転生と未来の悪役

那原涼

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第四章

惚れ薬

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なんだこの変なクッキー。少し苦い味があるぞ。

カナトは口の中に残る妙な苦味に眉をしかめた。

「に、か"ぃ"」

「あ、本当に?ごめんね。粉にしてそのまま加えるのは少し苦いかもしれないね。これは没かな」

その後、偽ユシルは用事があると言って事務室を出て行った。

カナトは先ほどクッキーを食べた時から感じていた視線と目を合わせた。不思議そうに首を傾げてみる。

アレストはただじっとした視線を向けていた。

「なんともないのか?」

首を振られたのを見てなぜか安堵した気持ちになる。その気持ちにアレストはまたも困惑した。

ユシルが何かを入れたのは手の動きでわかった。だがそのクッキーを偶然装って落とす前にカナトが口に入れてしまった。

このままでもいい。カナトさえいなくなれば秘密はもれない。

そう思ってたはずだ。なのに実際はすぐにでも吐かせたかった。なぜか脳裏にカナトがワインとともに血泡を吐き出すシーンがよぎる。

激しい頭痛にアレストは額を押さえた。その手に重なるように包帯の巻かれた少々小さめの手が当てられる。

視線を上げると心配げな目と合った。

「カナト……」

「ん"」

「なんでもない」

きっと、カナトに仲間がいるかもしれない。カナトが味方するまでその仲間の情報を入手しなければいけない。

アレストは生じた困惑に無理やりな理由をはめ込んで自分を納得させた。













アレストのもとにカナトが酔った状態で発見された知らせが入ったのはその日の夕方に差しかかる頃である。

ムソクが慌てた様子で事務室のドアをたたいた。

「入れ」

「失礼します。アレスト様、カナトさんが厨房で泥酔した状態で発見され、今お部屋へお連れしたばかりです」

「泥酔?酒を飲んだのか?」

「はい」

「お前をつけておきながらなぜそこまで酔わせるんだ。阻止しなかったのか?」

「カナトさんがおかしいとつぶやきながら慌てていたので、理由をうかがったところ、お酒を飲んでリセットしたいと言っておられました。まさか一杯のみであそこまで酔うとは思わず……」

「おかしい?……そうか、わかった。様子を見てくる」

アレストはムソクとともに自部屋へ戻ってくるとカナトは枕を抱いて幸せそうに布団でくるまっていた。

アレストは目線だけでムソクを外で待機させ、ドアを閉めてベッドに近づいた。

「カナト、平気か?」

「うぅ"……」

壊れた声帯からもれる声は聞いていて耳心地のいいものじゃない。それなのに不思議と嫌いではなかった。

アレストはベッドに腰かけ、カナトの頭をなでた。

「カナト、僕が誰だかわかるか?」

声にほんの少し起きたのか、寝ていたその目が薄っすらと開いた。

「アレスト……」

普通に発せられた声にアレストが驚いたように一瞬手を離した。

「声、戻ったのか?」

「もど……?白い鳥?」

「白い鳥はまったく関係ないな……」

カナトは手を伸ばしてアレストの腰に抱きついた。

「よかった……ちゃんといる。俺、おかしかったんだよ」

覚めきってないままカナトは独り言のように続けた。

「今日さ、なんだかやけに偽ユシルのことが気になって……胸がドキドキして、ずっとその姿を探しちまうんだよ」

「へぇ……きみは僕のことが好きだと思っていたんだけど」

「当たり前だろ!」

カナトは叫んでから頭をアレストの腕にこすりつけるように動かした。

「俺、お前のこと好きなんだよ……そうだよ、好きなんだよ!だから何回も死んでやっと戻って来たら、お前俺のこと忘れるし、拷問するし、偽ユシルが出てくるし………どうすればいいんだよぉ」

泣き出したところでアレストはカナトを腕の中に抱いた。その涙を指ですくってなぐさめるように背中をたたいてやる。

「俺さぁ……痛かったんだぞ………なのに、なんで………早く思い出せよ。俺も早くお前に好きだって愛しているって言いたいんだぞ!死んでほしくないんだよ……生きててほしいから、必死に戻って来て、小説の内容通りになってほしくなくて………」

「おかしなことは言い続けるんだな。嘘じゃなくて本気でそう思い込んでいるのか?」

「思い込みじゃねぇって、何度も言っただろ……お前は悪役だから殺されるって。でも俺のこと大事にしてくれて、いつも俺のためを思って……本当はあっちの世界に留まろうかと思ったんだよ。でもお前のことほっとけないし、初めて好きになった人だから……だから幸せになってほしくて……」

アレストは何を考えているのか、静かな目をじっと降り注がせた。

幸せ……そんなことを言われたのは小さい頃以来だな。

アレストは初めてアグラウに引き取られた時のことを思い出した。幸せになれると言って、汚れた自分の手を優しく引いてくれた男は、今じゃその優しさを血が繋がっているというだけでユシルにあげようとしている。

気に食わない。

アグラウはユシルとともにたくさんの活動に顔を出した。周りは爵位がユシルに移るものだと確信するようになってからアレストから急速に離れていった。様子をうかがっていた時の慎重な姿勢は微塵みじんもなく、アリのようにユシルという糖分に群がっていく。

何もかも気に食わない。

おかしなことにカナトと一緒に広場へ出かけた時は、そんな周りの様子をものともしなかった。すべての注意が目の前の青年に惹きつけられる。

「……カナト、きみはどうして僕のそばにいるんだ?何が欲しい?」

「お前の全部!俺の全部もあげるから、早く俺を思い出せよ……」

「……………」

室内にほんの少し沈黙が降りる。カナトがそのあいだに寝ようとする気配が伝わって来た。

「もし、もし僕が何もかもなくしたらどうする?きみにあげるお金も、寝かせてあげる家もない。その上追われる身になったとしたら、お前はどうする?」

カナトは目をこすってアレストの首筋に顔を埋めた。

「その時は一緒に逃げる」

「本気か?」

「当たり前だ!……その時になったら薔薇も一緒に連れて行く」

「何をだって?」

「薔薇……血みたいな、真っ赤な……誕生日にくれただろ2回も」

「僕はそんなこともしていたのか」

「ん"……押し花にしたはずなんだけどなぁ"。どこ行ったんだろ」

カナトの声が少しずつとしゃがれ始めた。

アレストは長い指でそののどをなで、寝息を立て始めたカナトの口もとで軽いキスを落とした。

「きみがこの状態で嘘を言っているとは思えない。信じれない部分も多いが、僕のすべてが欲しいなら……そうだな、あげるのもいい。その代わり、きみのすべてを差し出してくれるならほんの少しだけ、きみの言うことを信じることにするよ」

アレストはアグラウの件で多少の人間不信に陥っていた。しかし、改めて目の前の青年を信じてみてもいい。そんな思いとともに何かが自分のなかで芽生えてくる。

アレストは胸の高鳴りを感じた。

初めて感じたな、こんな感情。同時に一つだけ、アレストは確信したことがある。

もし本当にカナトが言う“記憶”のアレストが存在するなら、きっとあっちのアレストはカナトを愛していない。

自分が利益もないのに1人だけを特別扱いし、王族にまで立ち向かい、理由もなくことごとく甘やかすとは思えない。

本当にカナトの言うように好きなら、愛しているなら自分は必ずーーその愛が形となる前に消し去っただろう。

あっちのアレストはむしろカナトに対して執念じみた何かを感じる。

何を考えているんだろうな。まさかそんな話を信じたのか。











アレストがカナトを囲うように寝ているなか、小さな影が部屋の影から這い出た。

ベッドのそばまで来ると小さな体を跳ねさせてカナトに近づいた。

酷い……カナトに惚れ薬を使うなんて。

ユシルは小さな手を握りしめて悔しげに眉を寄せた。

なんとか残り少ない魔力でカナトの症状を和らげ、そのまま離れようとした時だった。

ガシッと何かがユシルの体をつかんだ。

えっ!!

「ああ、うるさい音がするかと思ったら、お前の仕業しわざか」

兄さん!

ユシルを向かい合うように持ち上げたのはアレストである。

本体から追い出された期間に散々アレストがどれほど自分を嫌っているのか知ってしまったユシルは体を硬直させた。

「ん?……珍しい毛色だな。ああ、カナトが言っていたハムスターと似ているな」

ユシルは震えながらごくりとのどを鳴らした。

「そう怖がるな。その毛色は嫌いだがカナトは好きみたいだな。ちょうどいい、贈り物にするか」





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