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第七章 歌声を滅する

2 4月8日 14:43──

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『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす』

 平家物語である。
 AI教師の美しい声が教室じゅうに響きわたるが、生徒のだれもが聞く耳を持たない。少年少女たちの関心は、仮想空間で繰り広げられる、推理バトルに注がれていた。

委員長
『授業中ですが、やむを得ません』
『@たまちゃん 犯人がわかっているような口ぶりでしたね」
たまちゃん
『ども、仮想探偵です』
『@委員長 ええ、ほぼ特定できています」
ゆりりん
『だれ?』
たまちゃん
『守秘義務があるのでいえません』
委員長
『@たまちゃん あなたって本当にJK?』
たまちゃん
『@委員長 はい! JKです』
エリザベス
『オーホホホ!』
『犯人はどうやって飲み物に毒を入れたのかしら?』
『最大のミステリーですわぁ』
ゆりりん
『え! 毒? やばぁ』
バニー
『毒なら即死だよ、餅つけ!』
ゆりりん
『たしかに~タラバガニ~』
エリザベス
『草が生えますわ~』
委員長
『みんなふざけないでっ!』
ナイト
『ロックが救急車に乗って運ばれたぞ』

 ピーポーピーポー
 
 窓の外からサイレンが、遠くのほうへと離れていく。
 2Aの教室は一階にある。
 窓の外から見えるのは、小さくなっていく白と赤にペイントされた四輪車。狂ったように明滅させるランプが、自動的に開いた校門を抜けていった。
 
──曇りか……。

 今日の天気は曇りで、わたしはなんだか元気がでない。どんよりとした重たい空気のなか、降水確率が気になっていた。雨が降ったら、蝶のように、わたしは飛べない。


委員長
『@ナイト ありがとう』
『話を戻します』
『ロックのボトルは暗証番号付きのロッカーにしまってあった』
『@たまちゃん 犯人はどうやって薬を入れたの?』
たまちゃん
『簡単なことです』
『ロッカーの暗証番号を解読して開錠し、ボトルのなかに薬を入れる』
バニー
『@たまちゃん だれが犯人?』
ナイト
『あ、犯人わかったかも』
『ぬこ氏だな! ロックのエチエチ画像を送っているから!』
ゆりりん
『www』
エリザベス
『@ぬこくん 下僕ならまず主人の私を襲いなさいよ!』
バニー
『www』
ぬこ
『はあ? いやいや、俺はなにもやってない』
『ロッカーの番号だって知らないし』
たまちゃん
『@バニー 犯人の名前はいえません』
『ですが、ロッカーの暗証番号は誰でも解読可能です』
委員長
『@たまちゃん 解読可能ってどういうこと?』
たまちゃん
『ロックは左利きです』
『左手でタッチペンを握っていたのを確認しています』
『その爪はつねに磨かれていました』
『ギターを弾くためです』
『つまり、指先には微量な爪の粉末が付着している』
委員長
『ということは!』
ゆりりん
『ウソー』
バニー
『マジか!』
ナイト
『え? どういうこと?』

 わたしは、ロックのロッカーに近づいた。
 だが堅く閉ざされたまま、特に何も変わった様子はない。たまちゃんがいうには、暗証番号のボタンに爪の粉末が付着してるらしいが、むぅ……わたしにはまったくわからない。

──たまちゃん、彼女はすごい……。

 教室の生徒たちは、手もとのスマホに目を落としていた。
 陽キャも、陰キャのオタク男子も腐女子も、平民の女子も平凡な男子も、みんなたまちゃんの推理に夢中だった。
 
たまちゃん
『犯人はぬこくんではありません』
『それと、ぬこくんがこの画像を送ったのかどうかも、信ぴょう性にかけます』
ナイト
『なんでだよ!』
バニー
『送信者はぬこくんだよ』
エリザベス
『ぬこくん、こんな卑猥な盗撮をするなんて……』
『エロい女体を見たいのであれば、私が脱いであげるのに』
ゆりりん
『エチエチwww』
バニー
『いいぞー! 脱げ脱げー!』
委員長
『ちょっと待って!』
『メンバーが増えてる!』
バニー
『あ、ほんとだ』
『メンバー人数31』
ゆりりん
『? もともと何人だっけ?』

 ウィン、と扉が開いた。
 ナイトが立っていた。すっと教室に入ると、

『30人だ』

 といって、手もとのスマホを掲げた。
 ピコン、と電子音が鳴り響く。
 
『内藤くん、席についてください』

 AI教室に注意されたナイトは、
 
「はーい」

 といって椅子を引いて座った。机のタブレットに触れて授業を受けるスタイルを作るが、目はスマホに落ちたまま、文字を打つ。
 
ナイト
『メンバーが31人になってるぞ!』
エリザベス
『あら~ぬこくんが二人いますわ、どういうことでしょう?』
ゆりりん
『陰分身の術?』
バニー
『クローンかも?』
委員長
『@ぬこ @ぬこ どういうことですか?』
ぬこ
『知らないよ』

 もう一方のぬこからの返信はない。ぬこと名付けられたアイコンふたつは、両方ともサッカーボールを貼りつけたものだった。だが、やがてしばらくすると、沈黙していたぬこのアイコンが変貌した。
 貼ってあるのは、禍々しい鎌を持った死神タナトス。
 おいで、おいで、と闇に誘うかのような画像で、そいつからメッセージが受信された。
 
タナトス
『陽キャを滅する!』
『王子、ロック、バニー、ナイト、ゆりりん、エリザベス、委員長、ぬこ』
『おまえらが天宮凛にしたことは』
『絶対に許さない!』
『覚悟しておけ!!』

 それらのメッセージに既読が28ついたところで、タナトスはグルチャから消え、当然のようにぬこのアイコンはひとつだけになった。つまり、タナトスは退室したわけだが、いったい誰がこんなことを? 
 わたしは、タナトスの送信元まで飛んでみたが、強力なファイヤーウォールに妨害されてしまった。うーん……。

──こんなことができるのは、ヘルメスしかいない。

 陽キャたちの顔が、みるみるうちに青くなっていく。
 死神タナトスが、いよいよ復讐の鎌を振り下ろしたというわけか。
 わたしは悩んでいた。
 
──陽キャを助けるべきかどうか……。

 うーん、しばらく様子をみよう。今のところ王子もロックも命に別状はないし、むしろ、滅されたほうが、彼らの未来は明るくなるような、そんな気がしてならない。

「俺は、陽キャじゃないんだけど……」

 ぬこくんは、ボソッとつぶやいた。
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