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第五章
この店に来た理由
しおりを挟むフランの回復を待つあいだ、カナトはお店の商品リストを覚えながら金銭管理もしようとしたが、キシューに思い切り断られた。そのため金銭管理はあきらめて、とりあえず店内の商品を全部名前を間違えずに言えるようにすることを目標とした。
だが約1人、店に倒れ込んで来たのがフランだとわかるとあきらかに挙動不審になっているやつがいた。
ニワノエがさっきからホウキを持って同じ場所をぐるぐる回っている。
「何やってんだ」
ハッと肩を持ち上げたニワノエがカナトを見た。
「いきなり話しかけるな!」
「あ?お前がずっとその場を回っているから心配して声かけただろ!」
「貴様のような下民に心配されて屈辱だわ!」
「ここで働かせろって言ってきたのお前だろうが!なんで態度そんなにデカいんだよ!」
「そもそも何もしてない店長に対してどういう態度を取れと?」
カナトがぐっと押し黙った。
「い、今してるだろ」
「店の商品名を覚えていることか?いまだに覚えてないのか。はあ、店長失敗だな」
わざとらしいため息をつかれて、カナトが首をすぼめた。
ちくしょう、言ってることは正しいから言い返せねぇ。
そこへレリィがズゥンとニワノエの背後から顔を出した。
「店長はそこにいるだけでいいんです」
「おわっ!?」
驚いたニワノエが慌てて二、三歩離れる。
「いきなり現れるな、たかが店員の分際で!」
「居候の分際で何をおっしゃいますか」
「俺は貴ぞ……」
そこまで言ってニワノエが黙り込んだ。
カナトが不思議そうに首を傾げる。
なんだ?急に黙ったな。きぞ?貴族?
「とにかく!俺もここの店員だ!居候じゃない!」
「居候です。店員として雇った覚えはありません。ですよね?店長」
これみよがしに大きくうなずく。
「その通りだ!」
ニワノエが歯痒そうにカナトをにらんだ。
「ウェンワイズ家がまだあるなら今頃お前らなんぞ……クソッ」
何やらふくみのある言い方にカナトがますます首を傾げる。
どういう意味だ。ウェンワイズ家はニワノエの家名だよな。まだあるなら?
まるでもうないという言い方に引っかかりを感じた。
そしてカナトは原作でのニワノエの最期を思い出した。
確かとある冬に凍死するという最期だが、その原因となったのは破産である。もちろんアレストの仕業である。
まさか………。
カナトの顔が引きつった。
ニワノエの最期はアレストに言ったことがない(はず)。それなのに原作と同じ道を歩んでいる気がする。
フランも気を失う直前、はっきりとアレストの名を口にしていた。
2人がこの店に来たのはもしやアレストの仕業なのか?そう疑わずにはいられなかった。
だがなんのために?
カナトとレリィのお世話のかいがあってか、フランはその晩のうちに目を覚ました。
「殺すな!」
目覚め第一にそう叫ぶので、ちょうど入って来たカナトはさっき割ってしまった皿の鋭い断面をサッと背後に隠した。
「お、起きたのか」
「お前は……」
フランが目をすがめてカナトをじっと見つめた。警戒をにじませた目で、
「どこかで会ったか?」
割と当初から記憶が戻っていたニワノエと違って、フランは記憶を失ったあと、意識体のカナトとしか会っていない。だがどうやらフランにはカナトの姿に見覚えがあるらしい。
「思い出した。確かパーティーで一回見かけたことあったな。アレストの隣に……お前ーーッ」
フランが思い切り警戒した目を向けた。どこか恐れているように震える口を開いた。
「まさか……アレストの命令でこの第二王子である私を殺しに来たのか!」
「は?」
カナトが意味がわからず、とりあえず隠すために持って来た皿を棚に置こうと背後から出した。
「来るな!この汚らわしい平民が!その凶器で何するつもりだ!私は王族だ!何かしてみろ!兄様が許さないぞ!」
「え、いや……は?とりあえず落ち着けよ」
カナトは手の皿とフランを見比べて戸惑った表情を浮かべた。
「どうせ私を油断させて、その隙に殺すのだろ!」
「しねぇよ!落ち着けって!」
カナトが大声で怒鳴るとフランがぐっと悔しそうに黙った。
そしてその声につられて皿割り犯人を探していたレリィの声が響いてきた。
「そこにいるのですか?」
「しまっ!」
カナトが慌てて部屋の中に入り、ドアを閉めてガチャリと鍵をかけた。
その行動がフランにさらなる誤解を与えてしまった。
「人目を避けるところを見ると本当に私を殺しに来たようだな……」
「だから違うって!皿洗いを手伝おうとしたら割ってしまったんだよ!それを隠すためにここに来たわけ!」
「そんな嘘で誤魔化せると思ったのか!」
「事実だが!?」
そこへ足音が近づいて来たことでカナトは焦り、皿を枕下に隠すとベッドに這い上がり、フランの口を押さえて布団を被った。
フランの、信じられない!という目と合い、声出すなとにらみ返した。
そのままじっとしていると、足音が部屋の前で一回止まり、やがて遠ざかっていった。
バレてないよな?
カナトがそろりと布団から顔を出した。何もないとわかるといそいそとベッドを降りる。
「ふぅ……危なかったぜ」
「これから殺すんだな。もういい。だがこれだけは兄に伝え……いや、現国王だから難しいと思うが、伝えてほしい言葉がある。フランは来世でも兄様と家族になりたいと」
「待て待て待て!」
なんだか一人で先走っているフランの言葉を切り、なんとかこの場にふさわしい言葉を組み立てようとする。
カナトは深呼吸して刺激しないように言葉を選んだ。
「あのさ、さっきも言ったけど殺さないぞ?殺すつもりなら助けないし。そもそもの話、なんで俺の店に来たんだ?」
「この店の店長は魔女狩りに遭った女性を衆人の前で助けたという逸話がある」
フランは自然とカナトが言った「俺の店」という言葉を無視した。
「い、逸話?」
「ああ。他人から聞いた話だけどな。魔女狩りの酷い地域でそのような行動に出れるなら、もしかしたら私のことも助けてくれんじゃないかと、その思いを抱いて来た」
「はあ……」
「結果としてアレストにバレてしまった」
フランがどこかあきらめたような笑いをもらした。
「兄様を洗脳し、王家を手玉に取るような男だ。私を見逃すはずがない。まさかこんなに早く見つかるなんて……」
カナトはフレジアドの顔を思い浮かべた。どう見ても洗脳される側の人じゃない。なんならする側に見える。
おそらくフランはアレストを嫌うあまり、アレストと手を組んでいる兄様を美化したと思われる。
「あのさ、何度も言うけど、別に殺しに来たわけじゃねぇよ。なんなら俺がーー」
「店長!!」
そこへ突然レリィの声が響いて、カナトがビクッと体を跳ねらせた。
「ここにいたのですね?」
ドアを開けて入って来たのはさっき去ったはずのレリィである。
「皿を割ったのは店長ですね?」
にっこりと笑うその顔にカナトが引きつった笑顔で冷や汗をダラダラと流す。
しかし、フランが、店長?と繰り返した。
レリィとカナトを交互に見て、まだ状況がつかめない顔をしている。
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