66 / 241
第三章
助け
しおりを挟む
紙を持ったまま立ちすくみ、無意識にアレストの方向を見る。しかし、なぜかいるはずの場所にいなく、探すと階段を上がって来ていた。
「アレスト……」
カナトが不安げに呼ぶとアレストは優しげな笑みで笑い返した。
「それ、見せて」
「でもこれ教材でもなんでもなくて」
「大丈夫」
差し出された手を見てカナトは迷いながらも渡した。アレストは内容を見てふむとうなずき、目線を上げた。
「なるほど。僕がいない場面ではこんなことも話題に上がっていたのか」
「だったらなんだ?」
「僕の出身か……アレスト・ロイマン・ヴォルテローノは幼少期に領地視察をしていた伯爵に拾われ、貴族と同じ教育を受けることができた。当時の伯爵は妻子が失踪したため、精神的に不安定なことが理由として挙げられる。当時の視察地とアレストの年齢と見た目から察するに、出身地は北最大の花街と言われるアスタムールだと推測できる。本人はその街でどうやって育ってきたのか想像できなくもない」
笑顔で淡々と読み上げるアレストにその場の全員が声も上げずに聞いていた。
「アレストが初めて社交界に出たのは12歳。当時の伯爵の付き添いで友達の誕生日パーティーに参加していた。そこで男色家として有名な某伯爵に言い寄られ、そのまま水をかけた」
「アレスト!」
「ん?なんだ?」
カナトは戸惑った表情で言いよどみ、そしてパッと紙を奪い返した。
「こんなもの読まなくていい!」
「どうして?全部本当のことだ。でもひとつ訂正するなら僕がいたのはアスタムールじゃない。その隣にあるゴミ捨て場だ。口減しのためにーー」
「アレスト!!」
カナトはじっとアレストの目を見て少しずつと怒りが湧いてきた。
「こんなやつのためにお前がいやな思いしなくていい!人前で他人の噂を紙に書き込んで読ませるようなやつごとき俺が代わりに殴ってやる!!」
「ありがとう。でも大丈夫」
その目がニワノエを見た。
「そんなに僕のことに憧れていたんだな」
ニワノエが「は?」と声に出す。
「ここまで書き込むほどだなんて。そういえば以前から僕の真似をして白い服を着ていたな。きみに似合ってるよ」
「う、うるさい!誰がお前の真似なんか!」
「あの短時間でこれほど書けるのはすごいな。僕ですら忘れかけていたことだ。いい記憶の呼び起こしになったよ。ありがとう」
まさか本人が内容を読み上げ、あまつさえ感謝をするなど想像しなかったニワノエは言いたいことが言えず、口をぱくぱくとさせた。
アレストはふと視線を階段下へ注ぎ、このパーティーの主役であるシュナを見た。見られた本人は緊張した面持ちでアレストが降りてくるのを目で追った。
目の前まで来た長身の男は、本来ならその身長で他人に威圧感を与えるが、生まれつき人懐大型犬みたいな顔立ちのせいで威圧感の大部分が相殺された。
「もしよければ、最初の一曲は僕と踊っていただけませんか?」
身分や日頃の行いなどを見ても、ダンス開始の一曲を踊る相手としてアレストは適切だった。
「わ、私でよろしいのですか?」
シュナは胸の前で握りしめた手を解き、戸惑いげに差し出された手に乗せた。
と、そこで2人は同時にカナトを見上げる。
「いや、なんでこっち見んだよ!踊りたければ踊れよ!」
「カナトさん!私、あなたの正直でまっすぐなところがとても素敵だと思います!」
シュナは思いを告げるように叫んだ。カナトは訳がわからないように首を傾げ、なんで今それを言われるのか必死に考えた。
この場面と何か関係あるのか?
「だからどうかずっとそのままでいてください!私応援してますから!そしてアレスト様のことも奪ったりしません!」
んんん???何言ってんだ?
「お兄ちゃんの無礼はお許しください!」
「シュナ!お前はどっちの味方だよ!」
「お兄ちゃんなんて大嫌い!!」
大嫌いと叫ばれてニワノエが固まった。
その後、アレストはシュナと踊ったことでその場の気まずい雰囲気は解き、パーティーは順調に最後まで執り行われた。
ニワノエに関しては母親である子爵夫人に連れられて二階へ消えたきり現れてない。
カナトたちは早めに切り上げ、あいさつだけしてパーティーを去った。
帰ったあと、カナトはアレストの部屋でその帰りを待った。時はもうすぐ真夜中を回ろうとしている。
ベッドの上でうとうとしながら寝かけているとドアがガチャと開いた。
「ふあぁ……帰ってきたのか」
「先に寝てていいのに」
「いや、ちょうど話したいことあったから」
カナトは目をこすりながら誰かが近くでベッドに座ったのがわかった。
「今日は悪かったな。迷惑かけて。あんな文読ませるし」
近くに座ったアレストはうとうとしているカナトを支えて自分の肩に頭を乗せた。
「気にするな。内容は事実だし、僕自身はもうなんとも思ってない」
実際、ニワノエをよく知っている身として何か悪巧みをしていることはわかっていた。だからアレストは最初から気にしてない。
しかし、そんなことあるわけないだろ、とカナトは思った。作中で養子ということに対してアレストはとてつもない劣等感を持ち、さらにそれが闇堕ち材料の一つである。なんとも思わないわけがない。
「なんか変な噂されていると感じたら俺に言え。考える頭はねぇかもしれないけど、噂したやつ全員殴り飛ばしてやるくらいの力ならある」
「そう言ってくれるだけでいい」
目を閉じながらほとんどうわ言みたいに言うカナトの髪をなでながら、アレストは穏やかな笑みを見せた。
「その気持ちだけでいいんだ」
安心したように体を預けるカナトの耳を触り、ゆっくりとベッドに寝かせる。身を伏せてほとんど額がくっつくほどの距離までくると、その頬をなでた。
カナトは気持ちよさそうに身をよじり顔を大きな手にこすりつける。
「きみの察しの悪いところが今は助かっている。大丈夫だ。何も難しいことは考えなくていい。今までのように気ままに過ごしてくれればいい。もちろんじゃまなやつらがいない前提だけど」
カナトは寝入る直前にガチャンという音とともに足首に冷たい感触がしたのを感じた。
その冷たさに「んっ」とうめき声をあげると、アレストは目が覚めかけるカナトの頬にキスを落とした。
「大丈夫だ。何もない。安心していいよ。おやすみ、カナト」
「アレスト……」
カナトが不安げに呼ぶとアレストは優しげな笑みで笑い返した。
「それ、見せて」
「でもこれ教材でもなんでもなくて」
「大丈夫」
差し出された手を見てカナトは迷いながらも渡した。アレストは内容を見てふむとうなずき、目線を上げた。
「なるほど。僕がいない場面ではこんなことも話題に上がっていたのか」
「だったらなんだ?」
「僕の出身か……アレスト・ロイマン・ヴォルテローノは幼少期に領地視察をしていた伯爵に拾われ、貴族と同じ教育を受けることができた。当時の伯爵は妻子が失踪したため、精神的に不安定なことが理由として挙げられる。当時の視察地とアレストの年齢と見た目から察するに、出身地は北最大の花街と言われるアスタムールだと推測できる。本人はその街でどうやって育ってきたのか想像できなくもない」
笑顔で淡々と読み上げるアレストにその場の全員が声も上げずに聞いていた。
「アレストが初めて社交界に出たのは12歳。当時の伯爵の付き添いで友達の誕生日パーティーに参加していた。そこで男色家として有名な某伯爵に言い寄られ、そのまま水をかけた」
「アレスト!」
「ん?なんだ?」
カナトは戸惑った表情で言いよどみ、そしてパッと紙を奪い返した。
「こんなもの読まなくていい!」
「どうして?全部本当のことだ。でもひとつ訂正するなら僕がいたのはアスタムールじゃない。その隣にあるゴミ捨て場だ。口減しのためにーー」
「アレスト!!」
カナトはじっとアレストの目を見て少しずつと怒りが湧いてきた。
「こんなやつのためにお前がいやな思いしなくていい!人前で他人の噂を紙に書き込んで読ませるようなやつごとき俺が代わりに殴ってやる!!」
「ありがとう。でも大丈夫」
その目がニワノエを見た。
「そんなに僕のことに憧れていたんだな」
ニワノエが「は?」と声に出す。
「ここまで書き込むほどだなんて。そういえば以前から僕の真似をして白い服を着ていたな。きみに似合ってるよ」
「う、うるさい!誰がお前の真似なんか!」
「あの短時間でこれほど書けるのはすごいな。僕ですら忘れかけていたことだ。いい記憶の呼び起こしになったよ。ありがとう」
まさか本人が内容を読み上げ、あまつさえ感謝をするなど想像しなかったニワノエは言いたいことが言えず、口をぱくぱくとさせた。
アレストはふと視線を階段下へ注ぎ、このパーティーの主役であるシュナを見た。見られた本人は緊張した面持ちでアレストが降りてくるのを目で追った。
目の前まで来た長身の男は、本来ならその身長で他人に威圧感を与えるが、生まれつき人懐大型犬みたいな顔立ちのせいで威圧感の大部分が相殺された。
「もしよければ、最初の一曲は僕と踊っていただけませんか?」
身分や日頃の行いなどを見ても、ダンス開始の一曲を踊る相手としてアレストは適切だった。
「わ、私でよろしいのですか?」
シュナは胸の前で握りしめた手を解き、戸惑いげに差し出された手に乗せた。
と、そこで2人は同時にカナトを見上げる。
「いや、なんでこっち見んだよ!踊りたければ踊れよ!」
「カナトさん!私、あなたの正直でまっすぐなところがとても素敵だと思います!」
シュナは思いを告げるように叫んだ。カナトは訳がわからないように首を傾げ、なんで今それを言われるのか必死に考えた。
この場面と何か関係あるのか?
「だからどうかずっとそのままでいてください!私応援してますから!そしてアレスト様のことも奪ったりしません!」
んんん???何言ってんだ?
「お兄ちゃんの無礼はお許しください!」
「シュナ!お前はどっちの味方だよ!」
「お兄ちゃんなんて大嫌い!!」
大嫌いと叫ばれてニワノエが固まった。
その後、アレストはシュナと踊ったことでその場の気まずい雰囲気は解き、パーティーは順調に最後まで執り行われた。
ニワノエに関しては母親である子爵夫人に連れられて二階へ消えたきり現れてない。
カナトたちは早めに切り上げ、あいさつだけしてパーティーを去った。
帰ったあと、カナトはアレストの部屋でその帰りを待った。時はもうすぐ真夜中を回ろうとしている。
ベッドの上でうとうとしながら寝かけているとドアがガチャと開いた。
「ふあぁ……帰ってきたのか」
「先に寝てていいのに」
「いや、ちょうど話したいことあったから」
カナトは目をこすりながら誰かが近くでベッドに座ったのがわかった。
「今日は悪かったな。迷惑かけて。あんな文読ませるし」
近くに座ったアレストはうとうとしているカナトを支えて自分の肩に頭を乗せた。
「気にするな。内容は事実だし、僕自身はもうなんとも思ってない」
実際、ニワノエをよく知っている身として何か悪巧みをしていることはわかっていた。だからアレストは最初から気にしてない。
しかし、そんなことあるわけないだろ、とカナトは思った。作中で養子ということに対してアレストはとてつもない劣等感を持ち、さらにそれが闇堕ち材料の一つである。なんとも思わないわけがない。
「なんか変な噂されていると感じたら俺に言え。考える頭はねぇかもしれないけど、噂したやつ全員殴り飛ばしてやるくらいの力ならある」
「そう言ってくれるだけでいい」
目を閉じながらほとんどうわ言みたいに言うカナトの髪をなでながら、アレストは穏やかな笑みを見せた。
「その気持ちだけでいいんだ」
安心したように体を預けるカナトの耳を触り、ゆっくりとベッドに寝かせる。身を伏せてほとんど額がくっつくほどの距離までくると、その頬をなでた。
カナトは気持ちよさそうに身をよじり顔を大きな手にこすりつける。
「きみの察しの悪いところが今は助かっている。大丈夫だ。何も難しいことは考えなくていい。今までのように気ままに過ごしてくれればいい。もちろんじゃまなやつらがいない前提だけど」
カナトは寝入る直前にガチャンという音とともに足首に冷たい感触がしたのを感じた。
その冷たさに「んっ」とうめき声をあげると、アレストは目が覚めかけるカナトの頬にキスを落とした。
「大丈夫だ。何もない。安心していいよ。おやすみ、カナト」
14
お気に入りに追加
572
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女が世界を呪う時
リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】
国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される
その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う
※約一万文字のショートショートです
※他サイトでも掲載中
本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~
日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。
そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。
ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。
身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。
様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。
何があっても関係ありません!
私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます!
『本物の恋、見つけました』の続編です。
二章から読んでも楽しめるようになっています。
伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です
リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。
でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う)
はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか?
それとも聖女として辛い道を選ぶのか?
※筆者注※
基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。
(たまにシリアスが入ります)
勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。
くすのき
BL
夕方のクリスマス。
恋人の為に買い物に出た佐竹 紫は、行きつけの喫茶店で恋人の浮気現場に遭遇する。
すぐさま携帯端末で別れを告げ、帰宅した家の中で今度は、恋人からのプレゼント(BLゲーム)を見つけてしまう。
『あとで一緒にプレイしよう』
その文面に怒りを覚え、床に投げつけた次の瞬間、紫は意識を失ってしまう。
そして次に目を覚ました先では、
おめでとうございます。
前世の記憶を取り戻しました。
貴男にとっては、地雷のBLゲーム
『Bind』の世界へようこそ。
当て馬キャラではありますが、
どうか二回目の人生を
ユニ・アーバレンストとして
心ゆくまでお楽しみください
という謎画面が表示されていた。
なんとか状況把握に努めようとする紫ことユニだが、周りにいる仲間は元恋人の声そっくりな攻略キャラクターと、汚喘ぎんほぉ系悪役顔中年カップルだった。
……離れよう。
そう決意を新たにしていたら、昔の屑系元彼も転生していて、あまり会いたくなかった肝心のヒロイン(♂)はチュートリアルセッ●スならぬ敗北セッ●ス中(異種姦)だった。
この世界、本当に何なの!?
おまけにスケベするまで出られない部屋で3Pとか、マジ勘弁してくれ!
表紙絵はAI生成したものですが、ちょいちょい反逆にあい、一番マシなこれに落ち着きました。
そばかすがログアウトしておりますが、心の目で追加していただけると有難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる