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第四章
100本の薔薇1
しおりを挟む準備、と決めてからカナトはあれやこれやとアレストの周りをうろついた。
「なあ、他に何か手伝えることないか?」
もはや朝からずっと聞いている言葉である。
声は幸いにももとに戻ったままだが、またいつあのガラガラした声に戻るのかわからないのでノートとペンは手放せなかった。
「ないよ」
書類にハンコを押していたアレストが顔を上げた。
明るい笑顔で、
「カナトは少しソファで睡眠を取るといい」
「……俺、じゃまか?」
「違う。ただ今日はパーティーがあるから遅い時間帯まで起きないといけない」
「それならお前も睡眠取れよ」
「僕はダメだ。まだやることが残っている。まあ、この時期になるともうほぼみんな自分の領地へ帰る準備をしているから、そんなに長居する人はいないだろうね」
言いながらアレストはハンコを押した書類をそばのムソクに渡した。
「それどこかに持って行くのか?俺が代わりに行く!」
「いえ、大丈夫です。カナトさんは専属使用人なのでアレスト様のそばにいてください」
昨日カナトが寝る前にムソクに確認をした。
専属使用人の位置から外されることに特に何も思わないのか、ムソクはいつも通りの表情で「はい、知っていました」と言った。
カナトがまだ何か言いたそうにするが、ムソクは軽く頭を下げると出て行った。
カナトからため息がこぼれ出る。
その様子を見て、アレストは頬杖をつきながら口を開いた。
「何もしなくていいと言ったのに。以前通り好きにすればいい。昼寝も、鍛錬も。もちろん盗み食いも」
カナトがぎくっと目をそらす。
「もうしねぇし……というか何か手伝いたいんだよ」
何もかもひとりで背負ってほしくないと思う。かと言ってカナトは自身が何を手伝えるのかもよくわからない。
「そっか。手伝いたいのか。そう言ってもらえるだけでうれしいよ。せっかくだから頭のマッサージでもしてもらおうかな。集中しすぎるとつらいんだ」
「任せろ!」
カナトはサッとソファで横向きに座り、アレストに早く来いと乗せた片脚をパシパシたたく。
いかんせんアレストは身長があるせいか、二人掛けのソファで横になるとほとんど両脚がはみ出してしまう。体も大きく、幅がそんなにあるわけでもないソファじゃかなり窮屈そうに見える。
しかし、目を閉じ、カナトの脚を枕にしているアレストはわりとリラックスしているように見えた。
「きつくないか?」
「ちょうどいい感じだよ」
それならいいか、と納得し、カナトは両手をアレストの目の横に置いた。
「ここか?」
「もう少し下かな」
「もう少し下……ここか?」
「そこでいい」
カナトはなるべく力加減を気にしてぐりぐりと回すように押した。
「痛い?」
「まったく」
「それならよかった!」
しばらく無言が続いたが、ふとアレストが口を開く。
「そうだ、カナトは白い鳥を見なかったか?」
「し、白い鳥?」
「そう。翼と背中に黒や茶色の模様がある鳥だよ」
俺だ!!
意識体の姿を見られたことを忘れそうになるが、アレストははっきりと伝言用にすると口に出していた。
まだあきらめてないのか?
「あの鳥は人の言葉を真似ることができるから、何か重要な情報を勝手にしゃべるかもしれない」
「な、なるほどな!たぶん大丈夫だと思うぞ!あんな小さな鳥ならたぶん他の動物に食べられるだろうし!」
「小さな鳥?」
「え?」
アレストは目を開けて見上げた。笑みのふくんだ目になぜかいやな感じがする。
「僕は鳥の特徴に小さいと付け加えた覚えないよ」
カナトの手の動きが思わず止まる。
「お、俺……その、俺が飼っていた鳥だから!鳥が好きなんだよ!」
「ああ、そうか。そうだな。ホロロとも仲よかったな」
「そうそう!いつか緑に囲まれた場所で言葉をしゃべれる鳥がたくさんいたらなぁって思ってハハハ!」
「そんな考え持っていたんだ」
「うん、まあ……」
アレストはあきらかに動揺して目を見てこないカナトに手を伸ばした。
「ん?なんだ……?」
顔をなでられてカナトが少し困惑した。
「なんでもない。ただきみがここにいるんだって思うと、なんだかそれだけで幸せに感じる」
「お、俺も……お前がいてくれるだけでいい。それだけで幸せなんだよ」
「はは!うれしいなぁ。………領地に帰ったら全部奪い返そう」
「うば、え?」
何をとは聞けなかった。
アレストはカナトの手を取って顔にくっつけるとそのまま浅い眠りに入った。
夕方、招待客が一組二組と増えてきた頃、アレストとムソクは対応に出かけていた。
ヴォルテローノ家に女主人がいないため、ほぼすべての準備と対応はアレストがしなければいけなかった。
伯爵であるアグラウは体調を崩して首都に来ておらず、ユシルの体を使っているキトウは閉じ込められており、カナトは手伝えるほどの知識もないため何も役に立たない。
だからこのすきに、勝手に動いてはならないという忠告を無視してキトウのところへ来た。確認したいことがあったからである。
看守の使用人が見てくるので、こほん、と咳払いをしたカナトは堂々と歩み寄った。
手に持った書類に見せかけたただの紙を丸めて白紙だとバレないようにする。
「これ、アレストがキ……ユシルに渡せって言われたものだ!」
「はあ……聞いていませんが」
「さっき言われたばかりだ!」
「しかしねぇ、誰も入らないように言われていますし」
「いいのか!アレストに言いつけるぞ!」
その子どもじみた言葉に使用人が若干半目になる。
が、カナトは謎の自信に満ちていた。イグナスたちと来た時、会いにきたことを黙ってほしいという人員の中に自分の名前がふくまれていた。つまり、バレたくないというほど重要な人物だと思われている可能性がある。
使用人の視線がほんの一瞬外に向けられたあと、ため息をついて「わかりました」と仕方なさそうに言った。
「それじゃあ、他の人には言いふらさないでください。特にアレスト様とムソクにです」
なんで俺の場合になると他の人に言いふらさないでと付け加えられるんだよ。
「言いふらさねぇよ」
「信じましたから」
「信じろ信じろ!代わりに俺が来たってアレストにも言うなよ!」
「……命令で来たんじゃ…まあ、ええ。俺は言いません。さあ、早く用事すませてください」
「ありがとよ!」
カナトはひとつおかしなところに気づいていない。
カナトはアレストの命令で来たと言ったはずなのに、使用人はアレストに言わないようにと言った。嘘を見抜いているなら話は別だが、使用人の場合、その言い方からすでにカナトはアレストの命令で来たわけではないと知ったように聞こえる。
パーティー会場の部屋でアレストはあいさつをしていた。ちょうどあいさつしていた相手が遠くに行き、そばへムソクが近づいてきた。
「アレスト様、カナトさんが会いに行かれたようです」
「わかった。ご苦労」
「いえ、失礼します」
アレストは会場を見渡しながらデオンやニワノエの姿を見つけた。
その中に招待していないはずの客まで来ている。招待状を偽造するほど何がしたいのかよくわからない。
王族も暇だな。
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