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第四章 りゅ先生

6 4月6日 13:20──

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 りゅ先生と陸奥教頭は、中央監視室から出た。
 
「じゃあ、信用できる生徒を連れてきますよ」

 りゅ先生は、廊下を歩きはじめる陸奥に告げた。
 陸奥は振り返ることなく、ジャケットのポケットに手をつっこんでいる。湾曲した猫背をさらに丸め、皮肉たっぷりに、くくく、と笑う。
 
「はい、それが手っ取り早いでしょう。生徒が見れば、怪しい少女が誰かわかるかもしれない」
「はあ、なんかすいません。自分から監視カメラの視聴をお願いしたのに……」
「あはは、そうですよ。先生が生徒を見てもわからないなんて、情けない」
「すいません。まだ赴任して一ヶ月も経っていなくて……」
「まあ、しょうがないじゃないですか? 髪の毛で顔が見えなかったし、おそらく警察だって人物を特定するのは難しいと思いますよ」

 ですよね~、とりゅ先生はいって胸をなでおろした。
 
「じゃあ、また連絡ください」
「わかりました」

 二人は別れた。
 陸奥は、エレベーターに乗って下に降りていく。掃除ロボットの整備にいくのだろう。手には工具箱を持っていた。
 かたや、しばらくぼうと立っていたりゅ先生だったが、ふと顔をあげて歩きだした。向かったさきは屋上への階段。しかし、違和感を抱いたのか、はっと目を丸くした。
 
「なんだこれ?」

 一台のロボットが階段の下で移動していた。
 シュシュシュシュ、と吸引する音を立てて床を磨いている。掃除ロボットは、接近してくるりゅ先生をセンサーで感知するなり、緑色の目を、キュインと赤く点滅させた。
 
「ソウジチュウ! ソウジチュウ! ユカガ、スベリヤスイデス」

 え? いぶかしむりゅ先生は、腕を伸ばし、ロボットに触れようとした。
 
「サワラナイデ! ハナレテクダサイ! ユカガ、スベリヤスイデス」

 なんだよ、といったりゅ先生は不機嫌そうに、チッ、と舌打ちした。
 
「子どもの生徒ならロボットのいうことを聞くだろうが、あいにく俺は大人なんだよっ!」
 
 さっと走りだすりゅ先生は、掃除ロボットを長い足でまたぐと、トントンと駆け足で階段を上がっていく。
 踊り場にさしかかった。王子が倒れていた場所だ。
 その瞬間、ああんっ! と、女のあえぎ声が響いてきたので、はっとしたりゅ先生は、さらに階段の上を見あげた。
 
「な、なにやってる?」

 そこには、抱き合う男女の姿があった。
 男の髪の色は、くすんだピンク色で、群青のスカートのなかに手を入れてまさぐっている。純白の下着が、ちらりと見えていた。脱がせようとしているようだが、突然、りゅ先生から声をかけられ、ピタリと手の動きがとまった。
 かたや、女のほうは感じすぎており、顔を真っ赤にしたまま、ガクブルに震え、立っているのがやっとのもよう。
 
「りゅ先生? なんでここに……」

 男子生徒はロックだった。
 ふぅとため息を真上に吐き出し、目にかかる灰桜色の前髪を払う。
 きゃっー! と女子生徒は叫んだ。
 と同時に、さっと制服の乱れを整えて走りだす。ワイシャツの上のボタンが外され、ぷるんと揺れるおっぱいと、その柔らかさを包み込む白いレースのブラが、チラッと見えた。
 りゅ先生の顔が、赤く染まった。
 女子生徒は、ずっと下を向いて掛けていくから、顔がよく見えなかった。すっとりゅ先生の横を通りすぎたとき、
 
「滑りやすいからな~気をつけろよ~」
 
 と、ロックの声が響いた。
 二人は校内で、交尾、するつもりだったのだろう。やれやれ、人間のオスとメスは場所も選ばず交尾する。いや逆に、刺激を求めていろいろな場所をあえて選んで、せっせとやっているかもしれない。
 ちなみに、動物や昆虫は外敵がいない場所を選んで交尾をすることが常識。たとえば、トンボは水面の上で浮遊しながら交尾をするほどだというのに、まったく。
 
「神楽、ダメじゃないか……学校で……その……」

 りゅ先生は、ロックに注意した。
 ロックでいいっすよ、といった少年はマッシュボブをかきあげ、乱れたワイシャツを整えはじめた。厚い胸板が男らしい。
 
──やだ……不覚にも少しだけドキドキしてしまう。

 かたや、りゅ先生は、首を振ってあたりを見まわしていた。
 
「ふぅん、なるほどな……」
「なに? りゅ先生、僕を退学にするのかい?」
「いや、校長の息子を退学させる力は俺にはない。感心していたのさ」
「え?」
「死角エリアと掃除ロボットの通行止めを利用したわけね、考えたなロック」
「……まあね」
「ロック、おまえはいつもこんなことをしてるのかい?」
「いつもってわけじゃない。女が欲情したときだけだよ」

 おいおい、とりゅ先生は後頭部をかいた。
 
「イケメンのセリフは格が違うな。一度でもいいから言ってみたいもんだ」
「ちゃかさないでよ、りゅ先生だってモテるくせに」
「なんだと?」
「りゅ先生のことが好きな女子たちいるよ。知らないの?」

 し、知るわけないだろ! りゅ先生は怒鳴った。
 あはは、とロックは笑いながら階段を降りてきた。
 
「王子はここで倒れていたらしいね」
「ああ、それについて俺は調査しにきたんだけど……ロック、何か知らないか?」

 犯人はあいつだろ、とロックは答えた。
 だれだ? とりゅ先生が訊くと、ロックは最後の段を大きく飛んだ。
 
「ぬこだよ」
「ぬこ?」
「ああ、温水幸太しか考えられない」

 え? まさか、といってりゅ先生が目を丸くしていると、キンコーンと鐘の音が校舎のなかに響いた。午後からの授業をはじめる合図だ。
 
「──授業にいきなさい、神楽六輔」

 りゅ先生に指示されて、「はーい」と答えるロックは階段を降りていく。残されたりゅ先生は、天井にある監視カメラを見あげた。
 
「王子を落とした犯人は、おそらく死角エリアを知っているやつだな……とても温水とは思えないが……」

 魚眼レンズは、鈍い光を放っていた。
 りゅ先生は、じっと監視カメラを見つめたまま、なにやら思考していた。
 
──りゅ先生は、何を考えているのだろう?

 おそらく、女子生徒の姿を思い出している可能性が高い。
 昨日、ぬこくんとともに探偵ごっこをしていた可愛らしく笑う女。
 突然、現れたどこか大人っぽい転校生。
 どこにも根拠はないが、どこか心惹かれるものがあるのだろう。
 やおら、りゅ先生は口を開く。
 
「あの子なら信用できそうだな、たまちゃん……」

 探偵の名前をつぶやいた。
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