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第四章
打ち明け
しおりを挟むカナトがそわそわしながら部屋の中を行ったり来たりしてシドが帰って来るのを待った。
アレストならすぐに来そうだけど、忙しくて来れないかも知れないしなぁ。
その時、ドアがガチャと開けられた。
「来たぁ!!」
緊張しすぎて思わず口に出してしまった。
「カナト?」
「あ、いやなんでもない!よく来た!ほら座って!」
カナトがベッドに座ってパフパフと隣をたたく。
「わかった」
アレストは後ろ手にドアを閉めるとカナトの隣に腰かけた。
「どうかしたのか?」
「その、驚かないで聞いてほしいんだけど……」
指先をからめてなんとか考えた話の順序を思い出そうとするが、緊張するあまりすっかり内容が抜けてしまった。
何から言うべきだったっけ!?
「平気か?」
「へっ、平気だ!すぐ思い出すから少し待ってくれ!」
だが思い出そうとすればするほど緊張して何も出てこない。
ど、どうしよう……!
それを見てアレストは落ち着かせるためにカナトの背中をなでた。
「大丈夫、落ち着いて。深呼吸してみて」
ゆっくりなでられるとカナトも少しずつと緊張が収り、大きく息を吸って吐き出した。
よし、言うぞ!
「アレスト!実は俺この世界の人じゃない!」
「………」
「本当なんだよ!!嘘じゃない!ほら俺色々と変な言葉言ったりするだろ!?俺がいた世界でもーー」
「知っている」
「え?」
「カナトがこの世界に属さない人なんじゃないかと思ったことはある。きみが父様のことを知ったり、今までおかしな言動をとったことはすべてそれが原因なんだな?」
「う、うん……実はお前やユシルたちがいるこの世界は、その…驚くかも知れないけど、小説の世界で、俺は読んだことがあるからある程度内容を知っていて、それでお前があとあと大変なことになるから助けたくて、でもなんだかうまくいかなくてクローリー親子を巻き込んでしまって、あーだからその、アグラウは死んちゃいけないから、助けたくて、結果としてお前の未来に繋がるからこのまま……」
手振り身振りで説明するが、内容がまとまらず、言いたいことと説明がごっちゃ混ぜになりながらしゃべることになってしまった。
それでもアレストはただそんなカナトをいつもの笑みで見つめ、黙って聞いている。
「なんと言うか、ほら前回俺が消えてしまっただろ?俺が暮らしていたあちら側の世界では家族がいて、兄と両親が……っていらないところまでしゃべっている!」
「そんなことない」
「……本当か?」
「きみのことがもっと知りたい。あちらの世界で家族がいたんだな」
「そう!兄はいつも気にかけてくれていたけど、俺何も返せなくてさ、こっち側に帰る時も何回も死んだから、その度に泣かせてしまって」
「何回も死んだ?以前もそんなこと言っていたな」
「そ、そうか?全然覚えてないな。まあ、こちら側に戻るには来たと同じように死なないといけないし、それですらユシルが教えてくれたんだ」
「やっぱりユシルはすごいな」
アレストがユシルのことを素直にほめたことに驚いてカナトがギョッと見た。
「ユシルのおかげできみが帰って来れた、そうだろ?」
「そ、そう!!ユシルのおかげ!だからまた会えたし、うん!ユシルはいい人だよ!」
ここぞとばかりにユシルの株を上げようとする。アレストもいやな顔せずに笑った。
「ははは!必死だな。まあ、そうだな。カナトがなんでこの話をしようとしたのかわかった気がする。とりあえずリアムは解放できる。でも、クローリーさんは今はまだダメだ」
「え、と……?」
「リアムはもう大丈夫だってことだよ」
「本当か?」
「本当だ。その代わり、カナトがいた世界のことや、きみ自身のこともっと教えてくれないか?」
「も、もちろん!いくらでも言う!」
「楽しみだな。それじゃまた仕事終わったら、話してくれるか?」
「話す!仕事中なのに呼び出して来て悪かったな!」
「そんなことない。きみがどこにいても必ず行くから」
そう言われてカナトが少し恥ずかしそうにした。同時にホッとした。
言ってよかった!クローリーさんのことは今はまだダメってことは、今後解放することはあるって意味だよな?
カナトがうれしそうにするのを見て、アレストも表面上微笑ましく見つめた。心の中でカナトの言葉を組み立てながら考える。
小説、別の世界……なるほど。少し納得してきたな。
カナトが酔っ払った時に言っていたことも、今までカナトが教えられてもいないことを知っていたのも、先ほど教えられたことと合わせると合点がいく。
「それじゃ、また夕方に来る」
「ああ!いってらっしゃい!」
「いってきます」
アレストは部屋を出てドアを閉めると、保ち続けていた笑顔をすっと消した。
「顔芸か?」
冷たい視線がシドをとらえ、そして口もとのみの笑みを浮かべた。
「自分の仕事はわかっているな」
カナトに聞こえないようにするためか、声のトーンはいくばくか落とされた。シドもそれに合わせて言う。
「わかっている。お前もあまりやりすぎるな」
「その心配はお前の管轄外だ」
去っていく背中を見つめてシドが重たいため息を吐き出した。
夕方前、温室で遊んできたカナトがシドとともに部屋へ帰ると2人分の姿がその前に立っているのを見た。
うちの1人はすぐにわかった。
「まさか、リアム!」
カナトが慌てて走って近づくとリアムと一緒にいた人物が一歩前に出た。
「カナトさん、アレスト様からの伝言です」
「お?お前……あの看守使用人!」
「そういえば名乗ったことないですね。ぜひレックとお呼びください。それで、このリアムという子どもの話なんですけど、アレスト様が言うには絶対に部屋に入らせないこと、そして一緒にいる時は必ずそばに誰か置くこと。できればシドを置いてください」
「わかった!じゃあ今からリアムはもう安全なんだな!」
「はい。それじゃあ仕事がありますので失礼します」
軽く頭を下げるとレックは去っていった。
途端にカナトは気まずく頭をかきながら、リアムにどう声をかけようか迷った。
「あ、あのさ……会話聞こえているだろうから、知っていると思うけど……その、本当に悪かった。えと、必ずお前の母親も助けるから!」
母親と聞いてリアムが顔を上げた。暗く沈んだ目でカナトを見上げ、そして少しずつと水溜りができていく。
「リアム……?」
「カナト!」
そう叫んでリアムはカナトに抱きついた。
「ありがとう……うっ、今まで悪い態度取ってごめん!」
「え?あ、いや全然気にしてない!」
「母さんのこと必ず助けて!お願い、もうカナトしか頼れない」
「必ずなんとかする!」
「うん」
すすり泣くリアムの背をなでながらカナトも少し涙ぐんだ。
しかし、背中をなでてもらう一方でリアムは最初に目が合った時の暗い目をしていた。カナトにしがみつくように抱いていた手をぎゅっと力込む。
そろそろリアムが泣き止んだ頃、帰ると言って離れて行こうとした。
「待って!その、送ってあげようか?」
「え?いいよ!ぼくの部屋も屋敷のなかにあるし、今は1人でいたいから」
「そ、そうだよな!何かあったらなんでも言ってくれ!」
「ありがとう!」
リアムが見えなくなるまで見送ると、シドはカナトが抱きつかれた時から出していた暗器をそっと袖の中に押し込んだ。
「お前も早く部屋に戻っていろ」
「でもリアムが心配だな」
「アレストが帰ってくるぞ」
「そうか!俺のこと話す予定だしな!」
カナトが慌てて部屋に戻った。ドアを閉める前に頭を出して、
「明日の予定はあるか?」
「ないが、どうした」
「明日はリアムと一緒に温室に行こうと思って!」
「……はあ、いいけど」
「じゃあ明日よろしくな!予定入れるなよ!?」
そう言ってドアがバタンと閉められた。
シドはただ仕事が余計に増えた気がして頭痛を感じた。
危機感のないガキだな。いや、もう成人しているか。
自分の部屋でリアムは厨房から持ってきた果物ナイフを見つめたまま、ぶつぶつとつぶやいた。
「……ぃ、…。全部……お前のせいじゃないか。お前さえいなければアレスト様はああならなかった。母さんも罰を与えられることはなかった。全部、全部お前のやったことなのに、なんで、なんで……」
ナイフは冷たく鈍い光を放って憎しみのこもった目を映し出した。
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