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第一章
失意
しおりを挟む今回の分の雪を搬送していた業者は途中から別れて雪貯め倉庫へ行く。貴族から順に予約した分の振り分けもしなくてはならないらしい。
カナトは馬車から顔を出していたが、寒いので頭を引っ込めると窓を降ろした。
「やっと屋敷につくな。もうなんともないか?」
「ああ、すごく気分がいい」
「ならよかった!」
屋敷につくとカナトは率先して馬車を降りた。荷物を持って見渡すと、ユシルもちょうどイグナスの馬車から降りてきている。
「ユシル!」
カナトが手を振りながら近づくとスッと鋭い視線が投げられた。殺気すら放っているんじゃないかと思うほどの鋭さである。もちろん視線の主はイグナスだ。
イグナスはユシルのマントの位置を調整して、牽制じみた目でカナトを一瞥すると馬車に乗り込んだ。そのまま屋敷を離れるのを見届けてからユシルに近づく。だが、なぜかやけにその顔が赤い。
「カナト、一緒の馬車に乗れなくてごめんね」
「気にするな!イグ……辺境伯はずっと世話してくれてた人なんだろ?」
何よりあの状況のアレストの前に、さらにユシルがいるともっと最悪だ。むしろこの状況は助かっている。
「うん。ありがとう。兄さんは?」
振り返るとすでに馬車はいなく、降りたアレストは2人のほうに歩いてきた。
「カナト、ユシル。もう屋敷に入ろう。2人とも雪山でのことがあるし、ゆっくり休んだほうがいい」
「うん。そうする」
ユシルが申し訳なさそうに首あたりをかいた。すると、幾つもの赤い跡が見えた。
あれは……カナトが目をパチクリさせているとアレストが素早くユシルのマントをかけ直す。
その耳に近づいて何かをつぶやくと、ユシルがパッと首を手で隠して真っ赤になった。
「さ、先に入っている」
真っ赤になりながら走っていく姿を見てカナトも思わず赤くなった。
馬車の中でシていたのか。そういえばこの作品ってかなりソレが多かったな。
「カナト?顔が赤いが大丈夫か?」
「大丈夫……」
若干ふらつきながらカナトが屋敷へ入っていく。
その後ろ姿を見ながらアレストはずっと見せかけの笑顔を浮かばせていた。そこへメイドが1人近づいて何かを耳打ちする。
「父様が?」
はい、と言ってメイドは頭を下げながら離れた。
カナトはアレストの自室で暖炉と猫の暖かさに溶けていた。
「あ~極楽」
体に乗ってきた猫たちをなでながらカナトはひじかけに乗せた脚をぷらぷらさせた。
「……というか帰ってこねぇな、あいつ」
カナトはなかなか戻ってこないアレストを不思議がっていた。
まさか帰ってきてすぐに仕事はないだろう。アレストは勤勉だが仕事狂いではない。
なんだかふと不安が湧いてきた。
カナトは猫たちをソファに置いて部屋を出ようとした。ドアを開けた瞬間立っているアレストに驚く。
「うおっ!いつからいた?いたなら入って来いよ、って………アレスト?」
アレストはうつむきながらゆっくりと部屋に入る。
あきらかに様子がおかしい。
目を離したすきにいったい何があった!馬車降りた時はまだなんともなかっただろ!
わけがわからずカナトが戸惑う。
アレストはベッドに腰かけたまま何も話さない。カナトはドアを閉めてゆっくりと近づいた。
ひざをついて見上げ、
「なあ、平気か?」
「さっき……父様と話した」
「へぇ、何を話したんだ?」
「………ユシルとのことについて話があるから、夕食後事務室に来るように、と」
そう言ってアレストは頭を抱えた。
「なんだか、話の内容がなんなのかわかっている気がする。どうすればいい?」
来た、とカナトは思った。小説通りならこのことでアレストの闇落ちが一気に進むはずである。
ちなみにだが、物語中盤に差し掛かる前にアグラウが毒殺されたことでアレストの仕業だとバレるが、その後の回想シーンで具体的にどの時期から闇落ちしたのか書かれていない。
なんならほとんどのシーンでユシルのこと嫌っていたし、悪役としての思考ができあがっていた。
ただし、アグラウの毒殺後に心境が大きく変わり、そこが闇落ちに大きく関わっている。
「大丈夫だ!行かなくてもいい!というか行くな!」
カナトの言っていることはかなり無茶である。
「しかし……」
今まで父の命令に逆らったことのないアレストは戸惑っていた。
「行きたくないんだろ?俺が誘拐してやる」
「え?」
「俺が誘拐したことにすれば行かなくていいだろ?」
「さすがに無理かな……でも」
そう言ってアレストは手をカナトの頭に置いた。
「本当に馬車で言った通り、何があってもついてきてくれるなら、なんだかどんな内容でも受け入れられる気がする」
「そ、そうなのか?……それならいいけど」
あれ?こんなに心持ちよく受け入れられるのか?これって本人的にかなり危ないところだと思っていたけどな。俺の存在が大きい?アレストの思考まで変えれるほど大きい?
単純なカナトはそう思うとなんだかどんどん自信がついてきた。
「なあ、例えお前が爵位を手に入れられなくても、屋敷を離れることになっても、誰ひとり見方をしてくれる人がいなくても俺がいるからな」
猫のようにキラキラした目が見上げた。
「………ありがとう」
アレストはくしゃくしゃとカナトの髪をなでた。
そして夕食後、アレストは父の事務室へ来た。そこにはユシルもいる。
「父様、来ました」
「こっちへ来なさい」
「はい」
机の前に行くと、ユシルの不思議そうな顔が見てくる。
………またその表情だ。
アレストはイライラするのを禁じえず、後ろに組んだ手で拳を握った。
なぜかユシルを見るといろんなことが浮かんできて、せっかく心持ちよく準備してもそれが崩れそうになる。
「すでにある程度わかっていると思うが」
これはアレストに対して言った言葉である。
「来月に領地巡りをする。ヴォルテローノ家の領地を見て報告書を作成してほしい。アレスト、ユシルはまだしたことがないから教えてやりなさい」
「………はい」
震えそうな声でなんとかその2文字を吐き出す。
これは昔からアグラウが幼いアレストに対して言った言葉である。
ヴォルテローノ家たる者、統治する地のことを隅々まで把握することが必要だ、と。
つまり、アグラウはユシルを後継者として育てるつもりがあると、はっきりとアレストに示していることになる。
だが、明確に当主の座をユシルにあげるとは言わない。そこがまたなんとも言葉にし難い。
アレストは精いっぱいの明るい笑顔を作った。
「お任せください!ユシルに必要なことはすべて教えます」
ただの領地巡りだと思っているのか、ユシルはうれしそうにする。
「まだ領地のことをすべて理解してないので、楽しみです」
「それはよかった。準備するものはあとで使用人に知らせる。雪山でのことは聞いた。ゆっくり休みなさい」
そう言う声は酷く優しい。
なんて、イライラするんだ。
アレストは笑顔を崩さずにただ拳だけをきつく握りしめた。
「それじゃあ、お先に失礼します。父さん、兄さん」
「ああ」
アレストは父に続いて笑顔でその後ろ姿を見送った。
父を見る。
「ユシルはいい子ですね」
「ああ、素質はある」
何の素質とは言わない。その後少し言葉を交わしてアレストは事務室を出た。
歩いていたその歩調がどんどん早くなる。冬なのに灼熱のなかにいるような息苦しさを感じる。
えりもとを引っ張ってその息苦しさをゆるめようとするが、どんどん息苦しくなるだけだった。
頭の中にユシルと父の顔が浮かんでくる。
イライラする!
だが、その息苦しさもイライラも角を曲がった時に見えた姿に一瞬で和らぐ。
カナトが背中を向けながら立っていた。
直前まで何があってもついてきてくれるその言葉を思い出した。
思わず口角が上がりそうになるが、その姿が少し横にずれた。すると、隠れて見えなかったもう1人の人物が見えた。
ユシルが笑いながらカナトの前髪に触れているのが見えた。
思わずアレストがその光景に固まる。
何度もカナトの言葉が頭の中を駆けめぐる。
なあ、例えお前が爵位を手に入れられなくても、屋敷を離れることになっても、誰ひとり見方をしてくれる人がいなくても俺がいるからなーー
俺がいるからな、俺がいるからな、俺がーー
味方だ!何度もそう言った声が聞こえる気がした。
味方だと、ついてきてくれると、言ったのに……なぜその目は僕を見ない?
ユラユラと。
アレストが一歩、一歩近づいた。
「ん?アレスト?帰ってきたのか!……あ?おーい、どうした!………何か返事しろよ………あ、ごめんユシル。髪が乱れてたのはさっき頭なでられたからだ………そうそう!アレストに!って、本当にどうしたんだよ?なあ、なんか返事をーーうおっ!」
アレストの目にはカナトしか映っていなかった。
父の言葉、ユシルの顔ーー何もかもがぐちゃぐちゃに感じる。心の準備ができたとはいえ、やはり心を乱されてしまう。
なぜだ?
カナト、どうしてお前はその笑顔で僕を見ない?いつも見ているのはユシルだ。
父様も他の人もーー
五感の中で視力しか正常に働いてないんじゃないかと思うなか、アレストはカナトの腕を思い切り引っ張った。
「うおっ!」
驚いたカナトは目を瞬かせながら見上げた。その後すぐにユシルに向かって言う。
「その、もう遅いから寝支度しないと!ユシルも引き止めて悪かったな!」
カナトは必死にユシルより高いことを利用してその視線を遮った。
「え?あ、うん。それじゃ、また明日」
ユシルが手を振りながら戻っていく。いなくなるとカナトは慌ててアレストを部屋の中に引き入れた。
「何があった!?酷いこと言われたのか?」
やっぱり受け入れられるなんてできないのか!?自分の存在過大評価しすぎたか!
アレストは普段とはまったく違う表情をしていた。
歯をギシリと噛み、忌々しげに眉をひそめる表情はどう見てもあの演技上手な悪役に見えない。
毒殺でやっとイグナスがおかしいことに気づくのだ。カナトは自分のバカさ加減をある程度理解している。きっと自分では気づくことすらできない。
つまり、こんなに感情をむきだしているアレストは普通じゃない。
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