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第ニ章
広場
しおりを挟む夜、先に布団に入ったカナトは背後でゴソゴソする音が聞こえたあと、体に腕が巻き付けられたのを感じた。
「は、な、れ、ろっ!」
「疲れた。寄りかかりたい」
「じゃあメイドに抱き枕でも作ってもらえよ!」
「カナトがいい」
「あ、おい!首に顔埋めるな!……におい嗅ぐなっ!!」
カナトが拘束から逃れようと必死に動いたが、失敗したうえ拘束がきつくなるだけだった。
「明日、一緒に街を回らないか?」
「明日?」
「ああ、明日は何もすることがないからな。ちょうど暇がある」
「それなら休めよ」
「でもきみのために時間を使いたい」
うっとカナトが言葉につまった。背中に感じる視線を無視したままもごもごとしゃべる。
「そういう言葉はさ、誰にでも言ってるのか?」
「どうしてそう思うんだ?きみにしか言わない」
カナトは赤くなった顔を隠すように布団を引き上げた。
自分の布団はどこへ行ったのか、アレストの布団しかベッドになかった。だからカナトは同じ布団で寝るしかなかった。
ぴとっとくっついた体と体温に、鳴り響く心臓音が相手に伝わっているんじゃないかと疑う。
こいつ、意外と人たらしだよな。
翌日、支度を済ませたカナトとアレストは馬車に乗っていた。
アレストが明るい笑顔を保ちながら向かいにいる2人を見た。
「なぜきみたちがいるんだ?」
フェンデルとデオンがそれぞれ同乗している。
「たまたまだ!ちょうどお前ともっと話そうと思ったら出かけるところだろ?」
デオンがヘラヘラしながら手を肩の横で広げて笑った。
「だからついて来たぜ?」
「はは、そうか。それならもう話した。帰っていいよ」
「そう言うな」
デオンはスッと視線をカナトに向けた。見られたカナトが不思議そうな顔をする。
「なんだよ」
「可愛い顔をしているなと思ってな」
「あ"?男に向かって可愛いって言うのはほめなのか?」
「当たり前だろ?」
「嘘つけ!俺はいやなんだよ!」
「アレストに言われてもいやか?」
カナトは思わず固まって隣を見た。見返して来たアレストの視線を受けてサッとうつむく。
「あ、当たり前だろ」
その反応を見てフェンデルとデオンはほんの少しお互い見合わせた。
馬車が繁華街前に止まるとアレストは先に降りた。
「お前たちもついてくるのか?」
離れない2人を見て眉をひそめる。
「少し懐かしい話をしようと思いまして」
その言葉でアレストの笑顔に不穏がものが混じった。
「そうだな。それなら向こうの広場まで行こう」
4人は広場に向かって歩き出した。しかし、途中からフェンデルはカナトに近づき、前を指差しながら口を開いた。
「カナトさん、この道をまっすぐ進むと広場があります。広場では首都にしかないお菓子や大道芸人がいるので楽しいですよ」
きらびやかな貴族向けのお店にあき始めてきたカナトはそのタイミングを見計らったような提案に目を輝かせた。パッとアレストを見る。
「……先に行って来てもいいよ。ここは貴族が多いから、僕とフェンデルたちは少し他の人ともあいさつしなければいけないからな」
「そうなのか?1人で行ってきてもいいのか?」
「きみが出かける時はあまり僕に知らせないのに、ここでは律儀だな」
「しょ、しょうがねぇだろ!忘れたんだよ!」
アレストは仕方なさそうに笑って黒い袋のようなものをカナトに渡した。
「これって……」
「お金だ。好きなものに使っていい」
「多過ぎだろ。自分でお金持ってるからこんなにいらねぇよ」
「大丈夫。僕もあまり使わないから、きみのために使うのが楽しみなんだ」
「そんなの女に言え!」
真っ赤になったカナトは「先に広場に行ってくる!」と走り去ってしまった。
アレストは笑顔のまま隣まで来たフェンデルを見る。
「カナトを離れさせて、わざわざ3人で話したいことはなんだ?」
フェンデルが先ほど口にした懐かしい話というのは、その場にいる計画内の人々だけで話をしたいという意味の言葉だった。
「少し確認したいことがありまして」
「お前はともかく、わざわざデオンを連れて来た理由はなんだ。計画が最終段階に入る前に関係性を疑われたら終わりだ」
「仕方ないですよ。まさかあの問題児と道中ばったり会うなんて、考えませんでしたし。でも本人は今お店に入っていますし、話をするいい機会ですよ」
「確認したいことってなんだ?」
「カナトさんについてです。確かにこちら側で間違いないですね?」
「……ああ」
「それならなぜ計画について教えないのですか?このことは我々にとって大事なことです。万が一のことがあってもなりません。あなたが私たちを引き入れたのですよ?そのあなたが信用のできないことをしてほしくありません」
アレストはフェンデルを見返してわずかに笑みを深めた。
「僕を疑うな。もはや同じ船に乗り込んだ者同士、今さら疑うと言って降りることもできない」
「まあ、それもそうですね。では、信じてますからね」
アレストは何も答えずにカナトが走り去った方向を見つめた。
広場ではいろんなお店の臨時露店があった。
そこで売られるお菓子の甘いにおいにつられてとことこ歩いているとふと、噴水前に見慣れた人物を見かけた。
「カツラギ?」
周りにアレストの影がいないのを確認して、カナトは急いで駆け寄った。
「おい!」
カツラギが弾かれたように顔を上げた。カナトが来たと見て顔に焦りが浮かぶ。
「何やってんだ!こんな大勢の前で話しかけるなんて!」
「アレストならいねぇよ」
「貴族は噂話に敏感なんだ。誰が誰に会ったとかいつ話題になるかわからない。まったく、俺よりここで長く暮らしているならもっと気を引き締めてくれないと」
「わかったって……久しぶりに話したのにその態度はないだろ」
カナトがすねたようにちょっと口を突き出す。まさか出会い頭に説教されるとは思わなかった。
「それで、何を話したいんだ?手短にな。今イグナスがちょうど離れているから」
「イグナスと来たのか!」
「朝っぱら迎えに来て断れるわけないだろ。この体の主のことを考えると関係悪化させるわけにもいかないし、そもそも中身の問題がバレている可能性もある。ここまで来るあいだも試すような質問をされた」
「ヤバいな……」
「そうだろ。だからバレる前に手短に話せ」
「俺とユシルはもともと関係がいいから大丈夫!」
「そういう問題じゃない。なるべく不安要素は取り除いたほうがいいって話だ」
物語だと紅茶店の噂でユシルが注目の的になる。だが、カツラギが現れたことによってそんな展開はなくなった。
アレストにとってはいいことかもしれないとカナトは考えた。
ユシルが注目を集めるたびに、目立つ業績を残すたびにアレストの嫉妬は深まる。
「それもそうだな。お前もあんまり目立つことするなよ?アレストが危なくなる」
「はいはい。早く要件を話せ」
「俺さぁ、前回お前が離れてからアレストに首を噛まれてさ、なんかよーく観察してみたらヤンデレ化?したんじゃないかって思うようになって」
「お前相手に?」
「うん」
「なんでそうなるんだ……」
「俺も知りてぇよ。どうすればもとに戻れるんだ?同じ部屋で過ごすようになってからさらに酷くなった気がするし、新人の教育担当にされたけど、その新人に悩みを言っても価値観が合わなくて共感してもらえなかったし」
真剣に聞いていたカツラギが突然、ん?と片目を細めた。まるで何かおかしいことでも聞いたような顔である。
「お前が新人の教育担当?」
「そうだけど?聞いてないのか?」
「いや、メイドたちが言っていたのを聞いていたが、戯言程度に思っていた。本当だなんて……アレスト相当病んでいるな」
「テメェ」
「悪い。でも何で悩んでいるのかはわかった。カナト、自分の優勢はなんなのかわかっているのか?」
「なんだ?」
カツラギは膨大にため息を吐き出した。
「言うと思った。まず、先のことを知っているのが最大の利点だ。今まで話を聞いて思ったがそこをうまく利用できてない。あんたの場合、猪突猛進なところがあるからまずはやりたいことを書き出すといい。そのためにどう行動すればいいのかを文章化してわかりやすくするのを試してみろ」
「なるほど!やってみるか!」
「というかやれ」
「ありがとな!やっぱりお前と話してるほうが助かるな!」
「どうも。もういいか?」
「ああ!んじゃ俺はアレストたちが戻って来る前に離れるな!」
「早く行け」
カナトがその場を走り出そうとしたその時、何かが振り向きざまに頭にぶつかってきた。
「がっ!」
「カナト!」
カツラギが慌ててカナトの前に来た。額を押さえながら痛がるカナトは広場が少し騒がしいことに気づいた。
見ると、貴族らしい男が吠えている。
「俺が誰だかわかるか!!ロンドール家の長男だ!」
誰だアイツ!!
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。というか、今何が当たったんだ?」
カツラギが地面から何かを拾い上げた。
「このにおい、お酒だな。真っ昼間から酔っ払うとか、どの時代にもこんな人は存在するのか」
カツラギの視線に気づいた男はギッとにらんだ。
「お前ッ、なんだその目は!そんな目で俺を見るな!」
男は手に持っていたもう一つの酒瓶を投げた。危ないと思った時、伸びた手がパッと酒瓶をつかんだ。
間一髪でカツラギは惨事をまぬがれた。
酒瓶をつかんだ人物はイグナスである。カナトは思わず感心した。
さすが攻めだな!ばっちりなタイミングだ!欲を言えば俺の時にも現れてほしかったけどな!
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