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第3章 傭兵と二人のハイエルフ
第16話 ノインの中のシアン
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エディウスより二度目の挨拶という名の手痛い洗礼を受けて約3日が経過した。
結局の処、双方に於いて目立った手傷を負わされたのは、一番自力に勝ると思われていた黒い竜だけであったという、想像の斜め上をいく結果であった。
ヴァイロのツリーハウスに勝手に上がり込んだ弟子達の話題も、その事について言及している。
「……ったくよぉ、魔力をほぼ使い果たしてまで頑張ったってのに、ありゃあ一体どういう事だっ?」
「そうでございますね。結局リンネとヴァイロ様。そしてアギドの機転で何とかなりは致しましたが……」
「いや……そもそもエディウス達の謎の逃走がなければ、どのみち殺られていた。ヴァイはノヴァンの弱さを、金を出させた貴族達に、随分追及されていたな」
リンネの用意した茶菓子を一番の勢いでバリボリ食べながら苦言をいうアズール。
食べながら喋る彼を最早諦めつつ、顔を背けて冷静に語るミリア。
それを三人のリーダーらしく総括するアギド。
三者三様だが一致しているのは、ノヴァンが考えていたより弱いという結論だ。
その様子を黙って見ながら、お茶出しをひたすらにするリンネである。
「そういや、そのヴァイは、どこに行ってんだ?」
「あ、いつもの店に行ってくると言ってた。正直あまり浮かない顔をしてたね」
「いつもの店か、ただあそこへ往くだけなら浮かない顔はしないだろ?」
アズールの質問に、お茶を淹れながら同棲者のリンネが応答する。
いつもの店というのは、行きつけの喫茶店だ。リンネすらも連れてゆかずに、一人きりでゆくのだ。何でも親しい友人がマスターらしい。
「そうね……恐らく、その貴族達へ謝罪経由の喫茶店じゃないかな?」
「成程な、要は叩かれた分を癒されに行くのか」
「そのマスターって、美しい女性って話ですよね? リンネはそういうの気にはならないのですか?」
実は自身が面白くない行き先だと思っているミリア。同じく愛する者としての意見を聞いてみたいというちょっと意地悪な質問だ。
リンネはボーっと天井を見て、少し頭を巡らせてから回答する。
「あ、余り気にはならないかな。だって人間って誰でも一人になりたい時や、場合によって求める相手を変えるものじゃない? 何より私が縛られるのゴメンだ」
「ふーん……そういうものでございますか」
リンネの言葉には、偽りも妥協もなさそうだ。一方それを聞いたミリアは、いよいよ面白くなさそうな顔をする。
(何それ? まるで嫁の余裕みたいな口ぶり……私一人空回りしてるみたい)
その顔を見たアズールとアギドが押し黙る。読みたくもない心の中を、見せつけられた気分だ。
(に、してもノヴァンの力……アレは恐らく全力ではあるまい。理由は定かでないが)
実の処、ノヴァンに対するアギドの解釈は、これが本音であった。
そして何も語ろうとしないリンネは、共闘の中でそれを実感していたので焦ってはいないのだ。
◇
一方、こちらはフォルデノ王国とカノンのちょうど境目辺りにある喫茶『ノイン』。
フォルデノ城下町からは完全に外れているので、割合、人の往来が少ない地域だ。
もう寿命が尽きてしまった大樹に防腐を施し、幹をくり抜いて作った建物。
世辞にも大きい店とは言えず、カウンターとテーブル1つしかないので、5人も入れば満席になる。
自然、店内の内装も木をそのままあしらったものが多い。カウンターの中には、珈琲だけでなく、他の茶葉や酒類も少しは置いてある。
窓が少ない上にランプの数も少ないので、自然店内は暗いのだが、だからこそ炎のオレンジ色が映える。マスターの拘りを感じる作りだ。
色々と商いをするには好条件とは言えないのだが、この店は先代から続いているのでもう30年近く営業している。
初代は今のマスターの亡き夫。つまり二代目は未亡人。まだ歳は20代後半という華として充分通用する若さなのだが、旦那の方が倍ほどの歳上であった。
彼女自身元々、この店の常連であり、親ほど歳の離れたマスターの気遣いと何処よりも美味しいと評判の珈琲を心から愛した。
結婚後、5年ほど共に店をやっていたのだが、夫は急性の病に侵されたのだ。
以来この店のマスターは『シアン・ノイン・ロッソ』が継いでいる。ロッソは旧姓だが、ミドルネームに互いが愛したこの店の名を刻んだ。
珈琲の味は先代譲り。それだけでも珈琲好きが態々訪れる。
その上、美人の未亡人が気さくに話を聞いてくれるので、寧ろ先代の頃より男性客が増えた。
紫色で肩には届かないサラリとした髪に、樹の中にいるので、まるで森の精霊ではないかと思える程の緑色の瞳。左側に泣きぼくろがある。
少し低音の声は舞台で男性を演じられそうな程、ハッキリしているが丁寧な口調。
そんな訳で実は男性だけでなく、女性にも定評があるのだ。
けれども今日、この店の客は一人の男だけである。予め連絡し貸切にしていたのだ。女性受けならこちらも負けはしない色男、ヴァイロである。
「いくら虎の子の竜が負け、色々怒られたとはいえ、それで私に泣きつく程、軟弱なお前ではないだろ?」
注文も聞かずにいつものブレンドを淹れるシアン。そのブレンドのオリジナリティもさることながら、白い陶器のカップも実に良い造形。
薔薇の花をイメージした作りで、裏には名工の名が刻んである良き器である。
「当たり前だ。ノヴァンの強さは寧ろ想定通りさ。アレはこれから強くなる。で、今夜は何もアンタに慰めて欲しくて来た訳じゃない」
「ほぅ……と、言うと?」
「喫茶店のマスターではない、もう一つの力を借りたいという相談だよ」
ヴァイロは珈琲の香りを楽しみつつも、シアンの反応の方が寧ろ大きな楽しみである。ニヤリッと笑ってシアンの動向を見つめる。
「───もう一つの力……一体何の話だ?」
顔色一つ変えずにシアンは応えるのだが、ヴァイロの目を見てはいない。それが後ろめたさなのか、本当に興味がないのかは定かでない。
「この店の恐らく地下付近に大事に囲っている、貴族達から奪い取った美術品の数々の話を公言すると言ってもかな?」
「…………何が望みだ」
次のヴァイロの一言で、一気にシアンの目つきが変化した。ギロリと睨みを利かせている。
カウンターの裏で見えていない左手には、何を握っているのだろう。
「待て待て、戦士シアンに刃物沙汰を挑む程、俺は馬鹿じゃない。だから左手の果物ナイフで俺の首元を狙わないで欲しい」
「………ハァ」
ヴァイロはニヤニヤしたまま、両手を挙げて戦闘の意志がないことをアピールする。
シアンは左手の得物《えもの》を見抜かれて溜息をつくと、観念したようにカウンターの上にナイフを静かに置いた。
「汚い金で手にした美術品。それも旦那のお父様の作品ばかりだ。言わば自分の物を取り返しただけの話。言いふらすのは嘘だ。すまない」
そう言ってヴァイロは席を立って、非礼を詫びるべく深々と頭を下げた。
結局の処、双方に於いて目立った手傷を負わされたのは、一番自力に勝ると思われていた黒い竜だけであったという、想像の斜め上をいく結果であった。
ヴァイロのツリーハウスに勝手に上がり込んだ弟子達の話題も、その事について言及している。
「……ったくよぉ、魔力をほぼ使い果たしてまで頑張ったってのに、ありゃあ一体どういう事だっ?」
「そうでございますね。結局リンネとヴァイロ様。そしてアギドの機転で何とかなりは致しましたが……」
「いや……そもそもエディウス達の謎の逃走がなければ、どのみち殺られていた。ヴァイはノヴァンの弱さを、金を出させた貴族達に、随分追及されていたな」
リンネの用意した茶菓子を一番の勢いでバリボリ食べながら苦言をいうアズール。
食べながら喋る彼を最早諦めつつ、顔を背けて冷静に語るミリア。
それを三人のリーダーらしく総括するアギド。
三者三様だが一致しているのは、ノヴァンが考えていたより弱いという結論だ。
その様子を黙って見ながら、お茶出しをひたすらにするリンネである。
「そういや、そのヴァイは、どこに行ってんだ?」
「あ、いつもの店に行ってくると言ってた。正直あまり浮かない顔をしてたね」
「いつもの店か、ただあそこへ往くだけなら浮かない顔はしないだろ?」
アズールの質問に、お茶を淹れながら同棲者のリンネが応答する。
いつもの店というのは、行きつけの喫茶店だ。リンネすらも連れてゆかずに、一人きりでゆくのだ。何でも親しい友人がマスターらしい。
「そうね……恐らく、その貴族達へ謝罪経由の喫茶店じゃないかな?」
「成程な、要は叩かれた分を癒されに行くのか」
「そのマスターって、美しい女性って話ですよね? リンネはそういうの気にはならないのですか?」
実は自身が面白くない行き先だと思っているミリア。同じく愛する者としての意見を聞いてみたいというちょっと意地悪な質問だ。
リンネはボーっと天井を見て、少し頭を巡らせてから回答する。
「あ、余り気にはならないかな。だって人間って誰でも一人になりたい時や、場合によって求める相手を変えるものじゃない? 何より私が縛られるのゴメンだ」
「ふーん……そういうものでございますか」
リンネの言葉には、偽りも妥協もなさそうだ。一方それを聞いたミリアは、いよいよ面白くなさそうな顔をする。
(何それ? まるで嫁の余裕みたいな口ぶり……私一人空回りしてるみたい)
その顔を見たアズールとアギドが押し黙る。読みたくもない心の中を、見せつけられた気分だ。
(に、してもノヴァンの力……アレは恐らく全力ではあるまい。理由は定かでないが)
実の処、ノヴァンに対するアギドの解釈は、これが本音であった。
そして何も語ろうとしないリンネは、共闘の中でそれを実感していたので焦ってはいないのだ。
◇
一方、こちらはフォルデノ王国とカノンのちょうど境目辺りにある喫茶『ノイン』。
フォルデノ城下町からは完全に外れているので、割合、人の往来が少ない地域だ。
もう寿命が尽きてしまった大樹に防腐を施し、幹をくり抜いて作った建物。
世辞にも大きい店とは言えず、カウンターとテーブル1つしかないので、5人も入れば満席になる。
自然、店内の内装も木をそのままあしらったものが多い。カウンターの中には、珈琲だけでなく、他の茶葉や酒類も少しは置いてある。
窓が少ない上にランプの数も少ないので、自然店内は暗いのだが、だからこそ炎のオレンジ色が映える。マスターの拘りを感じる作りだ。
色々と商いをするには好条件とは言えないのだが、この店は先代から続いているのでもう30年近く営業している。
初代は今のマスターの亡き夫。つまり二代目は未亡人。まだ歳は20代後半という華として充分通用する若さなのだが、旦那の方が倍ほどの歳上であった。
彼女自身元々、この店の常連であり、親ほど歳の離れたマスターの気遣いと何処よりも美味しいと評判の珈琲を心から愛した。
結婚後、5年ほど共に店をやっていたのだが、夫は急性の病に侵されたのだ。
以来この店のマスターは『シアン・ノイン・ロッソ』が継いでいる。ロッソは旧姓だが、ミドルネームに互いが愛したこの店の名を刻んだ。
珈琲の味は先代譲り。それだけでも珈琲好きが態々訪れる。
その上、美人の未亡人が気さくに話を聞いてくれるので、寧ろ先代の頃より男性客が増えた。
紫色で肩には届かないサラリとした髪に、樹の中にいるので、まるで森の精霊ではないかと思える程の緑色の瞳。左側に泣きぼくろがある。
少し低音の声は舞台で男性を演じられそうな程、ハッキリしているが丁寧な口調。
そんな訳で実は男性だけでなく、女性にも定評があるのだ。
けれども今日、この店の客は一人の男だけである。予め連絡し貸切にしていたのだ。女性受けならこちらも負けはしない色男、ヴァイロである。
「いくら虎の子の竜が負け、色々怒られたとはいえ、それで私に泣きつく程、軟弱なお前ではないだろ?」
注文も聞かずにいつものブレンドを淹れるシアン。そのブレンドのオリジナリティもさることながら、白い陶器のカップも実に良い造形。
薔薇の花をイメージした作りで、裏には名工の名が刻んである良き器である。
「当たり前だ。ノヴァンの強さは寧ろ想定通りさ。アレはこれから強くなる。で、今夜は何もアンタに慰めて欲しくて来た訳じゃない」
「ほぅ……と、言うと?」
「喫茶店のマスターではない、もう一つの力を借りたいという相談だよ」
ヴァイロは珈琲の香りを楽しみつつも、シアンの反応の方が寧ろ大きな楽しみである。ニヤリッと笑ってシアンの動向を見つめる。
「───もう一つの力……一体何の話だ?」
顔色一つ変えずにシアンは応えるのだが、ヴァイロの目を見てはいない。それが後ろめたさなのか、本当に興味がないのかは定かでない。
「この店の恐らく地下付近に大事に囲っている、貴族達から奪い取った美術品の数々の話を公言すると言ってもかな?」
「…………何が望みだ」
次のヴァイロの一言で、一気にシアンの目つきが変化した。ギロリと睨みを利かせている。
カウンターの裏で見えていない左手には、何を握っているのだろう。
「待て待て、戦士シアンに刃物沙汰を挑む程、俺は馬鹿じゃない。だから左手の果物ナイフで俺の首元を狙わないで欲しい」
「………ハァ」
ヴァイロはニヤニヤしたまま、両手を挙げて戦闘の意志がないことをアピールする。
シアンは左手の得物《えもの》を見抜かれて溜息をつくと、観念したようにカウンターの上にナイフを静かに置いた。
「汚い金で手にした美術品。それも旦那のお父様の作品ばかりだ。言わば自分の物を取り返しただけの話。言いふらすのは嘘だ。すまない」
そう言ってヴァイロは席を立って、非礼を詫びるべく深々と頭を下げた。
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