転生と未来の悪役

那原涼

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第四章

アレスト

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カナトはユシルと別れて行動することにした。

通りすがりの荷馬車に乗って城へ向かう途中、イグナスのよく乗る馬車が通っていくのを見かけたからだった。

心配したユシルは追おうとするが、カナトがいることを思い出してかろうじて追いかけようとするのを我慢した。

カナトもイグナスの馬車を見かけてそれに気づいた。すぐに笑って自分の胸をたたき、大丈夫だと言って心配するユシルを行かせて、1人で会場に向かった。

やはり門前には守備がいる。

場所を移動して城周辺の壁に来ると、耳を澄ませて壁の向こう側に誰かいないかと音を拾おうとした。重苦しい足音を響かせながら2人分の足音が通り過ぎていく。

しばらくして大丈夫だと思ったカナトは軽い身のこなしで壁をよし登った。そして敷地内にパッと飛び降りる。

やっぱりこっちだと暗殺者の身分があるみたいだから体が軽いな。

カナトはもとの世界に戻っていたあいだと今を比べてやっと違いがわかった。

そしてカツラギの言う通り、魔法を使ってもとの世界に戻るのはこの世界に属さないものなので、カツラギは中身が戻り、カナトは体ごともとの世界に戻った。

これでカナトは中身がこちらの世界に来たのではなく、体ごと来たのだとわかった。

シドって嘘はついてなかったんだな。小さい頃本当に知り合いだったのか。まあ、そうじゃなければスマホとか単語知ってるわけないか。

カナトが敷地内を物陰に隠れながら移動しているとやっと探していた裏門ぽいところを見つけた。

こういう場所は基本使用人が使う。カナトは自分の衣装を見た。汚れのついたシャツとズボンのみである。とても会場に入れる格好じゃない。

カナトは考えながらぐるぐるその場を回っていると、何かに気づいてパッと身を隠す。

あれは……。

ニヤッ。カナトが見つめる先には、ちょうど今自分とそう変わらない背格好の使用人が裏門に入ろといたところだった。












使用人を気絶させて借りてきた衣装をまといながら、カナトは意気揚々と裏門から入り、忙しい使用人に混じって会場へ入った。

俺ってすごくないか!?けっこう簡単に入れたぞ!

広いホール内で高身長、金髪、白衣装の人を探すのはそう難しいことではない。それでも広いため、少しばかり見渡さなければいけなかった。

そしてたった今、会場から出て行こうとする高い姿を見つけた。アレストである。

アレストは周りとあいさつしてどこかそそくさと会場を離れていく。

今から離れるのか!じゃあここまで入ってきた俺の努力はなんだったんだよ!!

カナトは大慌てで追いかけた。

途中、ニワノエが取り巻きと一緒にアレストの去ったほうを見て笑っていたので、カナトは走りながらわざと肩をぶつけた。

「すみませーん」

棒読みで謝りながら本人たちが反応できないうちに会場を出ていく。

アレストがちょうど迎えにきた馬車に乗ろうとしていた。

「アレスト!!」

カナトはこらえきれずに呼びかけた。どこかハッとしたようにアレストが振り返る。

一際強い夜風が2人のあいだを吹き抜けていった。

カナトは久しぶりに会えたことで心が躍りだし、逆にアレストは何を考えているのかそんなカナトを見つめながら呆としたように振り向いていた。

やがてアレストは馬車のドアにかけていた手を戻しいつも通りの笑顔を見せた。カナトがその笑顔によろこんだ矢先、全身が冷たくなる言葉を吐きかけられた。

「僕に何か用かな?」

「え、と………」

事前に記憶がないと知らされていたとはいえ、真っ向から他人行儀な言動をされると返す言葉が見当たらなかった。カナトは戸惑ったようにしばらく間を開け、そして恐るおそると試すように口を開いた。

「お、俺のこと、本当に覚えてないのか?」

「………。んー、そうだな。申し訳ないけど、見覚えないな」

カナトは先ほどまで昂っていた感情が瞬時に萎えていくのがわかった。

「そっか………俺、カナトって言うんだけど、本当に覚えてないのか?ほら!昔お前に拾われて、それからずっと一緒にいて……その、えと……そうだ!フェンデルとデオンは元気にしてるか?よく一緒に会っていただろ?あと猫たちとオウムも気になるし……アレスト?」

アレストはどこか驚いたように小さく口を開け、じっとカナトを見つめた。そして小さく笑い馬車をポンポンとたたく。

「きみはおもしろいな。少し思い出したかもしれない。とりあえず馬車に乗ってくれ。一緒に帰るか?」

一緒に帰るか?そう言われるだけでカナトは泣きそうになった。コクコクうなずいて開けられたドアから馬車に乗り込む。

道中、アレストはもっとカナトの話が聞きたいと言ってカナトにしゃべらせた。アレストはただ背もたれに体をあずけて感情の読めない笑みを浮かべている。その目にほんの少しの暗いものが混じっていることに、カナトは話すのに夢中でまったく気づかない。ただアレストに思い出してほしい一心で自分との思い出を語った。

邸宅についてもカナトは話すのが止まらなかった。

「それでムソクの教育係になったんだけど、最初に盗み食いを教えて厨房のやつらに追いかけられたんだよ。そうそう!その時にお前とデオンが一緒にいたんだ!」

カナトが顔を上げてアレストを見上げた。だがすぐに何か違うことに気づいて周りを見た。

ここって……。

「フェンデルの家か?」

「そんなことも知っているんだな」

「もちろん!お前によく連れてきてもらったからな!というかヴォルテローノ家の邸宅に帰らないのか?」

「基本首都に来る期間はフェンデルの家に泊まっているよ」

「そんなに頻繁だったか?」

カナトの記憶のなかではもう少し泊まる回数が少ないように思う。とはいえ、あれから2年も経ったのでさらに仲がよくなったかもしれない。

カナトは背中に添えられた手に一瞬ドキッとしながらも、ついつい肩を寄せてしまう。

しかし歩くにつれどんどん邸宅の地下へ入っていき、さすがにカナトもおかしく感じ始めた。足を止めようとしても背中の手が前へぐっと押してくる。

「アレスト……あのさ、なんでここに来るんだ?確かシアンっていうメイドがいつも出迎えてくれるんじゃ……」

「シアンは今フェンデルの手伝いをしているからな」

「そう、なのか……」

なんでここに来るという質問には答えてもらえなかった。

カナトはどんどん不安になっていくが、なんとかアレストに体を寄せることで自分を落ち着かせようとした。

「俺フェンデルの家の内装って苦手なんだよ。上で待っていてもいいか?」

「せっかくここまで来たのに、見学しないのか?」

「いや、でも」

迷っているうちにアレストはとある一室の前で足を止めた。

アレストが「僕だ」と言うとドアがギィィと耳障りな音を立てて開けられた。シアンがドアの向こう側に立っていた。

「お待ちしておりました」

うやうやしくアレストを中に迎えるとドアはふたたび閉められる。

部屋の中はなぜか天井から枷が垂らされ、変な色の染みが壁床のところどころについていた。

「フェンデル、今回の人は彼だ」

そう言ってアレストはカナトを少し前に押し出す。道具の手入れをしていたらしいフェンデルが振り返った。

カナトだけが意味がわからないように2人を見比べている。

今回の人?

「おや、ずいぶんと若い方ですね。予定の方ではないですね?」

「ああ。僕とお前たちの関係を知られている」

「お前たち……となるとまさかデオンのことまで?」

フェンデルがどこか仕方なさそうに頭を揺らした。

「デオンったらまた油断しましたね」

「いや。少し奇妙だが、第三者がいない状態のことまで把握していた。おかしいからな。だから今回の人選にした。色々と知った経路も聞き出してほしい」

「そうですか?それなら確かに外には出さないほうがいいですね。任せてください」

カナトには何がなんだがさっぱりわからないが、ただ身の危険だけは感じた。思わず一歩後ろに下がり、背中を向けているアレストに呼びかける。

「アレスト………」

不安げな声に返す優しい笑みはなかった。ただ氷のように冷たい瞳がカナトを一瞥し、その後は振り返ることなく部屋を出ていこうとする。

「アレスト?なあ、待てよ!俺も連れてーー」

スッとシアンがカナトの前に立ちはだかる。

「どけよ!」

シアンは無言で見返しながらシュッとカナトの首に手を伸ばした。その瞬間、カナトは慌てて避けて距離をとる。

危なかった。こいつ、手にナイフ持ってんじゃねぇか!普通のメイドじゃないだろ!

避けられたのが意外だったのか、シアンが驚いた顔をした。だがすぐに気を持ち直して何度もカナトを攻撃した。

カナトは必死に受け流して逃げようとするが、そう思うほどドアから離れていく。地面の鎖を踏んでしまい、気がそれた一瞬の隙間に腕を取られ、体が地面に叩きつけられた。

「あっ!」

「シアン、彼を拷問する前に壊さないでね。ナイフはしまいなさい」

「申し訳ありません……」

カナトは激痛のなかで確かに拷問という言葉をとらえた。

痛みから我に返らないうちに手足に枷をはめられ、シアンが近くの機械にあるレバーを引くとカナトの体が少しずつと吊り上げられた状態になった。

フェンデルは吟味するように近づいてカナトを見上げた。

「あなた、身のこなしがいいですね。鍛えてらっしゃるんですかね?」

「黙れ!アレストをここに呼べ!」

「だめですよ。彼はもっと大事なお仕事がありますからね。いつもは満身創痍の死刑囚ばかりでしたので、今回はきみのような元気で若い個体は珍しいんです。しかも質問を聞き出す本格的な拷問。楽しみですよ。一緒にがんばりましょうね」

「ふざけるな!近寄んなゴミが!」

その言葉にシアンが鋭い目線を投げた。

「シアン、紅茶を入れてきてくれないかな」

「……わかりました」

カナトはフェンデルの顔に歪んだ笑みが浮かんだのを見て思わず背中に悪寒が走った。

なんで…こんなことになるんだよ。







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