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第3章 傭兵と二人のハイエルフ

第21話 査定

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 とにかくあわただしく身支度みじたくを始めるリンネ。ミリアが来たのだから、アギドやアズールもいずれ現れるであろう。

 確かに偵察ていさつの結果を伝えるのであればそろっている方が良いに決まっている。
 ならば何故一番身近なリンネにだけ、この事実を明かしていなかったのか?

 言っておけば出迎えの食事の一つも用意出来たに違いない。

 これに関しては、ヴァイロにしてみれば大した理由なぞ存在しない。自分の家に人を招待しょうたいすることなど、家主の自由だと思い込んでいる。

 最早内縁ないえんの妻だと認識しているリンネが、一番後回しになる事なんて些細ささいな問題だと勝手に思っているのだ。

「おっ?」
「…………」

 その30分後、アズールとアギドがほぼ同時に姿を現わす。アズールは既に先客がいた事に少しだけ驚いたに過ぎない。

 一方のアギドは慌ただしいリンネと、どこかぎこちないヴァイロとミリアを見て大体の事をさっする。彼はこの手のからみに関わりを持つつもりはない。

 いつぞやの朝方、ミリアに抱いた得体の知れない感情は忘れる様にしていた。

 さらにおよそ30分後のことである。

「───外の鳥達がやけにさわがしい……」

「来たか……リンネ。屋根の扉を開いてやってくれ。今日メインの客人だ」
「わ、判った……」

 この家は天井からも縄梯子なわばしごが降ろしてある。それを登りきると屋根に蝶番ちょうづがいがあって、上方へ開く事が出来る様になっている。

「やあ、夜分やぶんに失礼する」
「い、いえ……三人ですか? 既に中には5人いるのでかなり手狭てぜまになりますが」
「そちらさえ良ければ平気だ」

 確かに屋根のすぐ上に一人の女性とあと二人、顔は見えないが背丈せたけを見る限り、子供の様な連中が浮いている。

(なんて綺麗きれい女性ひと……)

 そう思いながらリンネは、ヴァイロの方に目配めくばせすると構わんといった態度だ。

「ど、どうぞ……。お茶くらいしかお出し出来ませんが」
「ありがとう、丁度何か飲みたいと思っていた処だ」

 リンネが縄梯子を降りて中に入る事をうながすが、空の三人は飛んだままスルリッと入室してきた。

 此処でリンネは、自分が敬語けいごを使っている違和感に気がついた。初見の客人なので当然の対応なのだが、誰を相手でも大概たいがいフランクな接し方をする彼女にしてはめずらしい。

 三人共、床に降り立つと即座そくざにしゃがみ込んで片膝かたひざだけを立てる。それもほぼ同時に。

 それも家主のヴァイロに向かってではなく、彼の子供達に対しての礼儀れいぎであることを示す。

「私の名はシアン・ノイン・ロッソ。しがない傭兵ようへいをやっている。レイチ、ニイナ、フードを脱ぎなさい」

 言われるがままに連れの二人がフードを払うと、耳が長くツインテールにしている金髪の女の子と、此方も耳長みみながの銀髪で中々に目つきの鋭い少年が姿を見せる。

「そ、その長い耳……」
(貴族から盗みをしていた例の三人がヴァイの言ってた連中という訳か)

 ミリアが少年少女の特徴的とくちょうてきな耳を見て驚く。アギドは顔色一つ変えずに後ろの二人をふくめ、シアンと名乗った女の方を遠慮えんりょせずに観察する。

 もっとも彼は先述せんじゅつの通り、盗賊とうぞくとしてのこの三人を既に知っている訳で、決して気を許そうとしない。

堅苦かたくるしい挨拶あいさつは不要だ。今夜は此方が迎える側。シアン達は、そこのテーブルの椅子に座ってくれ。あとの皆は、スマンが床かベッドにでも腰掛けてくれ」

 ヴァイロが笑顔で皆に移動をうながすと、文句一つ言わずに彼の子供達は、言われた通りに配置する。リンネだけは、もてなすためのハーブティーを用意する。

「そうか、では遠慮なくそうさせて……。コラっ、ニイナ。真っ先に座るとは礼儀がなっていないぞ」

「えーっ、言われた通りにしただけだよーっ」
「あ、良いんだ、良いんだ。全く問題ない」

 ニイナの無作法ぶさほうを慌てて正そうするシアンに対して、口をとがらせる小さなエルフの少女。
 ヴァイロが少し両手をげて、『まあまあ』といった態度で流した。

「どうぞ……」

「ありがとう。そうか君がリンネだな。店で良くこの色男から話は聞いているよ。君の様な可愛らしいにお茶をれて貰えるとは実に光栄こうえいだ」

「え……で、では貴女がいつもの喫茶店きっさてんの……」

「そうなんだ。私はただの店主でいたいと、ことわりを入れたのだがな」

 お茶を淹れてくれたリンネを見て優しい笑顔で礼を言うシアン。世辞せじを言っている様子はない。

「早く話を本題に移してくれ。どうだったんだ、占領せんりょうされたディオルの様子は?」

「ハハハッ……相変あいかわらずお前はせっかちだな。顔だけではモテないぞ……」

 少しは場をなごませようとしたシアンであったが、今にも喰ってかかりそうなヴァイロの態度に諦めて報告を始める。

 その内容はヴァイロ側の想像をはるかに凌駕りょうがするもので、しかもまるで映像を見せつけられているがごと明確めいかくであった。

 三人は街を途中で抜け出したにも関わらずである。ニイナが色んな精霊に働きかけて調査した街の配置図を説明し、レイチは敵の数や武装ぶそうなどを補足ほそくした。

 シアンがレイシャを引きつけていたからこその働きであった。

「───20の白い竜シグノに1000を超える兵……!?」
「各小隊にあのルオラの様な賢士けんしと回復役の司祭が付いている……」

 まずはその戦力に言葉を失うヴァイロ陣営じんえい。『次会う時は戦争をしよう』エディウスのあの言葉に嘘偽うそいつわりは無かったと思い知る。

 ───さらにもう一つ驚いたことは……。

「どうだアギド、今のお前に誰を好きに付けても構わないから、彼等と同じ事をやってこいと依頼されて出来る自信はあるか?」

「い、痛い……。ひど脇腹わきばらを突くじゃないか。や、やって出来ない事もなかろう。だがこんな短時間に。増してや傷を一つもわずになど……」

 苦笑いをしながらアギドが答えるの見て、ニコッと笑うヴァイロ。そしてさらに続ける。

「シアンには今後、俺達カノン側の軍の指揮しきまかせようと思っている。皆、異論いろんはあるかな?」

 笑ったままの顔で周囲を見渡すヴァイロ。アズールは、一瞬何か言いたげであったが少し不機嫌ふきげんそうに沈黙ちんもくした。

「今夜わざわざ皆を集めたのは、此方が本音という訳でございますね。喫茶店でただの盗賊とうぞくをやっている女に、重要なポジションを任せられるか? これではそんな疑問を出せる隙間すきまもございませんわ」

「そうだな、要は私の査定さていでもあった訳だ。ヴァイロ、お前背中に気をつけた方が良いぞ」

 ミリアが分析ぶんせきめいたことを告げると、シアンも少し不服ふふくそうな顔で続けた。

 それを聞いたヴァイロは相変わらず屈託くったくのない笑顔を浮かべている。まるでそんな目論見もくろみなどなかったかの様に。

「………それから黒い刃の女剣士レイシャ。それも随分物騒ぶっそうやからのようだ」
「ああ……君の言う通りだ。正直きもを冷やした……」

 アギドがレイシャの事を聞きだそうとすると、シアンがいよいよ面白くないといった顔つきを深めた。
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