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薄金
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源氏の私的な家族関係へ安易に介入したくない本陣の警備役たちは、険悪になりつつある義家父子に関わらないよう、じりじりと距離をとって知らぬ存ぜぬの体を保っている。
忠言をもって仲裁し、彼らの頭に冷や水を浴びせたとしても、三人はそれぞれ冷静になるどころか――己をわきまえずに首を突っ込もうとする者へ、強烈な嫌悪感しか抱かないだろう。
無益というより、誰にとっても有害でしかない。
源氏の次代は義忠に決まっており、この場の義宗や義親は徐々に主家から遠ざけられ、孫の代には自分たちと同じく源氏の郎党になるのだ。恩を売るのに値しない。
ましてや下手に介入すれば、この場の三人どころか、次代当主の義忠さえもへそを曲げてしまう。自分の地位を脅かす存在は、現当主の不興を買うのが望ましい流れだ。
ただ難しいのは、源義忠という現在七歳の少年が、不死の存在ではないという一点。
この時代の子供が青年期に達するのは五分五分である。
義家の年齢は四十代半ばであり、急に病にかかって再起が困難になるのも可能性としては小さくない。
家を継げない郎党の次男坊や三男坊にとって、千載一遇の好機でもあり、次期当主の可能性を辛うじて残している義宗か義親の一方へ肩入れし、その側近として自分の地位を固めたい。
それが持ち場へ戻る決断も出来ないまま、事の成り行きを陰から注視している彼らの心境だろう。
だからこそ、輪になった彼らの横を平然と歩いて行く男の存在に反応が遅れた。
その男は場にそぐわない盛大な笑顔で、義家に語り掛ける。
「これはこれは。源家の棟梁は、ちとご機嫌が悪いと見える。お邪魔のようでしたら、改めて出直して参りましょうか」
――ああ、薄金か
皆一斉に、男の顔へ視線を集中させ、そして着用している甲冑で男の全てを悟った。
彼の甲冑は源家の秘宝である源家八領の一つ、源家の棟梁のみが着用していた「薄金」
並みの勇士に易々と与えられるものではなく、同じく秘宝の「盾無」は、後年戦国大名の武田氏によって神格化までされている。義家は少し頭を冷やしたのか、
「よい、伴次郎。貴殿がわざわざ参られたのであれば、無駄な話では無かろう。お前たちはもうよい下がれ」
義家は早々に息子たちを追い出すと、床几を用意させて伴次郎――伴助兼をいざなって自身も腰を下ろした。
退出する義宗と義親の視線にはそれぞれ個性がある。
義宗の伴助兼を見る目は羨望に溢れ、尊敬と畏怖が交じり合っている。一方の義親は己の武勇に自負があり、粗暴な気質も相まって――『我らと対等を装って、源家の棟梁のみに着用を許された秘宝を盗んだ田舎者め』という悪感情がにじみ出ていた。
「御曹司。話の途中で申し訳ありませぬな。我は礼儀知らずの無調法者。ゆえに寛大な御心で許されよ」
客観的に見れば、助兼の登場は義家親子の関係性に、重大な亀裂が入るのを取りなす行為であるのは明らかである。
義宗は軽く会釈して早々に立ち去り、義親は借りは要らぬとばかりに唾を吐いてから、大きな足音を立てて兄の後へ続いて本陣から出ていった。
「して」
義家に耳打ちした助兼は早速話を切り出した。彼の身分は朝臣で、源氏の郎党ではなく、舅は義家と同格ともいえる大物の兵頭大夫正経なのだ。これほど親しく義家に近づける者など、この陣中で五指もいないだろう。
「今まで富を貪る不埒な長者らを、次々と平らげてきましたが、ちと面白い話を耳にしたのです」
助兼の言葉は、聴く者によっては皮肉と捉えられるだろう。義家が無辜の民たちを火で焼き払ったのは十や二十ではない。
彼は義家のような酷薄さを持たないが、かと言って己の故郷である三河国以外が荒らされようとも、毛ほどの感傷を持ちえなかったので、純粋に事実を語っただけである。
義家は微かに怒気をはらんだ表情を浮かべたが、問題はそこではない。
「この家の老人を尋問したところ、隣国の那賀郡で妙な噂が流れているようで……」
「どのようなものか」
果たして助兼の手に入れた噂は、源氏の今後を左右する重大なものだった。
「実は那賀郡の亘理家当主である『いかつち姫』という女が、黄金の鳳凰を二体所有しているとか。その姫は内政の手腕が非常に高い。それに加えて盗賊を度々退ける猛々しさも持ち合わせているらしく、民から雷神と称えられているそうですぞ」
義家は即座に叫び、
「でかした。貴殿の情報は薄金以上の価値を持つ。我が苦境を良く読み取ってくれた」
源義家は苦境の真っただ中にいる。
彼は陸奥守時代に清原氏との抗争――俗に言う奥州大乱に没頭していた。
だが本来の陸奥守の仕事は地方豪族の争いに介入する事ではなく、特産の砂金を朝廷に届けることだ。
彼は戦にかまけ、朝廷に砂金を届けるのを怠った。これが原因で朝廷の査定――「受領功過定」に引っかかり、陸奥守を罷免され、さらには奥州の戦いも私戦扱いにされようとしている。
――何としてでも金が欲しい。
彼が未納中の砂金を献上しない限り、今後の栄達はおろか、源氏に尽くして戦った者たちへ恩賞すら与えられない。源氏の中でも中堅の河内源氏である義家は、確実に没落の一途をたどるだろう。
そして、落ち目になった義家を黙って見過ごすほど、敵対関係にある武士たちは甘くない。
忠言をもって仲裁し、彼らの頭に冷や水を浴びせたとしても、三人はそれぞれ冷静になるどころか――己をわきまえずに首を突っ込もうとする者へ、強烈な嫌悪感しか抱かないだろう。
無益というより、誰にとっても有害でしかない。
源氏の次代は義忠に決まっており、この場の義宗や義親は徐々に主家から遠ざけられ、孫の代には自分たちと同じく源氏の郎党になるのだ。恩を売るのに値しない。
ましてや下手に介入すれば、この場の三人どころか、次代当主の義忠さえもへそを曲げてしまう。自分の地位を脅かす存在は、現当主の不興を買うのが望ましい流れだ。
ただ難しいのは、源義忠という現在七歳の少年が、不死の存在ではないという一点。
この時代の子供が青年期に達するのは五分五分である。
義家の年齢は四十代半ばであり、急に病にかかって再起が困難になるのも可能性としては小さくない。
家を継げない郎党の次男坊や三男坊にとって、千載一遇の好機でもあり、次期当主の可能性を辛うじて残している義宗か義親の一方へ肩入れし、その側近として自分の地位を固めたい。
それが持ち場へ戻る決断も出来ないまま、事の成り行きを陰から注視している彼らの心境だろう。
だからこそ、輪になった彼らの横を平然と歩いて行く男の存在に反応が遅れた。
その男は場にそぐわない盛大な笑顔で、義家に語り掛ける。
「これはこれは。源家の棟梁は、ちとご機嫌が悪いと見える。お邪魔のようでしたら、改めて出直して参りましょうか」
――ああ、薄金か
皆一斉に、男の顔へ視線を集中させ、そして着用している甲冑で男の全てを悟った。
彼の甲冑は源家の秘宝である源家八領の一つ、源家の棟梁のみが着用していた「薄金」
並みの勇士に易々と与えられるものではなく、同じく秘宝の「盾無」は、後年戦国大名の武田氏によって神格化までされている。義家は少し頭を冷やしたのか、
「よい、伴次郎。貴殿がわざわざ参られたのであれば、無駄な話では無かろう。お前たちはもうよい下がれ」
義家は早々に息子たちを追い出すと、床几を用意させて伴次郎――伴助兼をいざなって自身も腰を下ろした。
退出する義宗と義親の視線にはそれぞれ個性がある。
義宗の伴助兼を見る目は羨望に溢れ、尊敬と畏怖が交じり合っている。一方の義親は己の武勇に自負があり、粗暴な気質も相まって――『我らと対等を装って、源家の棟梁のみに着用を許された秘宝を盗んだ田舎者め』という悪感情がにじみ出ていた。
「御曹司。話の途中で申し訳ありませぬな。我は礼儀知らずの無調法者。ゆえに寛大な御心で許されよ」
客観的に見れば、助兼の登場は義家親子の関係性に、重大な亀裂が入るのを取りなす行為であるのは明らかである。
義宗は軽く会釈して早々に立ち去り、義親は借りは要らぬとばかりに唾を吐いてから、大きな足音を立てて兄の後へ続いて本陣から出ていった。
「して」
義家に耳打ちした助兼は早速話を切り出した。彼の身分は朝臣で、源氏の郎党ではなく、舅は義家と同格ともいえる大物の兵頭大夫正経なのだ。これほど親しく義家に近づける者など、この陣中で五指もいないだろう。
「今まで富を貪る不埒な長者らを、次々と平らげてきましたが、ちと面白い話を耳にしたのです」
助兼の言葉は、聴く者によっては皮肉と捉えられるだろう。義家が無辜の民たちを火で焼き払ったのは十や二十ではない。
彼は義家のような酷薄さを持たないが、かと言って己の故郷である三河国以外が荒らされようとも、毛ほどの感傷を持ちえなかったので、純粋に事実を語っただけである。
義家は微かに怒気をはらんだ表情を浮かべたが、問題はそこではない。
「この家の老人を尋問したところ、隣国の那賀郡で妙な噂が流れているようで……」
「どのようなものか」
果たして助兼の手に入れた噂は、源氏の今後を左右する重大なものだった。
「実は那賀郡の亘理家当主である『いかつち姫』という女が、黄金の鳳凰を二体所有しているとか。その姫は内政の手腕が非常に高い。それに加えて盗賊を度々退ける猛々しさも持ち合わせているらしく、民から雷神と称えられているそうですぞ」
義家は即座に叫び、
「でかした。貴殿の情報は薄金以上の価値を持つ。我が苦境を良く読み取ってくれた」
源義家は苦境の真っただ中にいる。
彼は陸奥守時代に清原氏との抗争――俗に言う奥州大乱に没頭していた。
だが本来の陸奥守の仕事は地方豪族の争いに介入する事ではなく、特産の砂金を朝廷に届けることだ。
彼は戦にかまけ、朝廷に砂金を届けるのを怠った。これが原因で朝廷の査定――「受領功過定」に引っかかり、陸奥守を罷免され、さらには奥州の戦いも私戦扱いにされようとしている。
――何としてでも金が欲しい。
彼が未納中の砂金を献上しない限り、今後の栄達はおろか、源氏に尽くして戦った者たちへ恩賞すら与えられない。源氏の中でも中堅の河内源氏である義家は、確実に没落の一途をたどるだろう。
そして、落ち目になった義家を黙って見過ごすほど、敵対関係にある武士たちは甘くない。
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