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第2章 ピアノコンクール編

22 表彰式

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  黄金色の舞台からは客席が見えやすくなっていた。
  
  表彰式が始まるため、舞台上へ向けていたスポットライトをやめていた。
  
  一階の審査員たちはおろか、二階のケリーの姿も確認できた。
  
  おや?
  
  俺は懐かしい顔を発見した。
  
  ケリーの隣でジッとこちらを見ている男。
  
  長い両腕を肘掛けにのせ、指を絡ませてジッとこちらを見ている。
  
  父親である村雲徹のひょうひょうとした表情がそこにあった。
  
  父さんの顔を見たのは約一ヶ月ぶりだな。
  
  一年中気候の温暖な太平洋側のカリフォルニアでは、季節感がなくなりつつある俺だけど、父のバカンス風な格好はなんとも、
  
「この場所では浮いてるよ、父さん……」

  と、苦笑せざるを得なかった。
  
  俺は三歩ほど離れた位置で立つ男を見た。
  
  黙念とした表情をしてる。
  
  常連の上位入賞であるイヴァンだ。
  
  彼には貫禄があった。
  
  堂々たる落ち着きぶりで審査員のアランの立つマイクスタンドを見つめている。
  
  アランが口を開くと、コンサートホールに渋みの効いたオペラ歌手のような声が響きわたった。
  
「それでは、入賞順位を発表します」

  舞台上にひんやりとした緊張感がただよう。
  
「第3位!  ミサオ・ムラクモ」

  と、同時に拍手が巻き起こった。
  
  スタイルのいい女が、かっぷくのよい男にシルバーのメダルをわたす。
  
  彼はこの街の市長であった。
  
  こういった場で顔を広めておくのも市長の仕事らしい。
  
  コンサートホールがこの街にあることによって、美術的関心が高い街としてアピールできる。
  
  だが、建てた後は老朽化していく施設に修繕費などがかかってくる。
  
  その修繕費は何で捻出されるのかといったら、市民の税金である。
  
  市民に顔を売っておくには表彰式はもってこいなのであった。
  
  いざ、修繕費を予算化しようと議会に通すときなどは、以前に表彰式に参加させてもらったあのコンサートホールですが……。
  
  と、話しが進みやすいのである。
  
  市長は受け取ったメダルのストラップを伸ばすと、ミサオの首にかけた。
  
  俺は軽く会釈して頭を下げると、
  
「ありがとうございます」

  と、感謝の意をのべた。
  
  市長の笑顔はまるで造形された仮面のようだった。
  
  笑顔はまったく変化することはなく、次の入賞者の名前を待っていた。

  アランは絶妙な間をとると、
  
「第2位……」

  と、いってから次の言葉をすぐにはいわずに溜めた。

  この時、イヴァンは自分の名前が呼ばれるとは思っていない。
  
  なぜなら、今日の体調は万全であったし、最高の演奏ができたと自画自賛していたからだ。
  
  さらに、彼は聞いていなかった。
  
  ソフィアの神がかった演奏を……。
  
  アランの溜めが効いた声が響きわたる。
  
「イヴァン・アルバート」

  拍手、よりもどよめきの方が勝っていた。
  
  だが、だんだんと結果に納得のいくような拍手が大きくなっていく。
  
  まさか、自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったイヴァンは、
  
「そんなバカな……」

  と、拳を硬く握り、なんとか感情を抑えていた。
  
  その感情は負けたことを悔しがっているのではなかった。
  
  悔しかったのは、自分を超越した演奏を聴いていなかった……。
  
  と、いうことであった。
  
  イヴァンはつぶやく。
  
「なぜ聴こうとしなかった?」
  
  ソフィアがどんな演奏をしたのか気になってしょうがない。
  
  女を舐めていた。
  
  の、一言に尽きた。
  
「女なんて……」
  
  と、過去の惨劇が走馬灯のうように次々と脳裏に浮かぶ。
  
  下着同然で闇夜の街を徘徊する女たち、ベッドにうつ伏せになっているアンナ。
  
  が、そのアンナが急に起き上がる。
  
  髪は乱れ、瞳孔がひらき、狂ったようにイヴァンに迫る。
  
  ここでいつも目が醒めるのだ……。
  
  頭の奥底でくすぶる呪縛を討ち払わんと、ピアノ一筋で生きてきた。
  
  そして、それからというもの女と深く関わろうとは思わなかった。
  
  かといって、男に興味があるわけではない。
  
  なぜ、女に興味がないのか?
  
  さらに、演奏すらまともに聴くこともないと見下していたのか?
  
  それは、一つには女性経験の欠如と、もう一つは、あの辛い現実を、いや、現場を目撃してしまった後遺症が原因であった。
  
  だが、心境の変化からか、自分の演奏を超越していたであろう、ソフィアという女性に視線がいってしまう。
  
  その瞳はシルバーメダルを首にかけられているときでも、ソフィアに向けらていたほどだ。
  
  市長の仮面のような笑顔を見るとこもなく、表彰式は進行していく。
  
  優勝はもちろん、ソフィアであった。
  
  一段と盛大な拍手が響きわたる。
  
  ソフィアは笑顔で声援に応えているが、その心境は裏腹に納得いくものではなかった。首にゴールドメダルがかけられて、豊満な胸の谷間で光り輝いているその時も、
  
「おじいちゃんの代わりにもらっておくよ……」

  と、心の奥で思うのであった。
  
  ソフィアにとっては祖父が優勝した。
  
  と、思うしかなかった。
  
  そう、私ではない……。  
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