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第1部 風の担い手
第10話 幼馴染の葛藤と憂鬱
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『@HAYATO1013 モールの本屋と、あと限定のシェイクを飲もうって無理矢理誘われただけだ』
「………馬鹿疾斗、もうちょいマシな嘘をつきなよ。あのコンビニじゃまるで逆方向じゃない………」
疾斗からの適当な返信ぶりにがっかりする。普段から適当だけど、今回ばかりは自分の嫉妬心が嫌になる。
真っ暗な部屋で落ち込んでいるとドアをノックする音が聞こえてきた。
「弘美、御飯よ」
「ご、ごめんお母さん。お腹が痛いからいら……ない」
お腹なんて痛くない。本当に疼くのは胸の方だ。暫くの沈黙が重苦しい。
「わ、判ったわ。じゃあラップかけて冷蔵庫に入れとくからね」
少し寂しさの混じる返事を残し、お母さんが足音と共にいなくなった。
「ほ、他の子ならまだしも何で今日会ったばかりの転入生に負けるんだよ……」
本当に歯痒い思いで頭の中が一杯になる。お互い小さかったあの頃。家族ぐるみで花火大会を観に行ったことを思い出す。
私はまるで男の子みたいに一人木に登り、枝の上から花火を満喫した。下から心配そうに見上げるつつもどうにも出来ない疾斗を笑ってやった楽しい思い出。
「いっそ、私が男の子だったらこんな嫌な気分にならなかったのかな………」
天井を見上げながら在り得ないことを妄想する。ただの親友として隣にいられたら。もし疾斗に可愛い彼女が出来ても『うらやまだな、おぃ』なんてからかえたのだろうか。
───確かに爵藍さんって綺麗だと………思う。だ、だけど私だって、こ、こんなに………。
女の子じゃない、女として負けてるなんて思いたくない。だけどいきなり会って初日にバイクで二人乗り!?
「ズルい………ズル過ぎるよぉぉ。そんなモノ、私には絶対乗れないじゃないっ!」
私はテニス部員。元々は単に楽しそうだし、身体を動かすの好きだから………。そんな誰にでもある気楽さで入部した。
───でも、上手くなり過ぎてしまった。今週土曜は県予選、多分負けない………負けようがない。
その位、私に取ってテニスというスポーツは相性が良過ぎた。ただの楽しい部活動でなく『上を目指せ、全国だ。いずれは代表だ!』となどと無責任な声が私を楽しさから遠ざけた。
特にお父さんの熱量が凄い。『とにかく余計な怪我をするな、テニスにだけ集中しろ』と口うるさく言うようになった。
だからもし、今の私がバイクに乗りたいなんて言おうものなら物凄い剣幕で怒られるに違いない。
私が本当に欲しいものをきっと無自覚で奪ってゆくだろう。箒に乗って自由気ままに飛び回る魔女にすら思えてきた。
~~~
翌日、学校での朝。
珍しく逢沢は体調不良で欠席した。担任からは「季節の変わり目だから皆も気を付ける様に」といかにもらしい指示を受けた。
「おぃ、お前の嫁、大丈夫なのかよぉ………」
「だ・か・ら・逢沢は僕の嫁じゃないっての………大体何そんなに心配してんだ。アイツだってたまにくらい休んだって普通だろうが」
僕の肩を激しく揺すり、逢沢の心配を押し付けてくる此奴の名は『刈田 祐樹』腐れ縁の数少ない友達である。
此奴も僕と同じ、彼女いない歴約17年の大ベテラン。勉強も運動も下から数えた方が早く、如何にもモテない組組長って感じの野郎だ。
「疾斗ぉ、お前本当に心配じゃないのかよぉ……」
「はぁ? 一体何のことだぁ?」
綺麗処の弘美ちゃんが休んだとなれば、心配するのは当たり前。一見毎度の祐樹なのだが、今日は大袈裟が目に余る。少し目が潤んですらいる様に見受けられる。
「弘美ちゃん、今度の土曜、県予選だろう………風邪でもひいてたら試合に出れなくなるんだぞ」
それを聞いたら思わず眉をひそめてしまった。
「県予選? テニスのか?」
「当ったり前だろうが! 逢沢弘美って言えば県下で名前が轟く程の実力なんだぞぉ! まさかお前知らなかったのか?」
───知らなかった、本当に。まるで興味もなかったし。
「で、でも全国行けたりはしないだろ?」
「何言ってんだ此奴ぅ! 春の大会ですら準決まで行ったんだぞっ! しかも相手は3年で全国の常連。タイブレークまで追い詰めたんだぞぉ!!」
祐樹が僕の頭を拳でグリグリ責め立てる。それも大きな声で喚き散らすからクラスメイトまでどよめき始める。
それは隣の席、爵藍とて例外ではなかった。
「………その3年はもう引退だ。後は敵なし、我が校の逢沢弘美は全国大会筆頭なんだぜぇ………。ったく………呆れた奴だ」
「知らんもんは知らん、仕方がないだろ」
膨れっ面の祐樹を他所に僕は乱された襟を正す。
本当に仕方がないのだ。確かに学校では絡んでくる逢沢だけど、子供時代に遊んでいた時の仲良しの在り方ではない。
元々親同士の仲が良かった風祭家と逢沢家。
けれど独り娘の弘美が、余程可愛くて仕方がないのか。僕の様に平凡を描いた人間は『友達を選びなさい』と父親から言われたらしく、やがて相手にもされなくなった。
だから本当に関わり合いが無く、僕はそんなことすら知らなかったのである。
「………そ、その話、本当なの?」
「も、勿論だよ爵藍ちゃん! 今日も綺麗だねぇ………」
───来た。クラスメイトの中で勝手に逢沢の宿敵扱いされている爵藍が驚いた顔で。
早速爵藍の気を僅かでも惹こうと色気のない微笑で褒め称える祐樹なのだが、華麗にスルーされてしまった。
「………ら、らしいよ。僕より此奴の方が余程詳しいけどさ」
何だろう………爵藍が向こうから話し掛けてくれているのに、その話題の泉が逢沢のことだと思うと妙に胸焼けがする思いだ。
「それは大事だよ、ちゃんと大会に出られるのなら応援しに行こうっ」
「「えっ…………」」
僕と祐樹が顔を見合わせ思わず驚いてしまった。その屈託のない笑顔、本当に心の底からクラスメイトを応援したいという明快な好意に溢れていた。
「………馬鹿疾斗、もうちょいマシな嘘をつきなよ。あのコンビニじゃまるで逆方向じゃない………」
疾斗からの適当な返信ぶりにがっかりする。普段から適当だけど、今回ばかりは自分の嫉妬心が嫌になる。
真っ暗な部屋で落ち込んでいるとドアをノックする音が聞こえてきた。
「弘美、御飯よ」
「ご、ごめんお母さん。お腹が痛いからいら……ない」
お腹なんて痛くない。本当に疼くのは胸の方だ。暫くの沈黙が重苦しい。
「わ、判ったわ。じゃあラップかけて冷蔵庫に入れとくからね」
少し寂しさの混じる返事を残し、お母さんが足音と共にいなくなった。
「ほ、他の子ならまだしも何で今日会ったばかりの転入生に負けるんだよ……」
本当に歯痒い思いで頭の中が一杯になる。お互い小さかったあの頃。家族ぐるみで花火大会を観に行ったことを思い出す。
私はまるで男の子みたいに一人木に登り、枝の上から花火を満喫した。下から心配そうに見上げるつつもどうにも出来ない疾斗を笑ってやった楽しい思い出。
「いっそ、私が男の子だったらこんな嫌な気分にならなかったのかな………」
天井を見上げながら在り得ないことを妄想する。ただの親友として隣にいられたら。もし疾斗に可愛い彼女が出来ても『うらやまだな、おぃ』なんてからかえたのだろうか。
───確かに爵藍さんって綺麗だと………思う。だ、だけど私だって、こ、こんなに………。
女の子じゃない、女として負けてるなんて思いたくない。だけどいきなり会って初日にバイクで二人乗り!?
「ズルい………ズル過ぎるよぉぉ。そんなモノ、私には絶対乗れないじゃないっ!」
私はテニス部員。元々は単に楽しそうだし、身体を動かすの好きだから………。そんな誰にでもある気楽さで入部した。
───でも、上手くなり過ぎてしまった。今週土曜は県予選、多分負けない………負けようがない。
その位、私に取ってテニスというスポーツは相性が良過ぎた。ただの楽しい部活動でなく『上を目指せ、全国だ。いずれは代表だ!』となどと無責任な声が私を楽しさから遠ざけた。
特にお父さんの熱量が凄い。『とにかく余計な怪我をするな、テニスにだけ集中しろ』と口うるさく言うようになった。
だからもし、今の私がバイクに乗りたいなんて言おうものなら物凄い剣幕で怒られるに違いない。
私が本当に欲しいものをきっと無自覚で奪ってゆくだろう。箒に乗って自由気ままに飛び回る魔女にすら思えてきた。
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翌日、学校での朝。
珍しく逢沢は体調不良で欠席した。担任からは「季節の変わり目だから皆も気を付ける様に」といかにもらしい指示を受けた。
「おぃ、お前の嫁、大丈夫なのかよぉ………」
「だ・か・ら・逢沢は僕の嫁じゃないっての………大体何そんなに心配してんだ。アイツだってたまにくらい休んだって普通だろうが」
僕の肩を激しく揺すり、逢沢の心配を押し付けてくる此奴の名は『刈田 祐樹』腐れ縁の数少ない友達である。
此奴も僕と同じ、彼女いない歴約17年の大ベテラン。勉強も運動も下から数えた方が早く、如何にもモテない組組長って感じの野郎だ。
「疾斗ぉ、お前本当に心配じゃないのかよぉ……」
「はぁ? 一体何のことだぁ?」
綺麗処の弘美ちゃんが休んだとなれば、心配するのは当たり前。一見毎度の祐樹なのだが、今日は大袈裟が目に余る。少し目が潤んですらいる様に見受けられる。
「弘美ちゃん、今度の土曜、県予選だろう………風邪でもひいてたら試合に出れなくなるんだぞ」
それを聞いたら思わず眉をひそめてしまった。
「県予選? テニスのか?」
「当ったり前だろうが! 逢沢弘美って言えば県下で名前が轟く程の実力なんだぞぉ! まさかお前知らなかったのか?」
───知らなかった、本当に。まるで興味もなかったし。
「で、でも全国行けたりはしないだろ?」
「何言ってんだ此奴ぅ! 春の大会ですら準決まで行ったんだぞっ! しかも相手は3年で全国の常連。タイブレークまで追い詰めたんだぞぉ!!」
祐樹が僕の頭を拳でグリグリ責め立てる。それも大きな声で喚き散らすからクラスメイトまでどよめき始める。
それは隣の席、爵藍とて例外ではなかった。
「………その3年はもう引退だ。後は敵なし、我が校の逢沢弘美は全国大会筆頭なんだぜぇ………。ったく………呆れた奴だ」
「知らんもんは知らん、仕方がないだろ」
膨れっ面の祐樹を他所に僕は乱された襟を正す。
本当に仕方がないのだ。確かに学校では絡んでくる逢沢だけど、子供時代に遊んでいた時の仲良しの在り方ではない。
元々親同士の仲が良かった風祭家と逢沢家。
けれど独り娘の弘美が、余程可愛くて仕方がないのか。僕の様に平凡を描いた人間は『友達を選びなさい』と父親から言われたらしく、やがて相手にもされなくなった。
だから本当に関わり合いが無く、僕はそんなことすら知らなかったのである。
「………そ、その話、本当なの?」
「も、勿論だよ爵藍ちゃん! 今日も綺麗だねぇ………」
───来た。クラスメイトの中で勝手に逢沢の宿敵扱いされている爵藍が驚いた顔で。
早速爵藍の気を僅かでも惹こうと色気のない微笑で褒め称える祐樹なのだが、華麗にスルーされてしまった。
「………ら、らしいよ。僕より此奴の方が余程詳しいけどさ」
何だろう………爵藍が向こうから話し掛けてくれているのに、その話題の泉が逢沢のことだと思うと妙に胸焼けがする思いだ。
「それは大事だよ、ちゃんと大会に出られるのなら応援しに行こうっ」
「「えっ…………」」
僕と祐樹が顔を見合わせ思わず驚いてしまった。その屈託のない笑顔、本当に心の底からクラスメイトを応援したいという明快な好意に溢れていた。
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