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第一部 春

12 かわいい弟系男子 シエル・デトワール

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 現実ではありえないことが起きる。それが乙女ゲームの世界。
 こんなふうに突然、かわいい系のイケメン男子の声が聞こえてくることもある。耳を傾けると、言っているセリフが、ちょっとミステリアスで面白いから笑ってしまった。
 
「君はいらない……君もだ……君も君も……ああ、なぜ美しい価値のあるものには、いつも邪魔ものがはびこるのだろう。おお、神よ。なぜ美の追究は痛みをともなうのだろう?」
 
 わたしはルナとロックの三人で顔を見合わせた。
 声のするほうを見ると、少年が花壇で這いつくばって草をむしっていた。
 その草は花に絡みついて絞め殺す悪い草。わたしも見つけたら、ぶちっと引っこ抜く。でも、こんな小さな双葉のうちから目を光らせることはしない。つまり、この少年は何か嫌なことがあって、その腹いせに草の駆除をしている。

 まあ、何があったのかは、わたしには察しがついているから、あまり心配はしていない。

 それよりも、なぜロックがいる状態で、このイベントが発生するのだろう。
 
 わたしもいるし。うーん、解せない。

 本来のシナリオであるならば、ルナが一人でいるときに発生するべきだ。でも、わたしは実際にゲームプレイしてないので、この軌道が間違っているのかどうかの判断がつかめない。もしかしたら、乙女ゲーム的には別にいいのかもしれない。うーん、なんともあやふやな、ふんわり感がある。まあ、とりあえず流れに身をまかせてみるとしよう。
 
「いらない、いらない……美しいもの以外、この世にいらない!」

 少年はあいかわらず、草をぶちぶち引っこ抜く。
 こんな謎めいたセリフをつぶやく少年は、この乙女ゲーに一人しかいない。
 
 彼の名前はシエル・デトワール。
 今年度から学園の仲間になった新一年生だ。
 国家宗教プリエール教の教皇でもあるフーマ教皇の一人息子。
 フルール学園高等部一年生として所属。
 
 世間からは、なぜフーマ教皇の溺愛する一人息子が、普通科のパルテール学園に入学したのか誠に不思議でならない。シエルならプリエール宗教学校に行くべきだろうと噂されている影の実力者だ。例えるならば、東大理工学部に行くべき人が、京大文学部に行くようなものだ。
 
 しかしながら、その事実を知っている者は少ない。
 わたしの実家は花屋なので、教会の花飾りなどの仕事の手伝いをしていた。よって、シエルとわたしは、幼いころから家族ぐるみの付き合いだった。
 
 
 十年前、初等部のころの話だ。
 わたし、ソレイユ、ロック、シエルの四人でよく冒険の旅だとか豪語して遊んでいた。その冒険はとてもシンプルなもので、公園の裏手にある教会に行ってラスボスである神父さんのお尻を叩いてやっつけて、公園に凱旋するというものだ。

 ソレイユは爽やか勇者、ロックは屈強な戦士、そして、わたしは魔法使いで、シエルは僧侶だった。でも、シエルは小さなときから少し変わっていて、僕は錬金術師がいいです。なんて難しいことを言っていた。そのたびに、ロックからうるせーな小僧は、などとなじられ、ソレイユからは博識ですね、なんて褒められてデレる幼児のシエルがいた。
 
 結局、神父さんのお尻を叩いて怒られるのは、いつもシエルだから損な役回り。なぜなら神父はシエルの父親であり、十年後にはフーマ教皇になる人物なのだから驚いてしまう。まあ、この乙女ゲームはキャラの設定が深いところがあるので、やり込み要素は満点。さらに、わたしはシエルから意味深な告白を受けていたことを思い出した。
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