い。くそ~。

「なんで私が呪われなきゃいけないのっ!」
「……おっ? 急にどうした?」

 身体の震えが止まらない。
 行き場のない怒りが、あふれてくる。
 そして、なぜか目の前にいる女の子に、その怒りの矛先が向いてしまった。
 ええい、今まで溜まっていたストレス、ぜんぶ吐き出しちゃえ!
 
「あのさー! 呪われたおかげで魔法が使えないじゃないっ!」
「あっ、ちょ、落ち着いて……」
「まったく落ち着けない、はやく呪いを祓ってほしいの!」
「おいっ、俺に近づくなっ!」
「ねぇ、あなた呪術師なんでしょ? 私の呪い、祓ってよ!」
「わぁぁぁぁ! 来るなぁぁ!」
「魔法が使えなきゃ困るの! 魔力測定で一番になって聖騎士になるのっ!」
「わかった、わかったから俺に触るなっ!」
「呪いを祓って! 呪いを祓って!」

 気づけば、私は呪術師の腕をつかんでいた。
 
 ──ん?
 
 どさっ、と呪術師はいきなり倒れた。
 瞳を閉じて、ぴくりとも動かない。どうやら、気絶したようだ。
 え? なんで? わけがわからない。
 私はしゃがみこんで、どうしよう? と様子を見ていると、
 
「にゃー! また気絶してるにゃー!」

 という叫び声があがる。
 振り向くと、タマちゃんが突進してきた。
 
「わぁぁぁ! な、なに? なに?」
「キララちゃん! ヌコさんに触ったにゃ?」
「あ、ああ、触っちゃたけど、まずかった?」
「ヌコさん、呪われているにゃ……」
「え? どういうこと?」
にゃ……」
「ええええ! 呪われていたんかいっ!」
 
 やっぱり違う呪術師を探したほうがいいかも。
 私は、がっくり肩を落とす。はぁ……。
 美しい紫髪の女の子は、まるで眠り姫のように目を閉じている。
 この子が呪術師なんて、とても信じられなかった。
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