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第1部 風の担い手

第7話 何事も美味しい"処"が在るものだ

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 マスターのれてくれた珈琲マンデリン甘み旨味を感じた僕は、その感想を率直に返したつもりだ。

 けれどマスターが髭面をさすりながら手放しでは喜んでいない態度を示した。

 これは一体どうした事だろう………。まあそもそも論、珈琲コーヒーの味を全否定してた自分がどうこう言える立場じゃないのは自覚している。

風祭かざまつり君、君は豆をいて淹れるの自販機、アレで買った事はあるかい?」

「………あ、それは有ります。もっともミルクと砂糖デフォですが」

 そう、こんな僕でもミルク砂糖とミルクコーヒーだらけの飲料位はたまに飲む。別に珈琲を嗜んでいるのではなく、単なる眠気覚ましとして。

 それもどちらか言えば翼を授ける奴エナジードリンクの方が多い。何せ完徹でWeb執筆をする程なのだから。

「それは別に良いんだよ、人それぞれだから。ただね、余り声高こわだかに言いたかないけど下手すりゃ賞味期限すら怪しいって話」

「えっ………」

 自販機とはいえ立派な売り物。そんな怠慢が許容されるとは正直考えにくいと感じる。

「勘違いしないで欲しい、じゃないから。何が言いたいか……自販機にせよコンビニにしろ、俺の言う美味しいさかり。それを意識出来てるとは到底言えないって話」

「別に悪いことをしてる訳じゃないからね……」

 少しはかなげな息を吐きながらマスターの講義が続く。さびしげな顔の爵藍ランが台詞を巻き取る。

 成程……売っちゃいけない物消費期限切れって訳じゃないって話か。

「………と言いますか、そもそも悪い事をしてる意識すら感じ取れない」

「そう……かも知れないねぇ。だけど人の味覚なんて千差万別。売り手が『コレが美味しいスペシャル』ってやってる分には仕方ないんだよ。つまらない話をして悪かったね」

「いえ………とても興味深いお話でした。ありがとうございました」

 バツの悪い顔を此方に下げて謝るマスター。何も頭を下げる必要などない。

 ───だってさ、それは僕だって同じ穴のむじななのだ。小説という名の押し付けをしているのかも知れないのだから……。

「ま、そんな与太話よたばなしより俺が聞きたいのは、初めてのタンデム後ろに乗るってどうだったかい?」

 固い表情をこのプリンのように緩めたマスターが僕の方をまじまじと見つめながらたずねてきた。

 ───しばらく目を閉じ、2人だけの道中へ想いをせてみる。

「えっと………何て言うか、もう何もかもが異次元でした」

「ほぅ……」

 そうだ、これは決して大袈裟おおげさなんかじゃないと言い切れる。爵藍ランと一緒の思い出ビジョンを美化していまいか?

 そんな話ではないのだ。僕はインドア派だけどバイクより快速で非日常に連れっててくれる乗り物の経験くらいは存在する。例えば遊園地のコースターとかフリーフォール辺りだろうか。

 ちなみに見なくても違う視線が刺さっている位ランの眼差し位、そういうのにうとい僕ですら判る。

 そういう意味では期待を裏切ることになってしまうが嘘は言うまい正直で在りたい

「元々僕は余り不要な外出をしません。家でPC相手がほとんど、だけど親の運転する車やバスで道路を移動くらいは、流石に経験有ります」

 腕組みしながら黙ってウンウンとうなずくマスター。爵藍ランの方は、押し黙ったままカプチーノの猫へ目を落としいる。

「けれど……これとても月並みで恥ずかしいんですが、風を切るって感じですか?」

 我ながら言葉の引出しボキャブラリーおさなみを感じるざるを得ない。

 ───だけどもコレが天辺てっぺんに来たのだからしようがない。

「風を切るかあ………」

「出た出たマスターお得意の講釈こうしゃく

 ソレを聴いたマスターがうなり、爵藍ランがそちら側へ煽りを入れた。

「ランちゃん? 変なハードル上げないでくれるぅ? まあ俺に言わせるとバイク乗りってのは、風を創造つくなんだ」

「えっと………」

 こらまた随分と子洒落こじゃれた感じで拡げてきたなと正直感じる。ちょいととぼけて応じてみる。

「確かに今日まあまあ風が強いね。しかし仮に無風だとしてもバイクで走れば風を……」

「「……感じるっ!」」

 まるで示し合わせをしていたかの如く、爵藍ランと奥方の陽気な声がピタリと合わさる。これがユニゾン出来る程「お得意の講釈」とやらは、皆に浸透しんとうしてるのだろう。

「……コホンッ、そういう事。君の周囲に走る限り風は無限に起こり、さらに車や電車他の乗り物じゃ得られない感覚を覚えた筈だ」

 確かにその通りだ。だって僕最大級のを、バイクを駆る爵藍ランに投影した位なのだから。

「でも、待って下さい。確かに普段と違うものを確かに感じました。けれど僕……正直ものも」

 これは流石にのどからひねり出すのに苦しみをいだいた。だってあんなにまぶしい笑顔を引き連れ僕とのランデブー2人乗りで、はしゃいでくれた爵藍ランに失礼ってもんだ。

「そらそうだ。今回の風使いは君じゃない、間違いなくそれは爵藍ランちゃんだからさ」

 ───す、凄い……。完膚かんぷなきまでに読心どくしんされた気分だ。

 たまらず僕はその使へ丸くした目を送ると意外や意外、ゆとり心地でプリンに舌鼓したつづみを打っていた。

「風祭君、君が吹かせた風じゃないから想像してたのと違う向きから風が起きたり、重さGも感じた。それが当たり前なんだよ………ムッ」

 美味しい珈琲とプリンをツマミにライダー魂で話が盛り上がるのかと思いきや、マスターがふと外の状況を覗き見る。

「あーっ、少し嫌な風が吹いてきたなあって思ってたけど、こりゃいよいよヤバいな。一雨来るぞ」

「え、そ、それはマズいよぉ……。流石に雨具の予備はないなぁ、残念だけど早く帰らなきゃっ!」

 マスターの不吉な予言を聞いた爵藍ランがガバッと慌てて立ち上がり、会計を済ませにゆく。

 僕はスマホで時間を気に掛けてみる。間もなく17時を指していた。心底もうそんな時間かとたのしいときとの別れを惜しんだ。
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