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第五章
おいしい話
しおりを挟むカナトを屋敷に迎えてから、デオンは色々と援助をした。
まずは仕事を見つけたいというカナトに自経営できるように仕事のやり方を教えた。次に繁華した通りでの店舗確保をした。これに関してはデオンが一言かければ簡単にできたことだが、カナトの前ではいかに難しかったかを説いた。
案の定カナトからとてつもなく感謝され、鼻高々と恩を売ることができた。
「というか、俺が自分で店を持つ必要があるのか?」
デオンの事務室でカナトは用意された椅子に座りながらそう訊いた。
「必要だろうが。お前が他人のもとでフツーに仕事なんぞできるのか?」
ここ数日、カナトに他の使用人と同じ仕事を与えたが、その仕事ぶりからとても誰かの専属使用人になれるレベルというものではなかった。
成長が遅い、というだけならまだいい。問題はまずカナトの場合、教えたことを習得しないばかりか、できたと思って次の仕事を教えたら前に教えたものをすっぽりと忘れていく。しかもなぜか盗み食いの癖がある。
こんな地雷みたいな使用人(そもそも使用人と呼ぶことすらはばかれる人)をそばに置きたがるアレストの心情がわからなかった。
このまま屋敷に置いておくには少し心配である。それならいっそう自立して勝手に生きる術を覚えさせたほうがいい。何よりそのほうが都合がいい。
「確かに……」
カナトが気まずげに頬をかいた。
「ほらな?だからお前に自分の店を持たせるんだよ。好き勝手に運営すればいい」
「自慢じゃないけど、俺が好き勝手に運営したら1か月もしないうちに閉店すると思うけど……」
なんなら1か月もつかどうかもわからない。
「そこは心配するな。俺がなんとかする」
「……本当か?」
「もちろん」
「なんでお前がここまでしてくれるんだ?」
さすがにこんなおいしい話はない気がした。カナトが少し警戒気味にデオンを見る。
「そんな目ぇしないでくれよ?俺はただお前を助けたいだけなんだぜ?」
サメのように鋭い歯を見せてデオンが悪役ぽくニヤリと笑う。
「信じていいんだな……?後からとんでもない料金請求したり、払えなかったら売り飛ばすつもりじゃないよな?」
「安心しろ、そんなことしねぇよ。俺がそんなやつに見えるのか?」
「見えるから訊いただろ」
「……ひでぇな」
カナトは迷っていた。デオンが言うようにただ助けたいだけなのだろう。だが、一つ忘れてならないのは、デオンがアレストやフェンデルみたいな悪役とつるんでいることである。
大悪人でなくとも大善人でもないはずである。油断をしてはならない。
「俺、衣食住さえ確保できれば別に賃金なくても……」
暗に店なんか持たなくてもいいと意味を含めたが、デオンが手を払いながら却下した。
「あんまり庶民の暮らしをなめるなよ?お前が専属使用人として働いていた時に手に入るものでも、ここじゃそうならない。金はあったほうがいいに決まってる」
「そうなのか……」
「ああ。こんないい話滅多にないんだぜ?お前がアレストの専属使用人だから特別に提案してるんだ。他の人にはしねぇよ」
「……でも」
「まあ、うまい菓子とか金がなけりゃ買えねぇし、まず一般のやつらが口にするようなものは絶対に貴族の食卓には出ねぇよ。そもそも普段から菓子なんか食うほど余裕のあるやつなんていないだろうよ」
そう言われるとカナトの中で天秤が「店を持つ」ほうへ傾き始めた。
「菓子が食えないのは確かにこたえるな……」
「そうだろ?お前が飲食系の店をやりたいって言うなら、余った菓子とか食えるんじゃないか?タダで」
「タダで……」
ごくっとカナトののどが動く。
「や、やります……っ、やらせてください」
「飲食系だな?」
こくり。
「りょーかい。あとで希望うかがうから考えとけよ」
そう言ってデオンは、ん、とあごでドアを指した。
もう出て行っていい、という意味らしい。
カナトは少し迷いが残る顔で事務室を出ていき、ドアが閉まったとたんデオンの愉快げな笑い声がもれた。
「くっ…ふははは!ちょろいなヤツだな!ハハハ!」
カナトがデオンの事務室から出ると自分に用意された部屋へ帰った。
だが、入ったとたん、誰かがベッドに腰かけ、酒瓶を傾けながらぐびぐび飲んでいた。
「は……え?誰だ?」
その人物がぷはっと酒瓶から口を離し、袖口で口もとをふいた。カナトはその顔を覚えていた。
「お前……デオンの兄か?」
広場で酒瓶を投げて暴れる姿や収穫祭でメイドをナンパしている時の姿が印象に残ったのか、カナトは比較的に思い出しやすかった。
「……デオンか。ずいぶんと親しい呼び方だな」
どこか忌々しげにつぶやき、恨みともイラつきとも取れる目でにらまれた。
いや、俺この人に何かしたか?
「お前、名前は確かハルロだったか?」
デオンに偽名を使っていいかと訊いた際、OKを出されたのでカナトはハルロという名前を使い続けていた。
相手の問い対してゆっくりとうなずいた。
「そーだけど……お前こそなんでここにいるんだよ」
「しゃべり方には気をつけろ!!」
突然怒鳴られたことでカナトがビクッと肩を持ち上げた。
「お前がデオンとどういう関係か知らないが、俺はロンドール家の長男だ!なめた口をきくと痛い目に合わせるぞ!お前はあくまで下賤な人間だっていうことを忘れるな!」
「………な……なんで俺がそんなこと言われなきゃならないんだよ!!お前こそ勝手に他人の部屋に入ってきてウザがらみするのをどうにかしろよ!クソ迷惑なんだよ!酔っ払い!」
「このーーッ、つけ上がって……お前もデオンも根っからのクズだな!」
「はあ!?クズ?俺が?お前こそーー」
カナトはぴたっと黙った。
考えてみれば、そばにいる、裏切らないと言っておきながらアレストのそばを離れ、裏切り、あまつさえ昔の方がよかった、などと言うのはだいぶクズなんじゃないだろうか。むしろアレストが今みたいになったのは自分のせいでもある。
急にしおれていくカナトに、デオンの兄も怪訝そうにした。やがてため息をつき、鬱陶しそうに髪をかき上げた。
「……興がなくなった。デオンは本気になんかならない。……あいつはクズだ。大切とか口にしながら人を蹴り落とすようなヤツなんだよ。傷つく前に離れておけ」
そう言ってデオンの兄がスタスタと出て行った。
どう…言う意味だ?信じるなってことか?
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