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第一部 春

2 わたしは乙女ゲームのモブ

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 あれ?
 
 でもでも、ちょっと待って、メインのイケメン攻略対象者から一人を選ぶなんて……ヤバい!
 
 わたしにはできない!
 
 だって、わたしはまだ男子に恋したことがないから、好きな人を選ぶなんてマジで無理、無理。

 友達は、とりあえず乙女ゲームなんだから適当に恋愛擬似体験をして練習しなさい、なんて言って背中を押すようにパル学を貸してくれたけど、結局プレイはできなかった。とほほ。

 予定では、学校から家に帰ったら夕飯とお風呂をすませ、学習を終わらせたあと、まったりとイケメンボイスを堪能しようと思っていたのに、それなのに、まさかプレイするまえに乙女ゲームのモブになってるって、

「どういうことなのぉぉぉぉぉ!」

 おもわず、わたしは叫んで立ち上がってしまった。
 
 ヤバ! 
 
 きょとんとする壇上の学園長。髪のない頭が照明に反射して光っている。無駄に長いスピーチを止めてしまった。わたしの叫び声のせいで、式典はしーんと静まり返っている。気がつくとわたしは、みんなの注目のまと。
 
 しまった……。
 
 大人しいマリにはあり得ない行動をしてる、わたし。
 こ……これはマズイ。どうしよう……。
 ええい、逃げるは恥だが役に立つ!
 とっさにわたしは走り出し、始業式をほったらかして式場から外へ出た。

 パルテール学園庭内を歩いていると、風のなかに春の匂いがした。とても爽やかで清々しい。

 本当の自分。

 高嶺真理恵の記憶を取り戻して嬉しい気持ちになる。
 でも、なんでマリエンヌ・フローレンスになってるのだろう、わたし……わけがわからない。
 
 あれ? 

 そもそも、わたしはどうやって乙女ゲームに入ったのだろうか? 

 たしか……高嶺真理恵のときにわたしは……ん?

 高校の花壇に水やりをしていたような……え?
 
 うーん、困ったことに、そこからはっきり思い出せない。
 
 何か重大な事件に巻きこまれたような気が……はっ!

 ふと、頬に冷たさを感じた。

 気づくと、わたしは蒼穹を仰いで泣いていた。
 目からは涙がこぼれ落ちて大地に小さな泉を作っている。
 あれ? なぜ?
 悲しくもないのに涙が止まらない。この感情はなに?
 わたしはいきなり高嶺真理恵の記憶を取り戻した。
 それにより、マリエンヌの精神が不安定になっているのだろうか?
 ううう。わからない。
 どうしよう。感情が定まらない。
 マリエンヌはわたしなのに……。
 
 そうよ……わたしはマリエンヌ。
 
 つまり、マリエンヌはモブキャラ。
 ヒロインが登場したことで、恋が実らないことを知って泣いているのかも……。
 
 あ!

 もしかしたら、ソレイユのことが好きだったのかもしれない。

 恋なんかしなきゃよかったのかな?

 ごめんね、マリエンヌ。

 わたしはまだ恋をしたことがないから、失恋した気持ちがわからない。
 それでも、どこかで期待していることがある。
 大団円EDを迎えたあとなら。
 マリにもイケメンと付き合えるワンチャンが、きっとあるはず。
 なるほど……だんだん、高嶺真理絵の記憶が蘇ってきた。
 
 そう、わたしは……。
 
 わたしは乙女ゲームのモブ、花屋の娘、マリエンヌ・フローレンス。主人公ではない。
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