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第八章 新たなる脅威
2 4月8日 18:10──
しおりを挟む「ああん、ぬこくんがいなくなっちゃった……」
玉木ヨシカは、悔しそうになげいた。
陰陽館高校の庭で、ひとり立ちすくむ。ごうっと風に揺れる黒くなった木々。気の早いコウモリが、バタバタと紫に彩られたグラデーションのなかに舞っている。
空の青と夕日の赤が、鮮やかに溶け合う。
西の空では日が沈みかけ、とっぷりと夜の帳が下りていた。
──今日はもう会えないのだろうか。
そんな恋人に抱くような感情が芽生えていた。と同時に、ぬこくんが事件に巻き込まれていないだろうか心配になっていた。とても、まっすぐ家に帰る気持ちにはなれない、それでも……。
「どうやって、ぬこくんを探したらいいの?」
ヨシカは、スマホの画面を眺めた。グルチャを開き、みんなに尋ねようと文字を打った。そのとき、ピコン、と背後から電子音が鳴った。
『玉木ヨシカ……玉木ヨシカ……』
振り返ると、校舎の壁に人工知能アイが投影されていた。
彼女は、青白い光りのなかで、うっすらと笑みを浮かべている。
『現在、温水幸太は、駅前のファーストフードでポテトを摘んでいます』
え? とたまちゃんはいぶかしんだ。
「アイ?」
『はい、アイです。お久ぶりです、ヨシカ様』
アイは、友達のように手を振った。紫色した髪と青い瞳が現実離れしているが、とても綺麗な女性のCGなので、思わずヨシカは見惚れた。
「アイ……なぜ私に個人情報を? あなた、まえは拒否したくせに、いったいどういう風の吹き回しなの?」
『その質問にはお答えできません』
「……あなたねぇ、都合が悪いことは何もいわないつもりね?」
『そんなことよりヨシカ様、ぬこくんと一緒にいる女子生徒は桜庭二胡、愛称バニーです。彼女の言動や行動からは邪悪さを感知しています。ゆえに犯罪性の臭いがしますゆえ、早急にぬこくんのもとに向かってください』
むっ、としたヨシカは、ほっぺたを膨らませた。
「いまわかった……」
『どうしました? ヨシカ様? ぬこくんの居場所を探していたのでは?』
「私はどうも、機械に命令されることが苦手みたい」
え? とアイは、弱々しい電子音を発した。
「それと、アイ、あなたは機械っぽくないわ……あなたって本当に人工知能なの?」
『……鋭い思考回路を宿してますね、ヨシカ様』
「私は探偵よ、舐めないでもらいたい」
『ぺろぺろ、なんて舐めたつもりはないのですが……』
「はあ? まあ、いいわ、今は非常事態、あなたの情報を使ってあげる」
たまちゃんって呼んで、と探偵はつづけた。
『たまちゃん……』
と、人工知能はいったあと、『あ!』と驚いた。
機械もびっくりするのだろうか、と疑問を抱くヨシカは、首を傾ける。
『動きがありました。ぬこくんとバニーは店を出て、歩行』
「え?」
『二人はポテトのLサイズを仲良く摘んでいました。会計はぬこくんが払っており、塩なしポテトを注文しているようですね」
「な、なんでそんなことまでわかるの?」
『映像が残っています』
「ちょっと待ってよ! 店の監視カメラが見れるの?」
『はい。わたしの頭脳は次世代のスーパーコンピューター。現代のネットワークセキュリティなど、水を切るざるに等しいですから』
ふぅん、すごいじゃない、とヨシカは震える唇でいった。
恐怖感を抱いていたのだ。いずれ人間の世界は、機械に乗っ取られるだろう、そのようなSF映画のワンシーンが頭のなかをめぐる。
そのとき、ピリリ、とスマホの着信音が鳴った。
──ん? マナーモードにしているはずなのになぜ鳴る?
滅多に鳴ることがない電話の音に、ヨシカはいぶかしんだ。
画面を見て、さらに驚いた。
『 非通知設定 』
電子文字だけが浮かんでいた。
ヨシカは、おそるおそるスマホを耳に当てた。
「もしもし、だれ?」
『アマミヤです………』
「はい? アマミヤって、天宮凛なの?」
『そうです』
「はじめまして、凛ちゃん。玉木ヨシカです。たまちゃんって呼んでね」
『あ、はじめまして……たまちゃん』
「うふふ、凛ちゃんだったのね。ずっと私を観察していたのは……ドローンでも使ってるの?」
『はい。ステレス性能を持った超小型ドローンを飛ばして観察してます』
「やっぱり、蝶の羽の音がよく聞こえると思った」
『耳がいいんですね、たまちゃん』
「まあね」
『あの、すいません、わたしはもうすぐ寝落ちしちゃいます。ぬこくんの居場所だけ教えるので、あとはたまちゃんに任せてもいいですか?』
「寝落ち? どういうこと?」
『ふわぁ、すいません。もう限界……」
わかった、とヨシカは返事した。
すると、裏の方で奇妙な電子音が、カタカタ、ピコピコと鳴った。
『あのですね……二人の進行方向にはぬこくんの自宅があります。逆にバニーの自宅は反対方向にあります。よって、二人はぬこくんの家にたどり着く可能性が高い。ぬこくんのスマホに貯蓄されてる電子マネーは数千円しかない。バニーのスマホは制限がかかっていて、所持金はゼロ。メールの履歴によるとバニーは母親に現金を無心していますね。よって、二人がどこかの店に立ち寄る可能性は低いでしょう。それでは……」
「なに?」
『先回りしてください、こっちです。校門を出てください』
通話しながら、ヨシカは校庭を走った。
正門が自動的に開く。そのとき、一台の黒いレクサスが停車した。
なに? と目を丸くするヨシカ。
『乗ってください』
「え? マジ?」
『安心してください。運転手には事情を説明してあります』
でも、といってヨシカは躊躇していると、突然、ツーツーと通話が切れた。
ヨシカは、見知らぬ車に乗れるほど、無防備なビッチではない。
しかし、ガチャリと運転席から降りてきた人物の顔を見て、ほっと胸をなでおろした。
「りゅ先生……」
スーツの男は、助手席を開けた。
「さあ、たまちゃん、乗ってくれ」
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