21 / 42
第五章 AIシャットダウン
1 4月6日 16:10──
しおりを挟む「イケボ……よき……」
玉木ヨシカは、AI教師の流暢な英会話にうっとりしていた。
英語は何をいっているか、ぜーんぜんわからないが、心地いい声音が耳をくすぐり、たいくつなはずの授業も楽しめた。これなら英語の成績は、あがるかもしれない。
教室を見回してみても、居眠りをする生徒はいなかった。みんな真剣に授業を受けている。そのなかで、温水幸太はタッチペンを走らせていた。英語をリスニングして翻訳しているのだろう。将来の夢は海外で活躍するサッカー選手だけあって、語学を身につけたい気持ちがうかがえた。
──ぬこくんって勉強もできるんだ……。
ヨシカは、ぬこくんに関心を寄せていた。
なぜなら彼は女子たちから虐められている。それと同時に、王子を転落させた犯人として疑われているからだ。家業が探偵であるヨシカは、とても正義感が強い。よって、このような状況は放っておけないし、脅迫状を陰陽館に送りつけた人物を調査するためのパートナー。つまり相棒に、ぬこくんはうってつけだ。そう考えていたのである。
──ぬこくんと友達になろう。
ヨシカは、ふふっと微笑みを浮かべた。
キンコンカーン、鐘の音が鳴る。
すべての授業が終わった。
浮つく教室の喧騒。帰り支度をする生徒たち。かたや、逆にいつまでも教室に居残る生徒がいる。そのなかで、AI教師のもとに集まる女子生徒たちが数名いた。彼女たちは指先で、ぽちぽちとAI教師の髪や身体に触れている。
「きゃはは、先生ってかわいいー」
「触っちゃお~」
「うふふ」
彼女たちは、等身大のイケメンCGがどんな反応をするのか楽しんでいるようだ。まるで、ペットの犬と戯れて遊んでいるかのように。
『先生に触ってはいけません』
困り顔のAI教師は注意をする。
だが、女子生徒たちはやめる気配はない。むしろ、興奮している。ヨシカも満更でもなく、頬がゆるむ。
「いいじゃん、いいじゃん」
といって女子生徒たちは、イケメンCGを、ベタベタとタッチする。
『あっ、そんなとこ触っては、ダメですよっ! あっ』
イケボの裏返った声を聞いて、さぞ気持ちがいいのだろうか。
「かわいい~」
女子生徒たちは歓喜の声をあげた。
するとそこに、ポニーテールの女子が近づく。背が高くてスポーティーだが、眼鏡をかけており知的な印象もある。動物の群れにボスがいるように、生徒の群れにも“学級委員長”というボスがいるのだ。ヨシカの背中に緊張感が走った。
「やめなさい、あなたたち。指紋がつくからお掃除ロボットの仕事が増えるじゃない」
しゅん、とする女子生徒多たちは肩を落とした。
ごめんなさい、委員長、とひとりの女子がいって頭をさげると、他の生徒も頭をさげた。委員長は、にっこりと慈悲深い笑みをたたえながら、
「触るなら自分の彼氏にしなさい」
なんて冗談をかますから、女子たちはケラケラと爆笑した。
「彼氏なんていないよ~」
と、やんわり否定する女子たち。
委員長は、あら、と首を傾けると、横から、オーホホホと笑い声があがる。
「あら、平民のあなたたちは、ネット上に彼氏がいるじゃなくって?」
オーホホホ、と高笑いをするのは西園寺絵里だ。右手のこうを口もとにあてている。なんだか貴族みたいで、髪型が金髪ドリルなのは、言うまでもない。
──癖が、強いなあ。
ははは……と苦笑いを浮かべるヨシカだったが、エリザベスの平民という言葉が気になった。たとえ貴族っぽいとはいえ、クラスメイトのことを平民などと呼ぶのは、いかがなものか?
差別的な言葉であることは間違いない。だが、ここは郷に入っては郷に従えの精神でいこうと考えた。生徒たちの名前は、愛称で呼ぶことにする。
「AI彼氏なんてまだやってるの?」
桜庭二胡、愛称バニーが、平民女子たちに訊いた。
やってます、と答える女子もいたが、首を振る女子もおり、反応は半々。いまだに需要はあるのだろう。
──AI彼氏か、懐かしいな。
AI彼氏──数年前に流行った恋愛シュミレーションアプリ。理想の男性像をいくつかのジャンルから選択し、彼氏となるアバターをカスタマイズする。そのあとはデートしたりイチャラブして擬似恋愛を楽しむことができるゲームだった。社会現象としては、スマホの画面をタッチすれば、いろいろな反応をするイケメンCGに、きゅんきゅんする女子が急増した。課金をすれば、エッチなこともできるらしい。
──私はやったことないけど……楽しいのかな?
と、ヨシカは心のなかで疑問を抱いた。
「ゲームに恋するなんて陰キャだけかと思った~」
ぴょんぴょん、と跳ねる女子。別奈ゆり、愛称ゆりりんがそういうと、委員長が、「現実逃避は、ほどほどにしてください」といって平民女子に向かって微笑みかけた。
はい、という平民女子はバックを脇に抱え、そそくさと教室を出ていく。すると、AI教師が、ぱっと姿を消した。生徒たちなどの動く物体が周辺にいなくなると、センサーが感知して自動的に消えるシステムなのだろう。
するとそのとき、グヒヒヒ、という不気味な声が響いた。
──なに?
眉をひそめたヨシカが、おそるおそる不気味な声がするほうを見ると、三人の男子がひとつの机を囲って座っていた。彼らは、デブにチビにハゲという特徴を持っていた。
机の上にはタブレットがあり、なにやら動画を視聴しているようだ。映されている画像は、美少女戦士っぽいアニメ。彼らは、それを神にでも拝む信者のように見つめていた。
「グヒヒ、このアミュちゃんのコスがさ~、たまランチセットなのである~」
「そうであろう、そうであろう」
「神回っすな~」
──げっ、オタク?
正直、気持ち悪かった。
いたいた、クラスにこういう人たち、とヨシカは思った。かたや、他の男子生徒たちは部活動があるのだろう。バックを抱え、教室から出ていく。ぬこくんもその集団のなかに混じって消えた。ヨシカも、そろそろ移動しようと席を立とうとした、そのとき。
「な~に教室で見てんのよっ! 気持ち悪りぃ陰キャどもがっ!」
そう叫んだのは、バニーだった。
彼女は、ガシャッと足の裏で机を蹴った。ストレスの発散をしたいのだろうか。しかし、席に座る男子生徒があまりにもデブなので、バニーは弾き返されて、すっ転んだ。
「いててて……」
尻もちをついたバニーのスカートがめくれ、あわやレースの下着が、チラッと見えていた。
「バニーちゃんのおパンツは白なのである……」
「そうであろう、そうであろう」
「おお、神よっ!」
みるなー! と叫んだバニーは、ささっと立ちあがった。顔はまっかで、プンスカと拳を作っているが、見た目が可愛いから怖くもなんともない。オタク男子たちは、ニヤニヤ笑いながらバニーのことを見ていた。
グヒヒヒ、なんとも気持ち悪いオタク特有の笑い声。
それと混ざるように、くすくす、とかすかに別の笑い声が聞こえてきた。
ヨシカの耳はいい。
生まれつき、聴力がずば抜けていいのだ。探偵業にもそれは役に立っている。猫を探すときなど、非常に重宝する。
「あの子たちか……」
耳をすますヨシカ。
さっと振り向くと、教室のうしろのほうでかたまる女子生徒がいた。彼女たちは三人いて、開けられたロッカーのなかをのぞきながら、ニヤニヤと笑っている。
ちなみに、ロッカーの大きさは駅などによくある中型のコインロッカーくらいで、クラスの生徒人数ぶん三十台がずらりと並んでいた。セラミック加工された滑らかなデザインで、高校生の貴重品を保管する箱にしては贅沢すぎる。
「ああん、イライラするぅー! おいっ腐女子っ!」
バニーの大声に、びくっと肩を震えわせる女子四人は、さっとロッカーを閉めた。
──おや? 何かマズイものでも入っているのだろうか?
バニーちゃんおこ? とゆりりんが訊いた。
「おこだよぉ! プンプンっ!」
「こわいこわい……ぴえん」
目を潤ませるゆりりん。
彼女の精神年齢は背の低さに比例しているようだ。仕草や言葉使いなどから察するに、まだ小学生くらいだな、とヨシカは思った。ぴょんぴょん、と跳ねるゆりりんはうさぎみたいに、さっと委員長の大きな身体の裏に隠れている。
──おや?
ゆりりんの手がどさくさに紛れて委員長のお尻を、さわさわと触っているのを、ヨシカは見逃さなかった。痴漢を捕まえるときに培った眼力が、今まさに冴えているのである。
──ゆりりんって百合っぽい……。
「ぜんぜん、こわくねえ」
そう横から口を挟むのは、内藤翔也、愛称はナイト。
彼は、布に巻かれた竹刀を背負っていた。剣道部に所属しているのだろう。ツーブロックの髪型が男らしく、身体のつくりも大人びて見えた。
「うっせぇわ! ナイトぉ!」
さっとバニーはナイトの背後にまわると、えいっとばかりに竹刀を奪った。
「おい、返せ!」
と、ナイトは腕を伸ばすが、バニーは意外と素早かったので、空振りにおわる。剣を奪われた剣士ほど、滑稽なことはない。
それにしても、ナイトは道場に竹刀を保管できなかったのか? なぜ竹刀を持ち歩いているか謎めいている。もしかしたら彼は、武器を手放せない中毒症状があるのかもしれない。快楽殺人者に、ありがちな傾向だ。
「ははは、ナイトのバーカ」
笑い、飛びあがるバニー。
返せっ! とナイトは食いつく。
バニーは、腐女子たちに近づくと、えいっ! と竹刀を振った。
「おい! 腐女子……ロッカーにあるものをだせっ」
ひぃっ、と変な声をあげる三人の女子。
彼女たちは、腐女子といわれるだけあって、ずっと下ばかり向いている。
「はやくっ!」
と、バニーに脅され、腐女子のひとりがロッカーに手を伸ばす。ぐるぐる天然パーマの少女。その爪にはくすんだピンク色のジェルネイルが塗られていた。地味な腐女子にしては、そこだけ妙におしゃれな印象を受けた。
──可愛らしいネイルしてる……。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる