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第2章 ピアノコンクール編

16 俺は隠れてソフィアの演奏を聴いてみた

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  黄金色に輝いていた舞台上から一変し、俺は薄暗い闇の舞台袖で立ち止まった。
  
  ソフィアのリハーサルの演奏を脳内再生してみる。
  
  衝撃的なラフマニノフ序盤の一打だった。
  
  圧倒される低音が頭の中に響く。
  
  俺は舞台袖でソフィアの演奏を聴こうとしていた。
  
  どの客席よりも近い、特等席といっていいくらいだ。
  
  まるで隠密の忍者になった気分に緊張感が増す。
  
  俺は暗闇の中、そっと舞台袖に隠れる。
  
  そして、まだ本選出場とは程遠い拙いソフィアの演奏を思い出す。
  
  ソフィアは才能もあるし技術力もある。
  
  だが、足りないのはミスタッチを恐れている節があったことだ。
  
  簡単にいうと、おもいっきり弾いてない印象であった。
  
  それが、どういうことか今回のコンクールでは見事に堂々たる演奏をしているではないか。
  
  俺はまるで別人になったようなソフィアの演奏が気になってしかたがなかった。
  
  そして、こんなにも他人の演奏に興味を持ったこともなかった。
  
  俺は息を飲んで身を隠す。
  
  しばらくすると女性の流麗なアナウンスが流れる。
  
「演奏者。ナンバー3。ソフィア・モルガン。曲目、ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第2番  ピアノソロ」

  俺は反対側の舞台袖を暗闇から見る。
  
  すると、ソフィアが颯爽と現れた。
  
  スタインウェイ・コンサートピアノに視線を向けて近づくソフィアは、俺が隠れていることにまったく気づいてないようだ。
  
「ソフィア・モルガン。USA」

  本選初出場のソフィアに期待が込められた暖かい拍手が響く。
  
  ふと、客席の中段の審査員席を見た。
  
  審査員のアランは分厚い両手を包み込むように拍手をしていた。
  
  その瞳の奥から野心的なものを感じる
  
  まあ、たしかに演奏終了後はこんな生暖かい拍手では済まされないであろう。
  
  アランは審査員の中で一人真っ直ぐにソフィアを見つめていた。
  
  一方、俺は審査員たちや客席からは見ることのできない絶景ポイントにいる。
  
  椅子に座りスタインウェイに向かう極上の美女ソフィアは、背中の空いたドレスがよく似合っていた。
  
  ソフィアの美しい羽ような肩甲骨まではっきりと見える。
  
  輪っかのように編み込まれてハーフアップされた髪は、スポットライトに照らされて、天使の輪っかのように光り輝いていた。
  
  神々しい光に包み込まれたソフィアは目を閉じて鍵盤に触れた。
  
  大きな振り子のある時計の鐘のように。
  
  重々しい重低音と舞うような高音が交互に打ち鳴らされる。
  
  徐々に音程は大きくなりホール全体に響きわたる。
  
  力強い重低音が響き、聴くものを圧倒する。
  
  そして、流れるようなメロディへと曲調は変わっていく。
  
  ラフマニノフはオーケストラあってこそピアノの音が際立つといっていいものだ。
  
  それだけに、ピアノソロだと迫力に欠ける。
  
  と俺は思っていた。
  
  客や審査員だって気持ちは同じであろう。
  
  だが、そんな心配は美しくも破壊的な旋律によって吹き飛んでいった。
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