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第三章
パーティーでリベンジ2
しおりを挟むパーティー自体が終わりに近づいてくる頃、他の人々は二階へと上がって行った。
アレストもカツラギも社交という意味では欠席できず、二階に上がって男のみで貴族同士の交流に向かった。
カナトは使用人であるため、その交流に参加することはできず、結果としてホール内で待たなければいけない。
ほとんどの参加者が上に向かっているので、ホールに残っているのはわずかな人となった。
カナトは内心よろこびながら手をこすり合わせて料理を眺めた。全部冷めてしまったが、ほとんど口をつけられてないものが多い。
なんでみんな食べないんだろうな!
カナトはあれこれとお皿に取って食べたが、アレストの計算によりすでに事前の野菜食でお腹が満タンだった。
すぐに満腹となって食べられなかった。
だ、ダメだ!こんな好機もうない!お腹の中にあるものを消化しないと!!
そう思い立つと人のいない場所を見て腕立て伏せを始めた。が、そこへ誰かがの靴が視界に入ってきた。
「地面に這いつくばって何をしている」
テーブルで目隠れになると思っていたカナトは、あきらかに自分へ向けられた言葉に歯噛みをした。しかもその声が聞き覚えのあるものである。
頭を上げると案の定、イグナスがじろりとした視線を投げかけていた。
そうだった。イグナスもパーティーに招待されているんだった!
毎年忙しいと社交シーズンをすっ飛ばす冷徹な辺境伯もユシルのためならと出席するのが小説の内容である。
ただ、パーティー中誰から話しかけられても上面の社交辞令で終わらせるため、近づきたい人々はとことん話題尽きで気まずくなり、そのうちイグナスが立つ壁際はドーナツホールみたいに誰も寄らなくなった。
カナトが立ち上がって手をはらう。
「べ、別に?食後運動?」
厳しい目にカナトが視線を彷徨わせ始めた。
「お前は二階に行かねぇのかよ……」
「あんなタバコ臭いところへ誰が行くか」
「じゃあ早くユシルを連れ戻せよ。タバコ臭まみれのユシルなんて見たくねぇし」
「………あいつは本当にユシルなのか?」
その質問にカナトが肝を冷やした。
「な……あ、たり前だろ!どこを見てもユシルだろ!」
やばい!俺に占い結果を教えすぎたせいの反動でああなったと知られれば殺される!アレスト早く戻ってこい!!
イグナスは目を細めて、
「なぜそこまで断言できる」
「何が?」
「事故のあと、ユシルの様子が変わったのはあきらかだ。事故後はよりお前との仲がいい気がする。考えれば考えるほどおかしい。何かしたのか?」
「そんなわけないだろ!!」
食い気味なカナトにイグナスはますます目を細める。
「そ、その……共通の話題があるからだ」
「共通の話題……すまほとやらか」
「そうそう!!」
「ユシルはあれを故郷のものだと言った」
「そうだよ!俺たちの故郷じゃあれをよく使うんだ!」
そこでなぜかイグナスが鼻で笑った。カナトが不思議そうに目をしばたたかせる。
「本物か、偽物か……ユシルは幼い頃から森で暮らしていた。お前も森で暮らしていたのか?話によると記憶をなくしていたのではないのか?確か家族の顔を覚えてないと、お前に偽物家族と間違われたことがあった気がするな」
ナニッ!?
意味深い笑顔とともにイグナスが首の後ろを指差すような動作をする。カナトが黒髪だけでイグナスを偽物家族と間違えて蹴ったことを指していた。
固まったカナトを前にイグナスは淡々と、しかし警告気味の声で続けた。
「記憶のないお前がなぜユシルと同じ故郷だとわかる?そもそも、ユシルの故郷はヴォルテローノ領だ。いくら調べてもすまほという単語なぞ出てこない。いったい何を隠しているんだ」
「名探偵かよ!待て待て!!」
どうする!!そこまで考えてなかったっ!
「あと、ユシルはひと言もすまほは故郷のものだと言ってない」
…………ーーーーッ!!!!!?????
カナトがわなわなと震え出した。その言葉を理解するのに少し時間がかかった。
言葉を誘導されたか!?
カナトが言葉をなくして立ち尽くしていると、イグナスはフッと笑った。
「お前は本当にバカだな。将来が心配だ」
そう言ってポンとカナト頭をひとなでして二階に上がっていった。階段で笑っていたその口もとがスッと消える。
やはりあのカナトという使用人はおかしい。何かを隠しているのは間違いない。かと言って敵意は感じられない。だが今すぐその結論に至るのは早急だ。……あの使用人も、事故についてももっと詳しく調べないとな。
その場に残されたカナトはしばらくしてから我に返った。
なでられた頭を触って、
「見過ごされた?バカだから?」
バカでよかった!笑っていたし、大丈夫だよな!………………………あの人に微笑みかけられて本当に大丈夫だよな!?
そこへ「あの」と柔らかい声で声をかけられた。
振り返ると、あまり目立たない化粧をした青いドレスの少女が立っていた。
「どうかしたのか?」
「その、二階のお茶スペースで怪しい人がいて……でも男の人たちは皆別の部屋で交流してて、その…見てほしいのです」
カナトはほんのわずかな違和感を感じたが、わずかすぎてすぐに頭の後ろに捨てた。
「怪しい人?どこにいるんだ?」
こっちです、と少女に連れられてカナトは二階の階段を上がって行く。
そして人気のない廊下で少女が向かい合うように体を向けてきた。
震えている様子にカナトが首を傾げる。
「おい、大丈夫か?顔色悪いぞ」
「ぁ、あ…………」
手をきつく握っていた少女は次の瞬間、自分の胸もとをつかんで衣服を引き裂いた。
「きゃあああああ!!」
「は?」
突然の叫び声にカナトが目を白黒させる。声につられて隣の部屋からお茶会していたと思われる淑女たちが恐るおそると顔を現した。
カナトたちの様子を見て「きゃっ!」と叫ぶ。
騒ぎを聞きつけたのか別の部屋で交流していた男たちも集まった。こちらは年季の入った人から若い人までいる。
カナトは服が裂かれた胸もとを隠してその場に身を屈めながらすすり泣く少女と集まった人々を見て困惑していた。
何が、起こったんだ?
アレストとカツラギも急いで駆けつけた。見つけたのが何が起きたのかわかってない顔で立ち尽くすカナトである。同じく騒ぎで来たイグナスがその光景を見てすぐに何が起きたのかわかった。
カナトは内心で焦り、かと言って何をどうすればいいのかわからず、知らずにアレストの姿を探した。
俺何したんだよ!
「カナト!」
その声にカナトがハッとした。見ると、人をかき分けながらアレストが向かってきた。
「アレスト!お、俺何もしてない!」
「わかっている。大丈夫だ」
アレストは優しくカナトの背中をなでさすり、少しずつ落ち着かせるようにした。
「何が起きたのか、話してくれないか?」
「わかった……。最初は一階でイグナスと話してたけど、その後すぐにあの女の子が怪しい人がいるってここに連れてこられて、そしたらいきなり自分で服を破って叫んだんだ」
そこでぷっと笑い声が聞こえてきた。ニワノエが数歩出てきて手を振りながら言う。
「お前、未婚の女性がこんなことをすると嫁ぎ先が見つからないんだぞ。そんなリスクを犯してまですることか?」
「嘘はついてない!」
「どうだかな。世間知らずな下民が娘の美しさに目がくらんだ可能性なんて充分にあるだろ」
「誰がそんなことするか!!」
アレストはすすり泣く少女を見てゆっくりと片ひざをついた。
「平気か?」
「わ、私………」
怯えたように少女は身を縮め込んだ。
「今聞くのは配慮が足りないのかも知れないが、カナトの言うことは合っているか?」
「そ、そうです。怪しい人がいたから、一階で誰か男の人を呼ぼうとしました。そしたら、いきなり……」
「どうして1人だけ一階に残っていたんだ?」
「え……?」
「一階にはまばらだがまだ人はいたはずだ。きみが一階にいたことはその人たちが証言してくれる。それに」
アレストが隣の部屋で様子を見ている女性たちを見た。
「彼女はお茶会に参加していたか?」
女性たちは顔を見合わせてそれぞれ頭を振った。
それを見ていたカツラギはふむと考えた。カナトはあきらかにはめられている。女性たちが迷いなく頭を振るところを見るとおそらくあの青いドレスの少女はそんなに地位が高くない。
「ほら、この通りきみはおそらくずっと一階にいた。二階に上がってきて廊下で怪しい人を見かけたとしよう。それをなぜ兵士にではなく、カナトを呼ぶんだ?」
「そ、それはたまたま目に入って」
「それは違うぜ?」
声の出ところを見ると、ワイングラスを持ったやけに歯の鋭い男がいた。デオンである。シャツのボタンを2つ開けたずいぶんとだらしない姿だ。グラスを揺らしながらどこか酔い気味の目でカナトを見る。
「あの嬢ちゃん、お前が…えーと、辺境伯だっけ?あの黒髪男と話している時からずっと見てたんだ。そしたらお前を二階に呼び上げたから男女のかけ引きかと思って見てたけどよ、状況を見るに違うようだな」
アレストはデオンを見て笑いかけた。
「……証言ありがとう」
「どういたしまして、ヴォルテローノ家の長男さん」
アレストの目に少しだけ冷たいものが宿った。
デオンはふらふらと人集まりの中に入って、壁に寄りかかるとワインを堪能した。
アレストはふたたび少女を見て口を開いた。
「この通り、きみは最初からカナトを狙っていた可能性がある。なぜ?」
「そ、それは……」
少女は震えながら顔を真っ青にした。
見ていられなかったカナトは上着を脱いで少女に近づいた。すると思い切り怖がられたので、頭の後ろをかいてからゆっくりと身を屈めた。
「あのさ、怖がるなよ。何か原因があるなら言えばいいからさ。その格好だと寒いだろ」
差し出された上着を見て、少女の目に涙が溜め込んだ。
「あ、ありがとう…ございます」
「なあ、なんでこんなことしたのか教えてくれないか?人目が嫌なら他の場所にーー」
「脅されたの」
「え?」
少女の目が集まった人々の中に向けられた。その視線の先を追うと、ニワノエの姿があった。
「な、なんでこっちを見るんだ!」
アレストはやや怒気のふくんだ目で立ち上がった。
「ニワノエ、きみは前回のパーティーでもカナトを困らせたな。まさかこんなことをするなんて思わなかった」
周りのささやきも少しずつと変わってきて、ニワノエの顔に焦りが出始めた。
「違う!!俺じゃない!!脅すわけないだろ!」
「私の父は借金をしていて、もし仕事を手伝ってくれるなら借金の大部分を肩代わりするって言われて……だから、私っ」
そこまで言って少女は目を覆って泣き出した。
「そういえばモーレル男爵は新興貴族で、事業に失敗してトリテジア銀行から借金をしていると聞いたわ」
「本当だったのね」
周りのささやきと目線にニワノエがあり得ないと顔を強張らせた。よく集まる友達たちですら今は顔を背けている。
「なんなんだよお前らっ!俺はしてないぞ!モーレル家ごどきが俺に濡れ衣を着せるつもりか!!」
怒ったニワノエが少女につかみかかろうとして周りが牽制に入った。ニワノエは駆けつけた兵士に押さえつけられて身動きができなくなった。
まるで前回のパーティーでの屈辱を果たしたようにアレストが振り返る。優しい笑みで、
「もう大丈夫だ、カナト」
「あ、ああ……」
だがカナトはおかしいと思った。
ニワノエは確かに憎いやつだが、そこそこシスコンで、妹と歳の近い娘には強気に出れない公式設定がある。さっきの場面は仕方ないとして、そんなニワノエが少女をそそのかしてこんなことをするとは思えなかった。
本当にニワノエがやったのか?
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