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第2章 ノヴァン

第14話 竜之牙(ザナデルドラ)

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「「ヴァイっ!」」
「ど、どうしたのっ!?」

 ヴァイロの苦しむ姿は、地上にいるアギド、アズール、ミリアからも確認出来た。

 特にミリアの心配顔が悲痛ひつうに映る。自らの力不足で戦えない怒りと、愛する人への気持ちが露呈ろていし、うったえる涙顔なみだがお

「ヴァイ、大丈夫なの!?」
「ウッ……グォォォ……」

 心配なのはリンネも勿論同然だ。今、ヴァイロの脳裏のうりではあの地獄の夢がうずを巻き竜巻たつまきの様に彼の周囲をドス黒く周回している。

 相手の不安定な部分を引き出して、そのまま勝手に死ねという何とも無慈悲むじひな術である。

「フンッ!」

 そんなヴァイロにノヴァンが荒い鼻息をびせる。黒い霧が勢い良くヴァイロを吹き飛ばす。

「んっ!? な、何ともなくなったぞ?」
「なっ、何ですってぇぇぇ!?」

 ヴァイロの顔から苦痛は消える。驚いてノヴァンの方へ目を流す。

 その様子に賢士けんし最強のルオラが愕然がくぜんとする。竜の鼻息が術を吹き飛ばす? 彼女もノヴァンに視線を送らずにはいられなかった。

「あの娘は音の波紋はもんで術を受け流し、竜は術を吹き飛ばす!? そんなものどうやって相手しろって言うの?」

「───狼狽うろたえるでないルオラ。あの娘の方は、絶対魔法防御マジックアンチシェルという訳ではなかろう」

 驚くルオラの肩に手を置いて、落ち着く様にうながすエディウス。
ルオラは幾分いくぶん冷静さを取りもどすと、口調を戦之女神エディウスつかえし一番弟子としての立ち振る舞いに戻ることが出来た。

「処で魂之束縛アニマカテナが、あの黒い竜ノヴァンに通じると思うか?」
「お、恐らく無理かと。アレは普通の生き物でないゆえ、通じる気が致しません……」

 互いに黒い竜を見ながら語る。ルオラは暗い表情で首を横に振る以外の選択肢を見出せない。

「で、あるか……」

 それを聞いたエディウスの顔が、何を考えているのか判らない風変ふうがわりなものに思えた。

「ですがあの男ヴァイロ竜の娘リンネであれば…」
「───ならん」

「はっ?」
「それだけは断じて容認ようにん出来ん。特にあの二人をこの場で殺してはならん」

 明らかに有効である提案をエディウスは無表情ではねのけた。ルオラには全く以って意味が判らない。

(な、何故……取るに足らない娘はともかく、あの男さえればその影である竜も消えるのではないか?)

 これがルオラの推測すいそくであり、自分が思う位なのだから当然、師匠にも似た様な気付きがある筈なのだ。

兎に角とにかくこの場は我と竜之牙ザナデルドラで切り抜ける。お前には援護えんごを頼む」
「ぎょ…御意ぎょい

 エディウスは師というよりもルオラが敬愛けいあいする神そのもののおもむきで指示を出すと、再び敵の方へしゃに構えてにらみを効かす。
 ルオラもこれにさからう気は毛頭もうとうない。

 そこへ無言で紅色の蜃気楼レッド・ミラージュでの突きを見舞みまうかに見えたヴァイロ。けれどもエディウスがむかえ撃つ前に、再び赤い霧の中に沈んだ。

 一方リンネが深く息を吸い、再び音による援護えんごをしようと試みる。

「ラァァァァァァッ!!」

「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ、我が戦慄せんりつよ、と為りてかの者の中を駆け巡れ『戦之音グエッラスノ』!」

(調子に乗るなっ、小娘っ!)

 再びリンネの高周波こうしゅうは攻撃を受けてはしまったものの、その苦しみにすら打ち勝ったルオラが詠唱を完遂かんすいさせる。

 ルオラがこの戦いにおいて相手に感じた戦慄。その心中の恐怖の声がリンネの聴覚ちょうかくを大きくさぶる。

(どう、恐らく貴様自身は初めてでしょ? 耳をやられる体験を返してあげるわ)

「な、何これ!? こ、声がっ! こ、怖いっ!」

 リンネの顔が恐怖きょうふゆがむ。これまで自分達が与えてきたルオラの身震みぶるいが、いかに大きかったか身を以って知る羽目になった。

 ひどく震えながらノヴァンの上でふさぎ込む。

(今さら耳を塞ごうと無駄むだ。確かに声だけど貴女の心に訴えるのよ……だから音の波オンダ・ソノラとやらの防御も通じまい)

「───ノヴァンっ!」
「我の首に座っているのだっ、流石に届かん!」
「クッ!」

 ノヴァンの鼻息が使えないのなら、自らが術者に攻撃を加え、その集中を乱すだけだとヴァイロは攻撃目標を遊女の様な女に切り替える。

「マー・テロー、暗黒神ヴァイロの名の元に、その至高しこうの力であの者にさばきの鉄槌てっついを『神之蛇之一撃アスピーデ』ッ!」

 赤い霧の中から大蛇だいじゃの頭の様な形をしたものが3匹出現すると、一斉にルオラへ襲い掛かった。

「やらせんと言っているっ!」

 だが再びエディウスが大剣・竜之牙ザナデルドラを軽々と振り下ろして、まず1匹撃ち落したかと思えば、そのまま身体ごと縦に回転して2匹目。さらに真横に振りきり3匹目も斬り落とした。

(なっ!? 魔法を斬るとは奴の剣はどうなっている? そう言えばさっきアティジルドも受けきられたんだ!)

 ヴァイロはつい先程の攻防を思い出す。物理攻撃でないものを受けられる剣というのは余り聞いた事がない。皆無という訳でもないが。

「ノヴァンっ!」

 ヴァイロの指示を受けるまでもなく、ノヴァンは炎の息ブレスを断続的に吐き続ける。相手にけられない様、広範囲に散らしてみせた。

 外れたものが地上まで届き、が悲鳴を上げて逃走とうそうする。

(フッ……)

 エディウス等の真正面に飛んでいく炎。エディウスは剣を上段に構えると、その炎目掛めがけて大きく振り下ろした。

「な、何だと?」
「馬鹿な、我が炎を刃が斬るっ!?」

 エディウスの眼前がんぜんまで迫った炎が完全に二つに割れて、まるで本流だった川が支流しりゅうに別れた様子と化した。

 旧約聖書きゅうやくせいしょのモーゼが海を割る……それほどありえないものを見せつけれている羽目におちいる。

「フフッ……こんなものか、本物の竜の炎とやらは? 金属すら溶かすのではなかったのか?」

 驚くヴァイロとノヴァンを、エディウスが冷たく笑う。

「ならばこれでっ……」
「詠唱のいとまは与えぬっ!」

 何かをとなえようとしたヴァイロに対し、エディウスの鋭い突きがり出される。
 この小さな身体でどうやってその大剣を扱えば、出来る御業みわざか理解に苦しむ。

「くそぉっ! いくらドラゴンを呼び出せたからと言っても、やっぱり俺達の連携れんけいがないとッ!」

くやしいがアズの言う通りだ。それに……ノヴァンだったか。アレも加えた戦闘スタイルを考えないと、その力を存分ぞんぶん発揮はっき出来ない。せめてリンネを解放しなくては……」
「…………」

 地上の三人の顔が相変あいかわらず暗い。特にミリアのそれが顕著けんちょだ。

「俺は模擬戦をしてない分、まだ2回位は魔法が出来る気がする。ただ空を飛ぶ術は無理そうだ……アズとミリアはどうだ?」

ロペラ1回位は……けど近づいて撃たなきゃどうにもっ!」
「わ、わたくしもさっき邪魔じゃまされた白き月の守りフェルメザを1回だけ……」

 おとうと弟子二人の解答を聞いたアギドは、瞬時しゅんじに判断した。

「いける……ミリアは白き月の守りフェルメザの一点集中で俺の背中を突き飛ばせっ!」
「そ、そんなことして何になるというのですか!?」

「さらにアズは、俺に向かってロペラだっ!」
「はっ!? ど、どういうことだってばよっ!?」

 アズールとミリアの疑問を他所よそに、アギドの頭の中では戦いのイメージがフル回転していた。
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